カワイイ陶器ができ上がるまで

版権ネタは滅多に書かないのですが、なんとなく一本仕上がってしまいました。
そんな久々の一作です。
※Pixivにアップした作品に加筆修正を加えています。


 都会からひときわ離れた山奥。そこに今回の目的地である工房があった。
 今回のアイドルお仕事体験は『陶芸』
 陶芸家の顔を持つアイドル藤原肇が職人技を魅せる!
 ――そう銘打たれた今回の企画。
 乗り気でGOサインを出したものの、ゲストまで誰か聞かされてはいなかった。
 そして、そのゲストは今まさに隣にいた。
「そういうことで藤原さん、今回はどんなうどんを作りましょうか」
「いえ、陶芸です。練るのも小麦粉じゃなくて土ですよ」
 頭に手ぬぐい、そして一色染めの作務衣という出で立ちの少女――藤原肇はやんわりと、慣れた口調で返答する。
 この服装は肇の仕事姿である。しかし、この格好の印象が強すぎたか、肇は陶芸家ではなくうどん職人と度々いわれている。
 もはや弄り芸になっている節もあるので流すようにしているが、あまり好きになれないのも事実だ。
 もう一方の少女、輿水幸子はさり気なく自慢を交えながらスカートをかすかに揺らしていた。
「でもその格好じゃ無理がありますよ。まぁボクはカワイイですし一発でわかりますけど!」
 すみれ色のショートヘアーとタレ目、そして生意気そうな顔立ち。
 口々に出る挑発的な言葉は『いじり倒したいアイドル』1位を座を得るほどの実力を持つ、キュート系の筆頭アイドルだ。
「ありがとうです。それではまず――」
「ところで、今日の器はうどん用ですか?」
 一瞬、肇の端正な顔に青筋が浮かんだ。
「はいOKです!」
「「お疲れさまでしたー」」
 懸念されていたアクシデントもなく、つつがなく収録が終わる。
 その間に『手打ちうどんも確かこんな感じですね!』とか『知ってますよ!コシが強くなるまで練るのですよね!』だの、しまいには『うー、どーん!』と失敗作を作り直すいう数々の弄りを幸子からお見舞いされた。
 しかし、あれはあくまで番組を盛り上げるための演出に過ぎない。それは肇も十分理解していた。
「あー、手がグダグダですよ。陶芸って疲れますねホント」
 座布団に座り、足を投げ出す幸子。
 カメラの前では傍若無人に振る舞う彼女も、オフレコの場ではそのような振る舞いを見せない至って普通の女の子だ。
 それでも、肇の胸中では仕事とは割り切れない、濁ったモノがいまだに残り続けていた。
 こんな溜まったウップンを晴らすには陶器を作るに限る。だが、なぜか肇の視線は床に身を投げ出す幸子を頻繁に捉えていた。
「腕が筋肉痛になって動かなくなるって人も多いですからね、よければマッサージでもしましょうか?」
 軽く笑顔を見せる肇。一仕事終えた汗を手ぬぐいを緩めて拭う。
「いえ結構ですよ、筋肉痛になってもボクはカワイイですから――いつつ」
 痛そうにしているものの、少々あからさま過ぎたか。無理にとはいえず、少し残念そうな顔を見せる肇。
 だが、ここでふと妙案がひらめく。
「そうだ幸子さん。代わりと言ってはアレですけど、実は調整したばかりの窯があるのですよ。もし良かったら見に行きませんか?」
 え? と言わんばかりの顔をする幸子。マッサージを断った反面、このような手で出られると断りにくい。
「まぁそれぐらいなら構いませんよ? ボクもオトナですからね!」
「それではしばらくしてから行きましょうか。私も着替えてきます」
幸子の振る舞いとは裏腹に、肇の表情は崩れることなく平静を装っていた。
 およそ30分後、肇に連れられて幸子は新しい窯へと案内された。
 取材で使った先祖代々から使われていたと言われる窯とは違い、こちらは中もあまり焦げていなければ、古くもない。
「ずいぶんと広いですね! 向こうの窯と違って大物でも焼くつもりですか?」
「はい、大きな陶器も作れる電気釜ですからね。調整に苦労しました」
 白塗りの一室は広く作られていて、幸子と肇が入っても、まだもう1人ぐらいは入れそうな余裕を感じる。
 その一方で、左右の壁に生えるかのように設置された3列の棚は、部屋の圧迫感を強調させる。
 周囲を見渡す幸子。
 そんな彼女とは裏腹に、肇がここに連れ込んだのには相応の理由があった。
「(私の専用窯があることを見せれば、陶芸家としても分かってもらえるはず! そしてこれを期に輿水さんにも陶芸の素晴らしさを知って貰いましょう)」
 そこには肇なりの意地と、ほんの少しだけ抱いていた欲望が混ざり合っていた。彼女の思う陶芸の素晴らしさが何なのかは、この場では推測できない。
 だが、そんな願望(欲望?)はあっけなく砕かれることとなる、
「番組の時はいかにも崩れそうな窯しか見てなかったですからね。この大きさならボクの等身大像とか作れるかもしれませんよ!」
 幸子がそう言い放った瞬間、肇は特技とは違う――何かが発動する音を感じた。
 自分の意地を軽い口調で侮辱されたと同時に、幸子の軽口が相まってさらに肇を突き動かしていく。
「……それはいいですね」
「ですよね! ボクの像なら飛ぶように売れますよ!」
 その言葉はあたかも、同意のようにも聞こえた。
「幸子さん」
「なんですか肇さん? って、なんだか様子がおかしいですけどうどんの食べ過ぎd」
 次の瞬間、肇は自慢気な顔で言葉を告げている幸子の言葉と唇を奪う。
「~~~~~っ!?!?」
 憤慨か、あるいは感極まってやらかしたものかは一瞥しても判らない。
 だが、今の肇は明らかに冷静さに欠いていた。
 肇は眼の前にいる幸子に対して接吻を続け、数秒して肇は舌から茶色の糸を引かせつつ、少しだけ離す。
 その目に宿るのは、支配欲と所有欲だった。
「幸子さんがいけないのですよ。あれだけ陶芸家と言ってるのに、私のことをからかうのですから」
 反対に状況が飲み込めない幸子の顔は驚きに満ちていて、肌がほんのりと紅潮しているのが見て取れる。
「(ちょっと、腹パンぐらいならまだわかりますよ。キス、キスって――それよりなんだか口の中が苦いですけど!?)」
「備前焼職人たるもの、人を土に変えることぐらいはできますよ。今回は少し難しいですけどね」
「(意味がわからないんですけど!?)」
 幸子の舌が抵抗力を失い、馴染みのある土の味を舌で感じる。舌は回らないが、表現力豊かな幸子の言いたいことは何となく通じる。
 本来はこのへんでやめておくべきだが、今回はまだ続ける。肇は再び幸子の口を塞いだ。
「(むぐぐ、やめて、口の中が苦……あれ、苦くない。それになんだか暑い……?)」
 混乱をよそに、幸子の腕から指先、そして足の末端までのすべてが見る間に土に変わっていく。
 土の味がしないのも無理はない。既に苦味を感じる舌や口内は、完全に備前焼に適した土と化していたのだから。
 幸子の肌が、菫色の髪が暗い土色に変わっていく。顔も徐々に粘土と化したためか、幸子の顔は突拍子もない驚きを見せたまま固まっていた。
「(うあぁ、ボクが、ボクが土になってく!? ねぇ助けてくださいよ肇さん! もううどん職人なんて言わないし、丸○製麺のアプリを紹介したりしませんから!)」
 肇は何も答えず、ひどく焦る表情が顔に現れたまま土と化す幸子。
 肇が幸子から離れれば、そこには涙目がかったまま半ば棒立ちになっている、幸子の形をした土塊が自立していた。
 そっと胸のあたりを触れる肇。胸の無さはともかく、この湿り気と色合い、そして粘度。この土質こそ、今回肇が求めていたものだ。
「キメが細くて、しっかりしている良い土です。これで沢山の陶器を作ってみたいですけど……」
 それでは幸子をバラバラに解体しなくてはならない。陶芸家としての純粋な欲望を煩悩で飲み込みながら、肇は次の工程に移る。
 
 
 
 無理に脱がせると腕などが砕け落ちるため、キズを付けぬよう肇は専用の道具で幸子の服を切り取る。
 生まれたままの姿となった幸子を象る土塊。濃褐色の肌に傷があればヘラと新たな土などで治す必要があったものの、幸い彼女の体には傷一つなかった。
 自分を大切にしているのがよくわかるぐらいに華奢で、胸はないが整った体つきだ。
「ここに連れてきて正解でした。外でやってたら運ぶのに一苦労でしたもの」
 自分を褒めながらも肇はメスのような形状をしたヘラと串を取り出し、幸子の顔にあてがう。
 そして、現れている表情の歪みや目元や口元に浮かぶ恐怖を細かく削り、修正し始めた。
「(ちょっと待ってくださいよ整形なんてカワイイボクには必要ないです――ってあれ痛くないですね。それに、なんだか弄られているのに肇さんのことが、なんだか……)」
 もともと人間とはいえ、今は土塊。削った土を極力落とさず細工していくその腕は、まさに職人芸以外のなにものでもない。行為自体は犯罪だが、水は差さないでおこう。
 次第に表情の歪みは和らぎ、恐怖も修正を加えることで歓喜しているかのような顔つきへと作り変えられていく幸子。
 ほのかに意識が残る彼女もまた、体を削られることで残る意識が一時的に消失する。彼女は今、焼き上げる前の陶器に過ぎなかった。
 肇は微調整を終えると、窯に備え付けられた内扉を閉め、続けて外扉も閉める。
 幸子には隠しておいたが、この窯はただの大窯ではなく、1枚目の扉の外側で火を焚く仕組みになっている。
 幸子の入っている窯には直接火は通らず、いうなれば窯の中に巨大な匣鉢(こうばち)が収められているかのような構造になっているのだ。
 備前焼に詳しい者であれば、この地点で肇が何を作らんとしているかがわかるはずだろう。
 肇が黙々とパネルを操作すると、火力は徐々に増していく。
 まるで肇の期待を体現するかのように激しく燃え盛り、煙突からは白煙が登りはじめる。
 窯の中は炎こそ立ち昇らないものの、外側から当てられる熱気によって壮絶な室温と化していた。
「(…………)」
 既に物言わぬ土塊となった幸子は、その窯の中で焼き上がる日をぼんやりと待ち続ける他になかった。
 ―――
 ――
 ―
 
 
「えぇ、幸子さんなら陶芸に興味を持たれたようで、うちの山にいますよ」
 幸子がいなくなって数日経った。
 当初、1日2日で戻ってくるはずだったはずだったにも関わらず、あまりに唐突な肇への弟子入りを受けて事務所は大騒ぎとなった。
 しかし、幸子の仕事が当分フリーだったことは不幸中の幸いだった。もっとも、そうなるよう事前に根回しをしていたのがうまく行ったものにすぎないという背景はここでは置いておこう。
 ひとまず事務所とプロデューサーの混乱を鎮めた肇は、急いで工房へと戻り、再び窯の確認に入った。
「でも、幸子さんは弟子じゃなくて……もっと私のかけがえのない作品になってくれます」
 そうですよね? と、肇は帰らぬ言葉をつぶやいて小窓を開ける。そして素早く窯に炭を投げ入れた。
「(あ、あつい。しかも動けない……いくらボクがいい具したからってやり過ぎですよ)」
 工房の中、赤赤と輝く炭が色を変えた幸子の形をした何かを照らし出す。
 数日焼かれるうちに土と化した幸子の意思は覚醒し、元に戻っていた。意思を見せることはできても、声を出せなければ口を動かすこともできない。
 その窯の内部は人間の体では耐えられない温度にまで上り詰めているものの、陶器土によって構成されている今の身体では火傷どころか自身を完成させる一助にしかならない。
 これがもし直火で焼いていたら、幸子の脆い心は恐怖のあまり粉々に砕けていただろう。
 その肌は当初の暗い土色に比べると色は薄まってきたものの、陶器としてはまだ不十分。
 あと数日、投げ込まれた炭と共に窯でひたすら焼かれ続けなければならないのだ。
 そして、さらに数日後。幸子が釜に入れられてから計算すると、およそ2週間が経とうとしていた。
 肇はこの日、日が昇らぬ内から窯の前に待機して火と中の様子を伺っていた。
 今日ばかりは火の番を知り合いに任せず、自分で確認しなければならない。
 期待と不安に胸を躍らせながら、その時を今か今かと待ちわびていた。
「……そろそろですね」
 空が白み始め、朝焼けが空を覆い始めた時だった。肇は一度頷くと、電気釜のパネルを操作して、火力を弱め始める。
 火を弱め、窯から『完成物』を出さねばなるまい。
 落ち着かない。そんな心を陶芸家としての意地と、ほんの少しの欲望で押し留めながら、順調に火勢が弱まっていく。
 窯の温度が下がり、2つの扉を開ける。
 残った熱で視界がかすかに歪む中、窯の立っていたのは、薄青色に焼き上げられた、生まれたままの幸子の姿。
 一目見れば、備前焼で作った等身大の輿水幸子像と言われても違和感を感じない素晴らしい出来上がり。
 青い仕上がりの中に薄く、白いラインが混ざった美しい像は美術館にそのまま飾っても違和感がないほどの逸品に仕上がっていた。
「この青備前の色合いを会得するのに、随分とおじいちゃんに絞られました」
 触れるとまだほのかに熱く、それが幸子の体温だと錯覚してしまいほど。
 陶器としても抜群の出来と確信が持てるほどに、陶器の像となった彼女は実にカワイイ姿をしていた。
 「(…………)」
 そんな幸子の姿に陶酔している肇を尻目に、当人はようやく当てられる涼風に言葉なく体を冷やすばかりだった。
 その日、プロデューサーの携帯に幸子から完成した自分の像の画像が送られた。
 肇が幸子のスマートフォンを利用して送信したのだが『汚れてる姿をプロデューサーに見せたら興奮しだすから』という理由を付け、苦し紛れの隠蔽工作は今回も無事に終わった。
 次第に事務所も幸子から新しいアイドルの発掘に勤しみだし、彼女の消息は『アイドルサバイバル』という戦乱の中、次第に忘れ去られていった。
 輿水幸子は今、青備前の陶器となって無抵抗のまま肇の前に佇み、興奮気味な彼女の視線を独占している。
 そんなカワイイアイドルから、カワイイ備前焼となった幸子がこの先どうなるか。それは……。
 
 
 
「~♪」
 自分の工房内で、幸子の像に椿油を塗っていく肇。
 刷毛と筆を壺の中に浸し、ムラの出ないように胴体や手足。そして顔に刷毛を押し付け、塗り広げていく。
 この油は防水効果だけでなく、本来1ヶ月で戻る焼き締めを1週間程度延ばす作用があると言われている。
 作り方は秘伝なので明かせないが、この油さえあれば半永久的に幸子をこの姿のまま留めることも可能だ。
「手の指足の指、胸の先端やワレメも塗っておかないとですね。」
 定期的にこのように椿油を塗っては拭きあげる。
 細かな部分も複数の筆を使い、塗り漏らす事のないように塗っていくさまは、まさに職人の域。
 布で拭きあげられた場所は光沢を示し、光に応じてほのかに輝く彫像。
 それはまさに偶像(アイドル)と言って差し支えない姿だった。
「(ひぃん!? ボクだって鬼じゃないですから、そろそろ解いてくれたら許してあげますよ。聞いてます?)」
 幸子の全身に椿油を染み込ませることで、焼き締められた像はいつまでもキレイなまま。
 手入れが終わった幸子は元に戻ることのない青備前の像として、工房で鎮座し続ける。
「……もしかして、聞こえてない? 早く戻るとかしないとボク、本当に焼き物になってしまいますよ?」
 完成から3日経とうと変わらない肇の姿勢。それは他の陶器に関しても等しく、一定の手入れを欠かせない。
 このように肇の工房に展示され、彼女の気が済むまで手入れされ続けて3週間が過ぎようとしていた
「……でも、陶器なボクも悪くはないですね! なんだか塗られてると大切にされてるって感じがしますし、変わったボクを丁寧に扱ってくれるなら、このまま陶器になってもいいかも……」
 助けを求めながらも、モノと成り果てる感覚に気持ちが揺れ動く幸子の声は、まだまだ届きそうにない。
「(あぁ、なんだかポカポカしてきました、肇さんが手入れしてくれてるのでしょうね)」
 だが、肇の行為はいかなる形であっても幸子に快楽と昂揚感、そして自分を引き立たせてくれるという満足感を与え続けてくれる。
「(何かわからないですけど、ハケで塗られる度にくすぐったいし、気持ちよくなるしでいい気分ですよ!
  せっかくだし、もっとこう個展とか開いてボクのカワイイ姿を見て貰いたいですね!)」
 次第にその意識も、人間から陶器に寄りつつある幸子。
 彼女がもの言わぬ本物の偶像になる日も、そう遠くはないだろう。
 
 
 
 余談。
 幸子像完成からから1ヶ月後、様子のおかしさから工房に飛び込んできたプロデューサー&早苗さんの手によって幸子像は無事に救出された。
 肇は数日間の逃亡の末に確保され、解雇こそ免れたもののしばらく女子寮に入ることとなった。
 幸子像はできの良さからちひろが勝手に売り飛ばそうとしたものの何とか食い止め、事務所で適切な処置を行ってさらに1ヶ月経って、ようやく幸子は人間の体を取り戻した。
「…………」
「どうしましたか?」
「ひぃ! あ、ああ何だ藤原さんでしたか。ボクも陶芸の良さというものを知りましたからね!」
「それは良かったです。でも、どこか見る目が変な気もしましたけど」
「き、気のせいですよ! ボクがまたあんな目に遭いたいとか、思ってませんからね!」
「えぇ、私もこっぴどく叱られましたからね」
 幸子はしばらくの間備前焼の茶碗を見ると、少しうらやましそうに見つめるようになった。
 そんな幸子の姿を見て、肇も満足そうな顔を浮かべるのであった。

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