たばねる色と色鬼のささやき

久々に上げました。
もはや『誤字があったら1本リクエストできるよ』ぐらいあったほうが見てもらえる気がしてならない。どうなんだろう。
ともあれどうぞ。今回は丸呑みとか悪堕ちとかが少しあります。


 サンの祖母が色淵ヶ丘の出身で、伝承についてもよく知っていると聞いたのは、理科室で起こったイロクイ騒動の後だった。
 イロクイになった人を助けることができる色使いは今まで見たことがない。サン自身は大したこと無いとは言うものの、今まであかり以外の色を見たことがない翠にとってはおどろくべきものだった。
 これを他の人にも伝えるものか――とりあえず、あかりに連絡を入れるも出てこない。
 翠は時間を開けひどく不機嫌そうな顔で携帯のダイヤルを再度押した。
「メールも返してこないし、何をしているのやら」
 1度、2度とかけるも出てこない。そして3度め。
「もしもし」
 あかりの携帯に出たのは、やや年の高い少女の声。
「あかり――じゃないや、まぐろ?」
「真畔(まくろ)よ、あかりなら取り込んでるから、また後にしてくれない?」
 嫌なやつ。翠はそう思いながらも電話を切ろうとするも電話口から『ちょっと待って』と止められる。制止にしばらく待つと、落ち着きのある声にかわる。紫亜だった。
「ごめんね、あかりちゃん取っちゃって。ちょっとね、ドタバタが起きちゃって……少しお話したいけど、いいかしら?」
「話? いいけど」
「今日は長話は無しよ。 ……オレンジの色使いについて、なにか知ってるでしょ?」
「…………」
 ドクン、と心臓がなり、そのまま握られた気分になる。オレンジの色使い、サンのことをなぜ知ってるのだろうかという不安が、頭の中でグルグルと駆け巡る。
「言いたくないなら言わなくていいの。実はオレンジの色使いが、何故か2人になってるっぽいのよ」
「二人? それに、なんでサンのことを知ってるの……ですか?」
「うちの神社――もとい布津之(ふつの)の血統のなせる技ね。詳しく話すと長くなるけど、今はそういうことで納得して」
「……はい」
 先日あったばかりの相手だけに、どうしてもギクシャクしてしまう翠。要領が得ない答えに疑問を感じつつも、今は話を聞き続ける。
「それで、色が2つとわかったわけだけど、一人は多分翠ちゃんが知ってるとして、もう一人は今行方不明なの」
「これで行方不明がなくなるんじゃない?」
「えぇ、だけどその場所が――帆布総合病院なのよ。その色が、その……」
「私みたいに知り合いがいるとか?」
「そうも考えられるけど、正直に言っちゃったほうがいいわね。その色がね……オレンジと青が混じったような、恐ろしい色なの」
「恐ろしい色」
「そう、あまり気分のいい色ではないわ」
 紫亜が横に広げてある大きな巻物に目を向ける。茶色の巻物には筆咲地区の他にいくつか小地図が白色で描かれ、その一つに橙と藍色が混ざり合ったような色が小さく渦巻いている。
 そして、渦の傍らには朱色の点が、絵の具を垂らしたように浮かんでいた。
 あかりも巻物の傍らで眠っている。疲れたのか、体を丸めたまま毛布をかけられていた。
 高い天井に長い畳の部屋。配置された行灯と、紫亜の横には1対の灯明。そして祭壇。
 ここは布津之神社。彼女の家にして、古くから伝わる土地神、そして”色の伝承”を祀る神社――もう一つの顔とも言える色を祀る場所だ。
 そんな携帯電話と不釣合いの場で、紫亜は一際不安げに語る。
「この色はね、『鬼の混じり』って言うの。鬼が色使いを食うと、色を取り込んで自分のものにするっていう言い伝え」
「それじゃぁ、紫亜さんの知ってるオレンジの人って……」
「思いたくはないけど……ね。その子はね、真畔ちゃんの友達だから心配なの」
 友達と聞き、あかりのことを思い出す。もしあかりが居なくなったとしたら、自分はきっと、また一人ぼっちだ。そう考えるだけで体が震えてしまう。
「……私の知ってるオレンジのは、同級生の男の子でした。色で、他の人を助けてました」
「色の特性も同じ。やっぱり一度集めたほうが良さそうね」
「集めるって?」
「色使いをね。もしかすると、近いうちにもっとひどいイロクイの騒動――”色禍”(しきか)が起こるかもしれない」
 もしそうなれば、被害は一部にとどまらず街中に及ぶ。そうならないように状況を共有したい。そう紫亜は話す。
「わかりました、そしたら他の人にも――」
「そこは大丈夫。私に任せて」
 少し不安だが、連絡は言い出しっぺの紫亜に任せたほうが良さそうだ。
「そういえば、あかりは?」
 連絡のないあかりを気にする翠。
「大丈夫、ちょっと色使いを調べる上で頑張りすぎたみたい。数日取っちゃってごめんね」
「別に、そういうわけでは……」
 巻物の横ですうすう寝息を立てるあかり。彼女の周りだけ行灯が消されているのは紫亜の気遣いだ。
「ちょっと早いけど、あした中央公園で会いましょ。それじゃぁ、おやすみなさい」
 そう言い、紫亜は電話を切って真畔を招く。
「あかりちゃんを寝室に、あと四谷さんに明日中央公園に来るよう連絡を」
「四谷って、シロちゃんも呼ぶの?」
「”色禍”が起こってすぐに動けるのは私達2人と、四谷さんぐらいだしねぇ」
「わかった。だけどやりづらいのよあの子と一緒って、まぁいいけど」
 そう告げると、真畔はあかりを抱えて先に部屋から立ち去る。
「青葉教授の子供がオレンジの色使い、真畔ちゃんが動揺するのも当然ね。でも……」
 まだ死んだと決まったわけではない。紫亜は誰もいない部屋で巻物を丸め、灯明の火を消した。
真畔左心配
  そんな真畔はあかりを抱えつつ、歯噛みする。
 連絡の取れない友人『三隈・藍(みくま・らん)』を気遣うが、鬼に食われているという事実が本当であれば、これほどつらいものはない。もちろん紫亜の予知が外れているとは思いたくないが、それは同時に友人の生死を決定づけることにもつながる。
「ちょっとぐらいは連絡入れたっていいのに、何をしてるのよほんと……」
 立ち止まり、うつむき、真畔は何もできない無力さにただ震えた。
 一方、翠はカレンダーに予定を書き込むと、そのままベッドに身を投げ出す。
「いいな、あかりは誰とでも話せて、紫亜さんみたいな人もいて」
 あかりには紫亜がいて、真畔という仲の良さそうな同級生も居る。そう考えた時、自分には誰か居るだろうか?
 サンはただのクラスメイトにすぎないし、性格も性別も違う。
 城奈は絡んできているようだが、彼女がうろつくだけで自分に嫉妬の火の粉がかかっているようにも感じてならない。理科室での騒動も、元をたどれば城奈が原因と入っても差し支えない。そう考えると、嬉しいけど関わりたくない。そんな複雑な感情を持たざるをえない。
 引っ込み思案な自分が嫌だ。翠の心は自分の色のように黒くなっていく気がする。
 どこまでも、どこまでも黒く――考えがまとまらないまま眠りについた。
 
 そして、時を同じくして帆布総合病院の個室病棟。
 消灯時間が過ぎた22時、ここで2人の人物が話をしていた。
 橙藍鬼左洗脳朱音
「ねぇ朱音ちゃん。私にりんご、食べさせてくれない?」
 壁に塗られたオレンジが照明代わりとなり、白三つ編みの少女を照らす。
 彼女は長い爪を立てて器用に皮を削って分割。それを皿に乗せると、”朱音”と呼ばれたショートカットの少年に突き出す。
 朱音と呼ばれた少年は、三つ編み少女に命じられるまま無言でりんごを口に加え、少女の口元に運ぶ。口移しである。
「ふふふ、おりこうおりこう」
 白髪に赤目の少女が邪悪な笑みを浮かべつつ、林檎をかじる。瞳が縦長に裂け、高揚する。
「この体に慣れるのも大変。うっかりすると拒絶されて体調を崩してしまうしね」
 クククと笑いつつ、体を軽く動かす。その体こそ真畔の親友『三隅・藍』の肉体。
 しかし今の彼女は人間ではなく、鬼。イロクイを統べ、色を自らの餌とする鬼、『橙乱鬼(とうらんき)』にその身を奪われ、利用されているのだ。
 三隈藍(みくま・らん)が『鬼』となったのは2週間前。
 帰宅途中に紫亜の神社に寄ろうとした彼女は背後からイロクイの襲撃を受けた。
 1匹だけではなく、2匹、3匹と襲いかかるブヨブヨとした白イロクイは、藍の持つ橙の”色”をによって、活力を与えられ、自然に還る……はずだった。目の前をノタノタ這いずるイロクイは色を浴びてもすぐに白く代わり、全く色を受け付けない。
「何この子たち、全然しぼんでくれない!」
「そりゃそうさ、私の肝いりだからねぇ!」
 声一つ挙げ、木から飛び降りたのは、奇妙な衣装を着た、角の生えた女の子だった。
藍左驚き真・橙藍鬼
「角!? もしかして、あなたがこのイロクイを?」
「オイオイオイ、そこまで脳天気なの? 当代の色使いって。こりゃ買いかぶりすぎだかな」
「知ってます、あなたのことぐらい……”色鬼”、本当に居たんですね」
「まぁ古ボケのお陰でずいぶん苦しんだが……それももうおしまいだ!」
 一声とともに手を突き出す色鬼。
 来る。呼応するようにメガネを軽く挙げて藍も筆を構える――が、何もこない。
 否、来ていたのだが、藍は気づいていなかった。
 色鬼が『してやったり』とばかりに笑みを浮かべると、藍の視界は白い肉によって塞がれ、宙に持ち上げられる。
「んぐっ!?」
 背後からこっそり迂回したイロクイの1匹が藍を頭からかぶりつき、宙に持ち上げてそのままひと呑みにした。
「(こんなイロクイ見たこと無い、このままじゃ、食べられちゃう)」
 身動きひとつ取れず、呼吸さえもままならないほどに圧迫され、肉で押しつぶされていく藍。イロクイの体の中に放り込まれた藍は2枚の肉に押しつぶされ、その圧力が高まるほどに体から色が抜けていくのを感じる。
「はっ、ぁ……だ、め。死んじゃう。色を抜いちゃ……」
 ”色”とはいわば生命エネルギーを元にして作られた産物。したがって、ある程度失っても時間をかけて補充することもできる代物だ。だが、この”色”を根こそぎ奪われ、枯れてしまうとどうなるか。
 その答えを知るものは居ない。そんな話、怖くて聞いてすら居ないのだから。
 だが、その答えを知ることもなく、藍の意識は白く濁り、朦朧としていく。
 脳裏に浮かぶのはお父さんやお母さん、同級生に仲の良い紫亜、そして――。
「(真畔ちゃん、たすけて)」
 無二の友人に助けを求め、藍の意識は塗りつぶされた。
藍白化2真・橙藍鬼
しばらくして白イロクイが吐き出したのは、服を含めたすべての色が抜け落ち、彫像とも異なる真っ白な肉の塊。
藍の原型を残したままの肉は、受け身一つ取らず、地面に打ち捨てられた。
「これは色使いっていうんだからおかしな話だ。まぁ、”白化”した色使いの体をそのままにするのはもったいないよなぁ」
藍だった肉の塊に色鬼が手を伸ばす。すると鬼少女の体が溶け、藍の体に入り込み、体に色が戻っていく。手や足はもちろん、髪や服に至るまで、抜けていた色がすべて元に戻っていく。
そしてすべての色が戻ると、藍は起き上がり、無言で手をグーパーと開く。
「……ふふふ」
そして、力試しとばかりに色を吸い出し、オレンジ色に染まったイロクイを手刀で斬り殺し、笑いながら全身で降り注ぐ色を吸収していく。
「決まりだ、今日から私の名は『橙乱鬼(とうらんき)』! この色とこの色使いの体で、人間を好き放題してやるぜぇー!!」
そこにいるのは色使い三隅・藍ではなく、藍の体を得た色鬼、橙乱鬼が受肉・転生した姿だった。
だが、藍は体を奪われても諦めていなかった。正確には諦めることができない状況だったかもしれない。
藍の体を得た橙乱鬼が、彼女の身分を偽って平然と家に戻った。その後、別の色使いを騙して洗脳し、各所の封印されたイロクイを復活させたりと悪事の限りを尽くした――が、長くは続かなかった。
数日後、藍から色が抜け落ち、髪は白く、目は赤く変わり果てた。その状況に怒り狂った橙乱鬼が当たり散らした結果、この病院の個室にしばらく入院することとなったわけだ。
「でも、あそこで生き残るとは意外とやるもの……いや、コイツがトロかっただけかな? まぁ、楽しみが増えたもんな、なぁ?」
朱音は少女の言葉に首を縦にふるばかり。意思を感じない人形のようだ。
「さ、りんごを飲み込んで胸を見せて。お前をさらに塗り替えてやろう」
橙乱鬼が言葉をかけると、朱音はりんごを咀嚼し、飲み込む。そして、言われるがままにスポーツをやっていたかのような、若干筋肉のついた胸を恥ずかしげもなく見せる。
「これで暴れるイロクイを制御できる。抵抗しようが、いずれは私の体になる」
朱音の胸に橙色で印を刻んでいく鬼。イロクイを強制的に目覚めさせるだけではなく、指揮する能力。これまではイロクイの好き放題にさせてきたが、これからは計画的に動かして追い込む作戦に切り替えられる。言い換えれば、ここまで藍の体を制御できるようになったということだ。
「古ぼけた色鬼の二の舞は踏みたくないからね。それにまだ、完全じゃない。後一押し欲しい」
三つ編みを手繰る藍の姿をした鬼だが、もっとも状態が落ち着けば出してもらえるし、ある程度の自由は効く。それに何より、この病室はもう一人の色使い――いや、色使いに仕立てあげた少年『杉下・健児(すぎした・けんじ)』に指示を出すのにちょうど良い隠れ蓑になっていた。
藍を白化した現場に偶然居合わせた健児は不幸にも橙乱鬼に捕まり、そして呪いを打ち付けられたことで彼女の命に従う肉人形にされてしまった。しかし、彼の幸運にして不運は、呪いの影響で色使いに目覚めてしまったことにあった。
朱音の髪をあげると、胸とは異なる印。これが朱音から思考を奪い、鬼の意のままに動かす”肉人形”に仕立て上げていた。
「私とお前が完全体になり、シロクイで全部の色を奪い取ったら私の勝ち。”色災(しきさい)”が起これば色鬼が人間を虐げる時代がやって来る」
そんな世界を思い描き、鬼は告げる。
「行け! そして人間から色を奪ってこい!! クズな色使いでも、私がカスになるまで使ってやる!」
橙乱鬼の言葉に朱音は一度うなづき、部屋から飛び出した。
「はれれ~、六宮ちゃんもサンちゃんも呼ばれたんだ」
「……紫亜さん、これは」
「あの、僕から説明したほうが」
「いや、そうじゃなく、こう……もっとツッコむべきところがあるような」
色淵ヶ丘と筆咲の間にある中央公園。ここに集まったのはサンと城奈と翠、そして呼び寄せた張本人である紫亜の4人。
紫亜ノーマル
 紫亜の姿は以前見た姿とは大きく異なり、二つ結びに巫女装束。何より眼の色が全く違う。
「あー、前にあった時は変装姿でしたからねぇ」
「変装って」
「コスプレー、ですか」
「紫亜ちゃんまーだそれやってたんだね~」
「だって、こうしてると『正義の味方』って感じで、気分が乗りますから」
 どんな感性だ、と心のなかでツッコミを入れたかったが、飲み込む。
「あーの、あのね、六宮ちゃん」
「何?」
 翠の背中を引っ張り、城菜が呼ぶ。そのまま2人は少し後ろに下がり、内緒話でもするかのように話を進めていく。
「そーのな、この前の件だけど……ごめん、あぁな風に思われてるって知らなかった」
「……いつものことだし」
「それでもあー、なんというかその、ごめんとしか言い切れないというかなんというか……」
 先日の騒動の後、城菜はサンを捕まえ、事情を聞いた。
 翠が恨まれていることも、城菜が想像以上に慕われていることも、サンは全て話した。
 すべてを知り、城菜はひどく悩んだ。だが、言うしか無いと決めた。
 そのきっかけこそ、今回の集まりなのだから。
「…………」
 なのに、思うように次が切り出せない。
「あの、六宮サンに、城奈サン?」
 心配になって声をかけたサンに『何』と同時に切り返す2人。
「もっと、六宮さんは人に構ってしても、いいんですよ」
「構ってって、難しくない?」
「難しくないです、ナンナラー……」
「翠ちゃん。あたしね、翠ちゃんみたいな子がほっとけない性格なのーね」
 サンが考える中を押し切り、黙りこんでいた城菜が口を開く。
「だからこう、取っ掛かりが欲しかった。その取っ掛かりが、翠ちゃんにはダメだったのね」
「その取っ掛かりって、ノブリス何とかっての?」
 首を縦に振る城奈。
「そういうのって、あまり好きじゃないから。普通の友達がほしい、話とか聞いてくれる、あかりみたいなのがいい」
「そうかー、あかりって、筆咲の子だよね。どこで知り合ったの?」
「それ、言わなきゃダメ?」
 少しだけ、翠の口調に怒りが纏う
「あたしは聞きたいなぁ、それでねー、少しでも仲良くなる方法を」
「あ、あのっ」
「って、どしたの青葉ちゃん」
「紫亜サン、ものすごく遠いです!」
「……え?」
 2人が顔をあげると、紫亜の巫女装束が遠くに見える。そして『早く来い』とばかりに紫亜は手を振っていた。
「とりあえず、急ごうか」
「そうねー、そうしようか」
 話を切り上げて走る3人だが、肝心のことは互いに聞けないまま過ぎていく。
 どうして、翠はあかりに執着するのだろうか。
 どうして、城奈は一緒について来ているのに、我関せずだったのか。
 互いに何も知らぬまま、2人は紫亜の元へと走っていった。

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