人獣の間

ちょっと時間がかかりそうなので、まだあげていない過去作品をサルベージ。
昔から変わってねぇなと思いつつ手直ししたのでした。


すっかり怪談話に面白みがなくなった今日この頃。
ひとまずどこか震え上がるそんな話、ひとつ演じてみせましょう。
この村の山奥に、古めかしい神社がある。
その神社は古来より狐を祭っており、その近隣の者からは「造稲荷(つくりいなり)様」と呼ばれていた。
そんな神社も過疎のために寂れ、妖狐もその存在を知らずに居た程であった。
ところがある日、その神社に1本の雷が落ち、数日経たぬ間に近くで神隠しが続発するようになったという。
これに興味を持ったのが我らが村の好奇心旺盛な子供達。早速その神社に住まうであろう怪生を退治に向かった――が、一行は帰ってこない。
消えた子供の友人である少女、愛菜は痺れを切らし「これ以上待ってられない!」と言い、村の大人達の制止を振り切って造稲荷の神社に向かってしまった。
さて、造稲荷神社は古めかしいが、中はそう広くないこじんまりとした神社である。
だが、愛菜が門戸を開けた瞬間、殺気とも付かぬ禍々しい空気が彼女を飲み込んだ!
彼女は「な、何!?」と声を上げ、助けを求める暇もなく社の中に引き込まれてしまう。
そして、入るものが居なくなった扉はギギギと重い音を立てて閉まってしまう。
愛菜がふと前を見ると、そこはどこかの屋敷を思わせる部屋の一角。
その真正面、障子戸の前に6本の狐の尻尾が生えた女の人が居た。狐耳が生え、巫女装束を纏う彼女の足元には鎖が伸びている。大層な怪生であるには違いない。
「あなたは?」と、愛菜が尋ねると、怪生は「いかにも、わらわは造稲荷御前。この神社の神ぞ」と傲慢ぶりを顕にして答えた。
彼女の手には狐の尾を模した扇。やはり大層怪生なのようだが、すると今まで連れてこられた人たちは一体?
「他にも、ここに人がこなかった?」
愛菜は尋ねた。
「来ておるぞ、案内しようぞ」
造稲荷はおおらかな口調で障子戸を開けると、あたりがグワングワンと揺れてすごいスピードで空間の奥へと吸い込まれていく。
空間そのものをこの地縛霊がコントロールしているのだろうか。
ぐわん ぐわん ぐわん ぐわん
目が回り、視界がグルグルと回っていく。
まるで風車のようにまわされ、気分の悪さ感じながらもようやくそれも収まった。
「……えっ!」
辺りを見た愛菜は絶句した。辺りにあるのは大量の石像と、妙な形の犬やたぬき、そして狐。
そのどれもこれもが人肌をしており、しかし動物の特徴を捉えていた。
尻尾もある、背も小さい、しかし人肌で毛のあるものも居る。
「きゃく、きゃぅ、けっ」
1匹の狐らしき生き物がすがるように泣きつく。どこかで見たことがある。
「まさか、これって」
「そう、ここは人獣の間。人が獣となりて、妾のしもべとなる場じゃ」
なんという間だ。するとここに居るのは全員元人間だというのか!
「許さない、元に戻して!」
激昂し、怒りを顕にする愛菜に造稲荷も黙っていない。
「ならわらわを倒してからにするといい。倒せるものなら」
彼女は挑発のままに飛びかかる。鈍くはないが腕っ節に自身はない。それでも友人のため!
しかし、造稲荷は跳びかかった愛菜を一振りではじき飛ばす
「きゃあ!」
「あわれあわれ。さてわらわも遊んでは居られないのじゃ」
待ち人が居るのでの、とだけつぶやくと、再び空間が崩れだす。
「これはなに!?」
「この間で行われることと言ったら一つしかなかろう」
造稲荷の言葉に、愛菜がムキになって飛ばした光の槍が迫る。
「弱い弱いのう、では始めるかの」
やすやすと弾き飛ばし、彼女は愛菜に九尾扇を向けると、彼女の体が動かなくなる。
一瞬驚いたが動けなくなったのではなく手足をしっかりと捉えられているようだ。
だが、驚くのはこの後だった。
「そなたにはじっくり作法も教えよう。まずは服」
その言葉と共に、服が風化して愛菜は見る間に生まれた姿となる。
慌てて隠そうにも手足は動かず、彼女は顔を赤らめるのみ。
「次に手足」
すると、手が無理やりねじ曲げられ、足は太ももの骨が抜けたかのように下がり、無理矢理四つ足のような態勢に変えられる。
本来は激痛が走ってもおかしくないのに、何故か襲いかかるのは甘痒いショックばかり。
「顔も変えねばの、鏡を見て今の顔と今生の別れを告げるとよい」
銅鏡が愛菜の前に現れ、それと同時に顔がひきつる。
「ひ、いぃぃぃぃっ!!」
顔だけではなく、鼻や耳も強く引っ張られながら激しい音を立てる。
次第に目は釣り上がり、耳も頭に上がって狐のような長い三角耳へと引き伸ばされていく。
「ぎ、やめ、やめて」
それだけではない。鼻先は伸びに伸び、口元と合わさり、まるで人間でありながら本物の狐のような顔つきに変わっていく。
「ぁぎゃ、が……」
衝撃がすっかり収まり、フラフラになる頃には目は釣りぎみになり、耳は、ピンと立ち、口元は伸びきった正真正銘の狐と化していた。
「それはまだ顔と格好だけ、いよいよ仕上げじゃ」
そう言うと、造稲荷は愛菜に近づく。
「や、め」
「辛抱じゃ、こればかりはわらわがやらないといけないのでの」
首元を撫ぜつつ、おしりに手を伸ばす造稲荷。その度に無常の安心感が愛菜を包む。
「(やだ、狐になりたくないの、助けて!)」
彼女の言葉とは裏腹に身体は従順になっていき、そして何かを見つけたかのように造稲荷はニンマリと笑みを浮かべる。
「おぬしの尻尾、見つけたぞ?」
トントンと叩くと響く甘い刺激。まるで急所を叩かれているような感覚は、内から次第に外へと現れていく。
「あ、あああ」
「ふふふ、掴んだぞ。
さぁいよいよ持って仕上げじゃ。お主はこれより先、人間ではなく人狐(にんこ)として、人間でありながら畜生道に落ちた哀れな生き物としてわらわに永劫仕えるのじゃ」
それはいわば人間失格の烙印を押されるに等しい行為。愛菜は最後の抵抗を試みようと体をよじるも、造稲荷は離そうとしない。
「仕方ないのぅ。そうじゃ、わらわが言っていた待ち人じゃがな、九尾衆と名乗る強い狐様での、おぬしらは元から献上品として捧げるつもりだったのじゃ」
その瞬間、愛菜の頭が真っ白になった。
この稲荷は、最初から助けるつもりなんて鼻から無かったのだ。
悔しい、怖い、だけど気持ちいい。
――そんな様々な思いが入り乱れ、意識が朦朧とした瞬間、彼女の視線がぐいと上がり、同時にその思考が強い快楽の衝撃によって消し飛んでしまった。
めきめきめきめきぃぃ!!
「が、あ、い、ひぃぃぃぃぃ~~~!!!」
凄まじい音を立てながら愛菜の首が伸び、人間が古来よりある尻尾、尾てい骨が引き出されていき、愛菜は思わず舌を出してしまう
「ほれほれ、だらしのない子じゃ」
のばされる首は同時に整えられ、尾てい骨は地につくほどまでに引き伸ばされていく。
「~~~~~~~っ!!!!!」
もはや言葉が出なかった。それ程までに衝撃が強く、人外の快楽といえるのだから。
引き出された尻尾は造稲荷の力により見る間に肉付けさせ、ふさふさとした黄金色の尻尾に変わって板。
髪は生えたまま、顔や身体には人の面影を残し、しかし四本足で歩き、狐の人相にゆがめられた少女が身をひくつかせて余韻に浸っていた
「さて、これからはわらわに仕えてもらおうかの。菜狐よ」
「こんっ、こんんっ――こんっ(はいぃ、なぎつね、つかえます)」
出来たばかりの尻尾を振れば快楽が巻き起こり、造稲荷への忠誠心ばかりが想起される。
そこには村の少女だったという考えはもはや存在せず、ただただ人から獣に落ちた人だったものがそこにあった。
こうして、村のはずれの山にある神社に向かったものがまた1人姿を消した。
村の子はあの神社の中で狐様の下僕として遣わされていると噂するものもいるが、誰もその真実を知るものは居ない。
だから、決して村のはずれの山にある神社に向かってはならない。
行けばきっと、その身も心も狐様に仕える身にされ、帰ってこれなくなってしまうだろう。

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