はじまりの色、おわりの色(最終話)

しろくろにっきはひとまず今回で終わりです。
今後は短編として書くかどうかも決まっていません。
実力不足の感もあったけど、とりあえず長編らしいものはかけたかなという所です。
1年で10万文字足らずという少なさはあるけどね、てひひ
そんな訳で最終話です。


 健児とサンが一つの部屋とった診察室で見たのは、予想通り大量のシロクイだった。
 恐らく城奈は病院中のシロクイをここに集め、時間を稼いでいたのだろう。どのシロクイが城奈を飲み込んだのか、見当も付かない。
「これでは、どこにいるの な か分からないです」
「なにかこう、レーダーみたいなの持ってないのか?」
 健児の言葉に、サンは首を振る。だけど、ここで諦めるわけにはいかなかった。
「とにかく、見える範囲から打っていきましょう。ケン君が色を飛ばし、弱らせて吐き出させるのです」
 サンの色にはイロクイを追い払うほどの力はない。しかもシロクイは普通のイロクイとは形質がことなるイロクイ。だからこそ健児の色が鍵になっていた。
「おう、きついけど城奈を助けたいしな。頑張ろう――」
 健児がサンを励ますように声をかけたその時、診察室の奥からガラスの割れる音が聞こえた。
「何だ?」
「まさか、外に出るつもりです!?」
「バカ言え、ここにも出られない結界が張ってあるんだぜ?」
 慌てる2人を尻目に奥から絶叫が響く。結界の中で何かが暴れ、シロクイを倒しているのだろうか。シロクイ達が一斉に暴れ始める。その中で1体だけ、重たそうな動きを見せるシロクイが居た。
「ケン君、アレです、アレに色を!」
「よっしゃ、邪魔するぜ!」
 結界内に飛び込んだケンはシロクイの後ろに素早く回り込み、手に色を纏わせる、そして両手を合わせ、中のように構え――。
「これでも食らえ、カンチョー!」
 前に突き出し、軟らかい肉に指を突き刺した。
「うわ、ぶよぶよしてる、そのまま四谷を吐き出してしまえ!」
 緑の”色”を注ぎ込むと、シロクイは毒の色に苦しみ、暴れ出す。そして、腹の底から響くような声を出しながら口から白い塊を吐き出した。
 全身何も纏っていない、しかしどこか満足そうな顔をしている真っ白な少女――紛れもなく城奈だった。
「よし、あとは外に運び出すだけだ」
 城奈をおぶるように持ち上げる健児。身体が触れあっている部分から力が抜けていくような感覚に焦りを感じつつ、前に進んでいく。
「サン、ここだ! 早く!」
「はい――ケン君、後ろ!」
「くそっ、おぶっている状態じゃ見えねぇ!」
 健児の後ろには、城奈を吐き出したばかりのシロクイが首をもたげ、獲物を見下ろしていた。まるで怒っているかのようにシロクイは吠え、健児を城奈ごと丸呑みにする――はずだった。
「ケン……あ、あれ?」
「なんだ? 影が崩れてる」
 健児が城奈を一度下ろし、サンが同化を行い始めている城奈の身体に素早くオレンジ色を流し込む。崩れて消えていくシロクイ、その後ろから見えたのは、橙乱鬼と同じ角を持った白髪の少女だった。
「その角……クソ鬼の仲間か」
 全身真っ白、瞳だけが青く存在を誇示している”色鬼”は、一度首を縦に傾け、2人に告げた。
「色使いの少年、色鬼――橙乱鬼の元へ招いて欲しい。私は、主に危害を加えるモノではない」
「やった!?」
「……多分」
 色の渦が薄れ、そこには白黒の渦に飲まれてうつむく橙乱鬼の姿があった。
 壁に打ち付けられ、まるでぼろ布のように果てた彼女は、もはや動けないようにも思えた。
『どうする?』と問うきらりに対し、翠は言いよどむ。このまま黒に塗りつぶしてしまえば確かに早い。しかし、それでは橙乱鬼はどうなるのか。
『殺すのか』。橙乱鬼の言い放った言葉が頭の中を駆け回る。それは塗りつぶすのではなく、存在そのものを消すこと。これまでのイロクイとはまるで異なる。そのような覚悟を――翠は持っていなかった。
「このまま放っておこう。もう動かないし」
「うーん、そうだね。ここはすーちゃんを信じて紫亜さん達見に行こうか」
 翠の決定に考えこむも、友人の言葉を信じ、きらりは手術室を出ようとする。さっきまでの怒りと悲しみを混ぜ合わせたような表情は、橙乱鬼のぶつけた色と共に、どこかに消え去っていた。
「ほら、早く」
「う、うん」
 手を引っ張るきらりに釣られる様に翠も橙乱鬼に背を向ける。それに合わせるかの様に、倒れていた鬼から、霧の様なものが立ち始めた。
『(コレハ、チャンスだ。アタシの、スベテをツカッテ、クロのイロツカイに、シルシを刻む)』
 霧はいつしか人の形を失い、一本の濁った色をした矢に変わっていく。
『(アタシの、スベテヲキザミ、”オニ”に変える。アタシはキエルが、オニは残る)』
 矢は、翠の背中に狙いを定め、駆けだす。
「紫亜さん、だいじょう――うわっ!」
 きらりが手術室のドアを開けようとした瞬間、突風が吹き、何者かが手術室に飛び込んだ。
『(新たな仲間を、アタシが――!?)』
 その姿は、鋭く尖った異形の腕は、ありありと矢に狙いを定め――2つに切り裂いた。
「すまぬ、だが主は人に害を与えすぎた」
 橙乱鬼だった矢は異形の腕に吸収、分解されていく。
『ウラギリモノ』。そう言い残し、街を騒がせた鬼はその魂の一片すら残さず消失した。
零無
「な……」
「何が起こったの?」
 おそるおそる後ろを向く2人。そこには白い着物を身に纏い、目と角以外の全てが真っ白になった色鬼が佇んでいた。
「六宮、今そっちにクソ鬼が……いた!」
「気をつけてください、害は与えないと言っても、彼女は、色鬼です」
 遅れて診療室から戻ってきた健児とサン、その肩には色が戻りつつある城奈の姿があった。
「えっ、えっ。でも、この人真っ白」
「それに……橙乱鬼は?」
 状況が飲み込めない4人に加え、結界を張っていた式部も予想外のことに狼狽する。
 今もなお、手術室にイロクイと色鬼は入ってこれないはず。なのに目の前の鬼はこじ開けて入ってしまったのだから。
「……そろそろ良いかの」
 色鬼は口を開くと、思わず身構える4人。
「そんなに警戒しなくても良い。橙乱鬼はもういない。それに私は、人の色を食わない」
 色を食わない。それを聞いた瞬間、皆が『えっ』と言う顔をし、うろたえ始めた。
「色を食べないって、じゃぁなんでここに?」
「わからない、けど、気をつけないと」
「あのクソ鬼とお前は、違うってのか?」
「見たいです。全くの別物――」
「うぅぅ、さわがしいのねぇ……」
 思い思いの言葉を並べつつも、ため息をついて色鬼は歩を進める。その先には橙乱鬼によって複数の色に染め上げられた真畔が転がっている。
「ま、真畔ちゃん……」
「やっぱりこいつ真畔から色を! 六宮やっちまえ!」
「指示するな。それにあの鬼、何か様子がおかしい」
 翠の言葉通り色鬼に目を向ける面々。彼女は真畔に腕を向けると、染め上げられた少女の身体をむしばむ、橙乱鬼の色を吸い出していく。
「う、うぐ……」
 苦い声をあげた色鬼とは正反対に、真畔の体内には自分の色だけが戻っていく。橙色を使わず、橙乱鬼によって上塗りされた色だけを抜き出したのだ。
「――あ、あれ、何?」
 意識を取り戻した真畔が見たものは、手を突きつける色鬼の姿。その腕は青と橙に染まっていた。
「もしかして、助けてくれたの?」
「そうだ、これで信頼してくれると良いが」
 腕を振るい、吸い出した色をぞんざいに払う鬼の少女。払った色は壁に付着し、そのまま霧散した。
「びっくりしたぜ……何だよ助けてくれるならそう言ってくれよぉ」
「と言っても、城奈……さんを助けてくれた恩人でもありますし」
「そう言って警戒していたのは紛れもない主らじゃないか。まぁいい。色使いはこれで全員か? 布津之巫女はどうした」
 鬼が見渡すと5人の色使い。思ったよりも少ない。
「あの」
「何だ?」
「……誰?」
 翠に疑問の声をかけられ、色鬼は拍子抜けしたかの様にため息をつく。
「私は『零無(れいむ)』。様々な呼ばれかたをしているが、色使いにはこの名が分かりやすいだろう。見ての通り色鬼だ。そして橙乱鬼が迷惑をかけた」
「こっちこそありがとうです! 真畔ちゃんも元に戻ったし、一件落着!」
 きらりの言葉に笑みだけを返し『布津之巫女は』と問う零無。彼女の問いに、あっちとばかりに指をさす翠の先には、藍に解放される紫亜の姿があった。
「布津之の巫女、でしょ。なら紫亜で良いはず」
「……」
 二度あきれる零無。
「どうやら、色使いとしてままに動かぬまま、橙乱鬼を追い詰めたのか。運が味方したと言うべきか」
「どういうこと、なのね?」
「私は、もっと村々で手を取り合いイロクイを適度に抑えてくれるモノと思っていたが、見込み違いだったということだ」
「てめぇ、見込み違いってどういうことだよ!」
 激高する健児を抑えるサン。色鬼相手には分が悪いと思ったのだろう。
「こうしてそろったのは確かに嬉しく思う。だが練度がお粗末と言っている。さらに強いイロクイをぶつけられればそこまで。そこの緑の少年、主が一番弱い。身のこなしで立ち回っている様なものだ」
「ぐぐ……じゃぁ、どうしてきたんだ?」
 確かに操られていたことが多く、色を使うのに不慣れだ。看破された怒りをこらえつつ聞き返す。
「うむ、今回は苦言や橙乱鬼にとどめを刺しに来た訳ではない。イロクイについて話そうと思っての」
「イロクイについて、です?」
 零無はサンにうなづき、話し始めた。
「イロクイは本来、自然に生息する色の力が自然に宿り、知恵を持ったもの。自らの領分を増やし、それを色鬼は狩り、糧とするのが本来の摂理。しかし近年その力が衰え始めてきた。故に私はイロクイの力を強め、活力を与えた」
「ちょっとまって。それってイロクイがここ最近増えたのは――」
「私の力が行き届いた証だ、紫の色使い。もっとも橙乱鬼は自分で異形を作り、色を集めていた様だが」
 イロクイを再び増やした元凶。そうとも取れる言葉に真畔は苛立ちを隠せない。そして、続く様に翠が言葉を告げる。
「それじゃぁ、森のイロクイや学校に出たイロクイって」
「早かれ遅かれ、イロクイとして目覚めて領分を増やそうとしていただろう」
「……」
 翠が不快な顔をする。あの場で必死に戦い、イロクイのせいで学校にも来られないクラスメイトもいる。街の人、病院の人も助かるか解らない。
「みんな、抑えて。この方は、色神様でもあるの」
「色神様」
 紫亜の声に翠が振り向く。彼女は藍に支えられるように零無と向き合う。
「そう、この街に古くから居る土地神様。訳あって封じてきたけど……」
「色の脆弱なヒトの不満を一矢に受け、神格化された神はこうして顕現した。しかし、布津之巫女が色鬼にやられるとは――」
「あんたに何が解るのよ」
 真畔が零無の言葉を遮る。
「紫亜は、私たちを取りまとめるために必死だったのよ。あんたみたいに、自分のご飯ほしさで他人に迷惑をかける様なことはしなかった」
「なら、色鬼は飢えて死ねと言うのか、紫の色使い。その様子ではいずれ橙乱鬼と変わらぬ様になるぞ」
「ふざけないで! あんな奴なんかと一緒にするなんて、やっぱりあんたも人のことなんて、なんとも思ってないんでしょ?」
 全ての原因を作った”色鬼”が、ここにいる。そして、真畔の言葉は場をさらに刺々しいものに変えてしまった。
 高まる真畔の激高。自分のために起こる姿を見、紫亜は悲しげに水を差す。
「真畔ちゃん、もういいの。どう言われようと、各々の練度の足りなさは自覚してたのだから」
「でも!」
「周りを見て、真畔ちゃん。みんな怯えてる」
 真畔が言葉を飲み込み、周りを見るときらりや健児、そして翠すらも2人の舌戦に気圧され、話せる様な状況ではなくなっていた。
「……わかった。今は飲み込む。あと、助けてくれてありがと」
 口をつぐんだ真畔にあきれた顔を見せる零無。そんな空気の中、きらりがおそるおそる声をかける。
「ねぇ色神様、他の人は……食べられちゃうの?」
 剣呑とする雰囲気に飲まれぬよう、怯えた様子で声をかける。
「零無で良いと言った。色使いではない人は……主らが守ることだ」
「私たちが?」
 零無はうなづき、落ち着いた口調で語り出した。
「イロクイは本来自然の色しか食さぬ。しかし、何かしらの原因で暴走したイロクイは、周囲の色を暴食し、人間の色すら食らう。主らの言うイロクイとは、暴食するイロクイ。それを止め、人を助けるのは色使いの役目ではないか?」
「うんうん。でも、どのイロクイも暴れてたのはどうして?」
「橙乱鬼が暴食するよう急かし、導いた。そうであろう、緑の少年」
「少年じゃねぇ、健児だ。なんで知ってるのかわからねぇけどその通りだ。あのクソ鬼に操られてあちこちやらかしちまった」
 後悔の念が抜けない健児だったが、零無は特に叱責することなく、ただ健児を懐かしく見据えている。
「色鬼はイロクイを喰らい、イロクイの色で生きる。そして暴走した一部のイロクイや色鬼を主らが弱める。それが我が提案することじゃ。もはやイロクイは私の力を使わずとも、自然の流れに寄り添うようになった、あとは――」
「冗談じゃないし」
 意気揚々と話す零無に口を挟んだのは、翠。
「何も無しに色鬼を目覚めさせて、暴れたのは私たちで何とか白って、身勝手も良いところ。それに……」
「黒の色使い」
 零無は翠を見据える。光のない零無の瞳は、不気味ささえ感じる。
「私をどう恨もうと構わない。いずれその黒で塗りつぶしてくれても構わない。だが、白の色使いと共にすること」
「白の……きらりと? 話をすり替えないで」
「すり替えてはいない。主のよどんだ心も、深まる闇も、分かつことで薄れるだろう。仲間を大切にすることで、いずれ望む展望も来るだろう」
 そう言い残し、零無の身体が白い霧になっていく。
「まって、色違いの呪いは!」
「その呪いを知りたければ布津之の神社に来い」
 そう言い残し、白い霧は壁に混じるかの様に消えていく。
「あれが、色神様……初めて見ました」
「なんて奴、あれじゃ押しつけじゃない」
 藍が遠くから眺める一方、真畔がゆっくり身体を起こし、壁をにらみつける。その目は単なる怒りではなく、どこか悔しさの混じった目でもあった。
「でも、悪い人じゃないっぽい?」
「……」
 きらりは零無の思惑にのってしまったのか。それとも真意だったのか。それを今知ることは出来ない。ただ、零無の言うことが破られることはない。白の色使い――きらりが居なければここまで来て、橙乱鬼を倒すことも無かったのだから。
「……帰ろうか」
「うん!」
 橙乱鬼の引き起こした大混乱は、帆布市を一日中麻痺させる程のモノだった。
 おかげでマスコミや色んな人が押し寄せてきたが、次第に人も少なくなり、元の落ち着きを取り戻していった。
 帆布中央病院は大分壊されたようで臨時休業。学校もイロクイ被害の対処もあってしばらく臨時休校。まさに麻痺したと言っても差し支えない状態だった。
 インターネットでは自分の街のことが頻繁に取りざたされ、何だか複雑な気分になった。親から文句を言われつつも、私は前と比べ、自分のやりたいように出来るようになった――のかも知れない。
 そんな戦いから3日もすれば、公園や病院、壊れた建物やオブジェも元の風景に溶け込みつつあった。
 学校も再開し、いつもの教室、いつもの席、いつもの授業が始まって、再びいつも通りぼっち――では無かった。
「六宮さん」
「……翠でいいよ。城奈のこと?」
 おぅ、と声を漏らすサン。図星だったか。
「ですです、翠。少し相談が……」
「いいよ、暇してたし」
 サンは転校してきたばかりの時よりも、大分日本語らしくなっていた。
 聞く話によると真畔と一緒にこの街の伝承について色々調べてるらしい。大変だなと思いつつ、わたしは紫亜の説教を聞くのが嫌なのであまり関わっていない。真畔の手伝いにも付き合っているので、女子の間でも『サンが筆咲中の女子と付き合ってる』と評判になっている。間違っているが、あえて私は突っ込まず、様子を見ることにした。
「OK、内緒にしておく」
「サーン! ドッジボールやろうぜ」
「それじゃぁまた放課後です!」
 エロケン――もとい健児の声に答え、走って行くサン。理科室での一件や操られたこともあって、一時は戦うか迷っていた健児だったが、すぐに元気を取り戻した。今ではサンといい仲になっているし、相変わらず男子のリーダーをしている。
 もちろんスカートめくりは度々やるから『エロケン』のままだ。
「なんで男子ってこう……と」
 スマートフォンが振動し、メールの着信を伝える。送り主はいつもの通り、きらりからだ。
『今日も遊べる!?』とだけ書かれたメールに返事をし、そこに『男子も来るけどいい?』と一文加えて送り返す。しばらくして『もちろん!』と帰ってきたのは言うまでもなかった。
 放課後、帆布中央公園。
 ねじれたジャングルジムは修復され、森は当分の間立ち入り禁止となった。しばらくはイロクイの動きを見た上で解禁していくとか。
「すーちゃん、こっちこっち!」
 きらりが手をふる奥で、森の中から真畔が出てくる。イロクイの動きを調べ、出る時間とエリアをまとめる。これが真畔の日課になっていた。
「たまには翠とかにも手伝って欲しいけどね」
「気分が乗らないのでやだ」
 わざわざ自分の時間を割いてまで付き合いたくはない。翠はイロクイが出たと木にぐらいしか動きたくないのも、これまで通りだ。
「あぁそう。まぁこれも修行の一つと思うことにするわ」
 真畔は他にも家が引き継いでいる剣術の練習や指導。布津之神社の巫女見習いと動き回っている。彼女の目指す先にあるもの、それはまだ定まっていない。色鬼『零無』の言葉通り、イロクイと共存するか、それとも滅ぼすか。色んな面から動きながら考えている。
「サン君もケン君もきたきた! あれ、城奈ちゃんも?」
「……なんかおどおどしてるけど、多分城奈だと思う」
 城奈は家で勉強を行いつつも、白化で失われていた色を取り戻していった。だが、一つだけいえない物がある――それを癒やしに来たと言うことか。
「さ、サン君。こんなの聞いてないのーね」
「ちゃんと仲直りするためですよ。さ、ファイトです」
 サンに押し出され、翠の目の前に出てくる城奈。
「ぁー……ええと」
 サンの影で怯える城奈。こんな姿は見たことが無い。なぜ震えているのか私にも解らない。だけど、話だけは聞きたい。聞かなくちゃいけない。今はそう思った。
「一緒に遊んでも、いい?」
 私はただ一言「いいよ」とだけ返した。正直、あとに引きずるのが嫌なだけだったが……それだけで、城奈の顔から明るさが戻っていった。
「また……またよろしくね、翠ちゃん!」
 思わず抱きしめる城奈の目には、涙があふれていた。
「それで、今日は……やっぱりあそこ?」
「うん、布津之神社。たまにはきなさーいって紫亜さんからも言われたでしょ?」
「それはそうだけど……」
「あそこに行きにくいんだよなぁ」
 操られていた健児が壊した布津之神社も、今ではすっかりキレイに修復されている。その軒先を、黒縁眼鏡に三つ編み姿の巫女少女が清掃していた。
「いらっしゃい皆さん。いま紫亜ちゃんを呼んできますからね」
「いや、そのままあがっても良いかな? ある程度そろってるし」
「いいけど、色神様が顔を見せるか解らないよ真畔ちゃん」
「それでもいいの」
 笑みを向けた少女――藍はまだまだ身体が本調子でないものの、罪滅ぼしを兼ねて神社の手伝いをする様になった。まじめな性格と容姿もあって、神社に来る人も少し多くなったとか……もちろん眼鏡はそのままだ。
 なにより、橙乱鬼に身体を奪われた後遺症か、色鬼の声を聞けるようになってしまった。この声で目覚めているかある程度解るようになったからこそ真畔を止めたが……少し困った顔をした後、紫亜を呼びに行った。
「紫亜ちゃん、みんな来てるよ」
「ちょうど良かった、色神様が待ってるから伝えて」
「え、だって声が……」
「直感よ、直感。見えなかったら私が話をすればいいだけなんだから」
 紫亜も真畔の話には一応賛同し、色神についてもお披露目するべくあちこち動き回っている。
 ただ、非公開のものをお披露目するのは大変らしく、難しいことだらけ。何より人目に触れすぎて大事にならないよう、真畔や藍を加えて日夜話し合っているほどとか。
「うん。それにしても、何だか大変なことになっちゃったね紫亜ちゃん」
「うちは構わないよ。それぞれ動きつつ、どう進むか決めてるのはいいことだからね」
「私もそう思う。あの子達がいなかったら、戻ってくることすら出来なかったから」
 うなづく紫亜。まだ練度が高い訳ではない。それでも2つの街に隔てられ、バラバラだった色使いが集まり、交流を深める。その一歩が大切。紫亜はそう思うことにした。
「ところで、そろそろ迎えに行かないと。真畔ちゃんやエロケン君が勝手に上がるんじゃない?」
「あっ!?」
 すっかり話し込んでいることに気づいた藍は、慌てて玄関へと走って行く。その姿を、紫亜と彼女の周囲に取り巻く霧のようなものが見つめていた。
「……まだ練度が足りない。目の前にいたというのにの」
「そう拗ねないでください色神様。それはそうと、翠ちゃんに話したこと、忘れていませんよね?」
「色違いの呪い、か。そうだな、話さねばなるまい」
 色違いの呪い。零無が色使いに与えたことなる色に変えてしまう弱体化の呪いは、今も続いている。
 そして、今も続けなければならないと、零無は紫亜に語る。そうしなければ、色使いは強くなりすぎてしまう。子供が強力な”色”を持てばどうなるか……零無がその先まで語ることはなかったが、思うところがなければ、この呪いを使うこともなかったのは、事実だ。
 紫亜は零無の話を受け止めながらも、他の面々をある一室へと案内する。小さなほこらに大量の鎖。そして鍵という物々しい姿は、近寄りがたい雰囲気をかもし出していた。
「ここが色神、零無様が祀ってある場所よ。まだ姿は見せてないけど、少しだけ、お話ししましょうか」
『手短に』と頼んだ割に、話が終わることには日が落ちかけ、公園まで送ってもらった時には公園の街灯がともり始めていた。
「話、長くなっちゃったね」
「だから来たくなかったんだけどさ」
「ぅー、でもたまには来なくちゃだよ」
「解ってる、出来るだけ……きらりと一緒ならいいよ」
 渋々乗っかる返答に、きらりは満面の笑みで『きらりもすーちゃんと一緒がいい!』と答える。
 場所が違っても、私たちの関係が変わることはない。今だけかも知れないし、色使いが必要なくなっても多分変わらない。
 居なければ出来ないことは沢山あった。逆にきらりに教えることもあった。
 そんな関係でいい、緩やかで、だけど暖かい。そんな関係。
「またねすーちゃん!」
「うん、また明日」
 帆布の街に日が落ちて、子供達は家路に付く。
 夜はイロクイ達の時間。明日はどんな日になるか。
 それを見るのは白い鬼。うっすら、ぼんやりとほこらから月を眺めていた。
「人間も、ずいぶんと変わったものよ」
「えぇ、変わりました。かれこれ300年でしょうか」
「もう昔のことは思い出したくない。人間の解り合えぬ血なまぐさい世界など」
「……」
「のう、橙乱鬼との話、聞かせてくれないか? なぜ、ままに戦えない色使いが立ち回れたのか、知りたくての」
 色鬼――零無は紫亜に呟くと、少女は笑顔を見せ『おまかせください』と告げた。
 夜はまだ長い。長く、そしてまた朝が来る。
 朝が来るまで語ろう聞こう。
 歴史の先を往く、今を生きる色使い達の活躍を。

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