うたがう色と少女の過ち(7話)

しばらく内容的に修羅場の予感がします。


「シロナさん」
 放課後の校舎、2人の小学生が階段に座り込んで話をしている。
 サンは理科室の騒動が起こったあと、城奈を呼び出して引っかかっていた謎を問いただしていた。
「あのとき、イロクイの目を引きつけたのは、シロナさんです?」
 シロナは少し口ごもるが、すぐに白状する。
「……やっぱりバレてたのーね。でも、城奈じゃあまり役に立てなかったのね」
「ううん、助かりました。蝋のイロクイの気が引けてなかったら、きっと負けてた。みんな助けられなかったデス」
 机にぶちまけられた赤い色、それはペンキではなく赤の”色”。
 城奈もまた色使いであることをサンは知っていたのだ。
 サンと城奈の仲は祖父や祖母の代から連なっている。
 元々色淵が丘出身であるサンの祖母は、城奈の祖父との縁も深かった。
 もちろん”色”に関する伝承も把握していた。サンの母親が婚約を機にイギリスに渡り、サンが生まれるまではこの街の住人だった。
 その関係もあり、サンと城奈は子供の頃から度々合う幼なじみの関係でもある。
 ゆえに城奈はサンの臆病な性格もよく知っているし、サンは城奈の明るく前に出る性格も熟知している。
 そして、2人の色についても分かっている。
 彼女の色もイロクイを追い払うものではない。ゆえに出るのを良しとしなかった。
 サンはそう考え、責めずにお礼もかねて城奈を呼び出したのだ。
「でも……」
「でも?」
 それでもサンには気掛かりなことが1つだけある。あるが、口ごもってしまう。
 ごにょごにょとして、どこか言い切れない。言ったら怒られそうな気がして言い切れない。
「サンくん、男の子ならはっきりと言った方が良いの」
 城奈が珍しく、しかし慣れ親しんだかのような口調で急かす。
「……リクミヤさん、あまり変に突っつかない方が良いです」
「どういうことなのーね?」
 サンの思わぬ助言に首をかしげる城奈。
「何となくですけど、リクミヤさん。城奈さんをうらやましいというか、何というか……怒っている感じでした」
 あたまに『?』を浮かべ、首をかしげる城奈。
「怒ってる? 声をかけて、一緒に付き合いたいって思ってるのに、なんで?」
「多分、何があるはずデス。でも僕じゃリクミヤさんにそこまで聞けなくて……ごめんなさい」
 明るく前に出て、どこかカリスマを感じさせる城奈。対して翠は影のある、集団から一線引いた存在。
 まるで対照的な2人。そんな2人をサンなりに見てきたが、彼の目には翠が城奈を嫌がっているように見えて仕方なかったのだろう。
『変なこと言ってごめんなさい』とぺこぺこ頭を下げて謝りつつ、城奈はいつも通り笑顔を見せ、自信満々に返した。
「わかったノーね。だけど城奈は諦めないのね! 友達が増えればきっと、帆布ももっと良い町にできるの!」
 使命感と燃え上がるようなアグレッシブさでサンに握手し、城奈は離れていく。
 その後ろ姿を、サンは見守るしかなかった。
「……城奈サン、無茶しないと良いですけど」
 サンの心に、どこか抜けきれない不安が立ちこめていた。
 帆布中央街、ここは帆布町のメインストリートであり、駅からも近く、人通りの多い場所になっている。
 この場所に城奈と翠を割り当てたのは、城奈の縁――言ってしまえば父の力を使い、警察の介入を防ぐ意味もあった。
 それでも逃げ遅れた人や、制止を振り切って中央街に入り込んだ警官も数名。そのいずれもイロクイによって襲われ、染め上げられていった。
「あ、あぁぁ……」
「少しでも、少しでもこの化け物から遠ざからないと」
 逃げ遅れたスーツにハイヒール姿の女性と、警察官の足がアスファルトの色に変わっていく。
 周囲には同じように染め上げられた人が転がっていて、女性と警官も路地に入る直前で全身を灰色に染め上げられ、動かなくなった。
 色の力が弱く、抵抗するすべを持たない一般人。彼らにとってイロクイの力は身体にしみこみ、人間であることすら変えてしまう恐ろしい存在だ。
「イロクイの姿が見えない……どういうこと?」
「ううん、いるの。あそことあそこ、そして転々と。だから翠ちゃん、色をぶつけてやるのーね!」
 少しいらっとしながらも『わかった』と返し、指定された場所に黒い”色”をぶつける翠。
 すると、道路が、タイル敷きの歩道が途端にゆがみだした。
『ヌゥオォォオオ!!』
『誰デス! 真っ黒ナノ撒いたのは! アナタネ!』
 突如として道がめくれ、2体の巨大なイロクイが姿を見せる。片方は道路を模した姿。もう片方は歩道のタイルに化けていたのだ。
 知らないうちにイロクイの上を踏む一般人を狙い、染め上げる。これが2体の狙いであった。
「ホントだ」
「でもちょっと大きいのね。引きつけてる間に1人ずつ倒してくのね!」
 ペースを握るかのように、道路イロクイへと駆け出す城奈。翠の顔には若干のいらだちがあるも、イロクイの犠牲を出したくはない。言われたとおり歩道イロクイの相手を始めた。
「さぁ、これでも食らうのね!」
 城奈の手から赤の”色”が吹き出し、道路イロクイを染める。
「グオォォォ! アツイ、アツイゾォォォ!!」
 苦しみのたうつ道路イロクイ。一方で歩道イロクイと対峙した翠は、飛ばしてくるタイルから身を守るので精一杯だった。
『案外弱いワネ! ホレホレ!』
 一方、タイルが当たるごとに砕け、歩道イロクイの持つさまざまな色が付着していく翠。
 このまま染め上げられてしまえば、文字通り歩道の一部となってしまうだろう。
「痛いけど……投げ返せるかも」
 翠は砕けていないタイルを拾い、色を込めてイロクイに投げつける。すると的の大きな身体に命中した黒色タイルはたやすく命中し、歩道イロクイをまだらに染め上げた。
『何すんのよ! もう一体呼ブ――イタイ、イタイッテ!』
 一度上手くいけば遠慮はいらない。砕けずに散乱しているタイルを拾っては黒く染め、投げつける。身体が大きい歩道イロクイの身体は見る間に黒く染まっていった。
『モウイヤ、黒ナンテ嫌!』
 次第に動きも鈍くなり、ゆらゆらとうごめき始める歩道イロクイ。その姿を見て勝利を確信したか、翠が城奈の方を見る。
 あれだけ色々言っていたのだから、既に倒しているに違いない。そう思っていた翠だったが、いまだ城奈と道路イロクイは対峙し続けていた。
「もう倒したんじゃないの?」
「城奈の色じゃ時間稼ぎが精一杯なのね!」
 歩道イロクイの身体が完全に黒く染まり、本来の姿に戻っていく。一方で道路イロクイはいまだ苦しみ続けている。だが、その苦しみは城奈の色を少しずつ取り込むたびに収まっていく。
「何で? というか赤色ってどういう効果?」
「城奈の色はイロクイを追い払ったり動きを止めたりできる色。だけーど……自分の色に取り込み終わったら、強くなるのーね!」
 そう、イロクイはまるで自分の色を強めるように城奈の色を取り込み、パワーアップを果たす。
 いったんは苦しみ、動きを止めるものの、時間経過とともに色を強める特性を持つ色――それが城奈の持つ”赤色”だった。
『ヌゥオオオオオ!! ミナギルー!!』
 パワーアップした道路イロクイは一反木綿のような巨体を這いずり、2人を押しつぶすようにのしかかっていく。
 翠がとっさに黒色を拡げて防ぐが、その手に過大な重さがかかる。
「お、重たい……」
「しっかりするのーね! 色は使えないけど手伝うのね」
 思わず膝を突き、徐々に圧されていく。城奈も一緒に支えるが、それでも無理がある。
 このまま押しつぶされ、文字通り道路のシミになってしまうのか。そんな考えがよぎるったとき、道路イロクイの身体が2人から離れていった。
『ヌゥゥゥ、黒はイヤダ』
 イロクイが押しつぶそうとした面はべったりと黒塗りになり、嫌がったイロクイは身を起こしていく。
「間一髪だったのね」
「やっぱり、この色を恐れてる。この色がなかったら……」
 翠がつぶやく。どこか寂しいようで、煩わしささえ思わせる口ぶり。
「何を言ってるのーね、翠ちゃんの”色”は、色の中でもすこぶる強いのね。だからこういうとき、一番戦ってほしいのね」
 そんなことなどつゆ知らず、城奈は翠の持つ色をほめる。この色があるからこそイロクイや色鬼に対抗することができる。だからこそ引っ張ってきたのだ。
 だが、そんな励ましがかえって翠の逆鱗に触れることになる。
「……ねぇ」
 翠が怒りに身を震わせ、城奈に話しかける。
「どうしたのーね、翠ちゃん。なんだかすっごく怒ってるようだけど……」
「そうやってさ、そうやって分かってることを言わないで」
 泣きそうな、しかし怒りを含んだ声で言葉を続ける翠。
「だったら、もっと積極的に攻撃しないとだめなの。だって翠ちゃんの力は誰よりも優れてる――」
「知ってる、そんなこと!!」
 そして柄にもなく大声を張り上げる。翠の心の中で城奈は『自分をいいように操っている存在』と思えてしまった。だからこその怒り。
 そして、城奈も『あ……』と声を漏らし、自分がトンデモナイ地雷を踏んでしまったことを悟った。
「やっぱり何か隠して動いてるんでしょ。私には解る。そういうの、大嫌い」
「す、翠ちゃん。そんなつもりじゃ――」
『オマエラアアアァ! 俺ヲ無視スルナァ!!』
 制止する城奈の手に向かい、黒い色を払い飛ばして逃げる翠。
 その色は背後に回り込もうとした道路イロクイに命中し、見る間に黒く染め上げていく。
『オォォ、怖い、苦シイ。辛イ色ォォォ』
 道路イロクイの全身が染まり、消えていく。その姿を城奈が確認すると、既に翠は路地に逃げ込もうとしていた。
「待って! どこ行くの!?」
 その答えを告げぬまま、翠の姿は路地裏に消えていく。
 城奈も追いかけるが、その行く手を阻むように『助けて』『ペット連れ注意』『ダイエット中』と書かれた奇妙な道路標識が立ちふさがる。
 そのどれもが標識イロクイによって姿を変えられた人々だった。
 その一本にかかれた顔が『ニヤリ』と笑う。おそらくこれが標識イロクイの本体なのだろう。
「……やっちゃったのーね。嫌われるって、こういうことだったのーね……」
 ぼう然としつつ、路地裏に走り込むのを避ける城奈。標識の数々は城奈を見るなりガタガタと動き始め、地面から抜けて一斉に城奈へと襲いかかりはじめる。
「きっとまだ近くに、近くに居るのーね。諦めたらそこまでなのーね! おじいちゃんだってきっとそう言ってくれるのーね!」
 深呼吸し、走り出す城奈。しかしその心はとても痛く、翠とおなじぐらい痛いものと感じていた。
 赤色を飛ばし、動きを止めながら標識イロクイから逃げる。同じ姿に変えられないよう、足止めしつつの逃避行。
 その終着点は、サン達の居る中央公園だった。
「城奈さん!」
 森にいる樹木イロクイをあらかた追い払い、一息ついてきたところにやってきた城奈の姿。
 サンは城奈を出迎え、何があったかを訪ねた。
「……イロクイ、また来るのーね」
 息を切らす城奈。イロクイは撒いたものの、城奈の色によって強力になったイロクイはきっと見つけ出し、大挙して襲ってくるだろう。
「あれ、四谷さん。翠は?」
 竹刀の代わりに木の棒を振る真畔に、城奈の表情がいっそう曇る。
「翠ちゃんは……はぐれた」
「どういう――」
 泣きそうな顔で震える城奈。理由を問いただそうとした真畔をサンが止め、代わりに周囲の警戒を促した。
「サンくん、大丈夫じゃなかったのね、嫌われちゃったかもしれない」
 泣きべそを掻く城奈を制するサン。彼の読みが当たったのは決して偶然ではない。
 実は似たようなことを、以前サンもやられていた。
 あちこち動き回り、サンを振り回していた城奈。そして振り回されていたサン。
 自分しか見えず、ついて行ける人だけを相手にしてきた彼女は、いつしかサンにとっても近寄りがたい存在となっていた。
 いつしか成長とともに考えを改め、久々にあった時はすっかり変わったもの――そう思っていた。
 だが、実際には昔と変わりなかった。どこかで他の人を引っ張り回し、嫌がられてしまう。
 そんな城奈の性格をサンはよく知っていた。だからこそ、怒るに怒れなかった。
「城奈さん。リクミヤさんは、城奈さんみたいに強い人ではないのです」
「強く、ない? 城奈が、強いの?」
 サンは首を縦に振ってうなずく。明るく、前を向く性格、根の強さはあまりに強い。しかし、色はそこまで強くない、支援系だ。
 一方で翠の持つ色は全てを塗りつぶすことのできる色。イロクイと戦うに当たって非常に有利に働く――だからこそ城奈は真っ先に翠とペアになったのだ。
「確かに色は強いです。でも、それだけでアレコレと言われるのがいや。でも人と一緒に居たい。七瀬さんみたいに……。それってきっと、もっと自分を見てほしい、支えてほしいってことじゃないです?」
「そんなの、甘えん坊さんなのね」
「だから、なのです」
 城奈が再びアッとした顔になる。あれだけ打ち解けようとしていた城奈が、簡単に翠を切り捨ててしまっていたのだから。
「それじゃぁ、どうすればいいのね?」
「それは――」
 その言葉を告げようとした瞬間、ガチャガチャと騒がしい音が鳴り響く。
「イロクイ……ちょっと数が多すぎない?」
 真畔の足が1歩、2歩と下がる。もはや『一塊』と言う言葉が合うほどに大量の標識を伴って探し回る標識イロクイは、城奈を求めて探し回っている。
 見つかれば多勢に無勢。しかし気づいていない今であれば勝ち目はある。
「きっと増えちゃったのーね。サンくん、こうなったら『色合わせ』なのね!」
「あ、あれです!? 上手くできるかどうか分からない――」
「つべこべ言わずにやってみるのーね。どっちにしてもこれじゃないと勝ち目がないのね!」
 城奈が強引にサンの手を引っ張り、力を込め始める。
 標識イロクイはまだ横を向いていて、こちらには気づいていない。
 襲われてしまえばあっという間にイロクイの操る標識の仲間入り。その前に大技を決めて片付けなければ。
「何だか、ちょっと恥ずかしいです」
「何言ってるのーね! 幼稚園の時とかよくやって怒られてたのね!」
「それっていつの……とにかく、集中です!」
 2人が目を閉じる。手の中にオレンジと赤が混ざり合い、より濃い、赤みを帯びたオレンジ色となって広がる。
 イロクイの数が多い。もっと出す色を多くし、心の中でタイミングを数える。
 そんな中、ふと城奈がサンに声をかける。
「ねぇサンくん」
「何ですか?」
「……城奈、翠ちゃんと仲良くなりたいのはホントなのね。でも性格が邪魔しちゃう……それでもやっぱり何とかしたいのね」
 サンは城奈の言葉に無言でうなずく。
「だから、そんなときは手を貸してほしいのね。こういうふうに」
 握る手が一層熱く、痛みを感じる。
「……僕で良ければ」
「ありがとうなの。いくのね!」
「はいっ!」
 イロクイが色の高まりに感づいたのか、少しずつ身体を2人の方に向け始める。だが、遅い。
『せーの』のタイミングで、サンと城奈は握っていた手を標識イロクイの群れに向ける。すると、2人の手のひらから放たれるたのは濃いオレンジ色の光。
 光は瞬く間にイロクイを包み込み、周囲をオレンジ色の光と暖かな熱で包み込んだ。
「まぶしい、でも……暖かい?」
 光と熱は1分もしないうちに収まった。しかし光のあとには1本のイロクイも残らず、イロクイに操られていた標識――もとい人々が元の姿のまま転がっていた。
 違う色を混ぜ合わせ、強力な効果をもたらす戦術。これを『色合わせ』という。
 慣れないとできない技ではあるものの、今回はお互いに昔の呼吸のまま放つことができた。その呼吸が、サンにとってどこか心地よかった。
 驚きながらも変えられてた人はそれぞれ帰路につき、イロクイの待ち構えている方面に向かう人は、姿を確認できない山の方へと向かわせた。
「これであとは紫亜ときらりちゃんだけなのね。翠ちゃんも早く見つけないと」
「すぐに襲われることはないと思います。でも……真畔さん?」
 携帯で紫亜に連絡する真畔の顔が冴えない。サンは不安げに訪ねるが、彼女は電話を切ったあと、首を横に振った。
「きらりが、橙乱鬼(とうらんき)にさらわれた」
 2人して『えっ』と驚く。どうやら操られていた少年の洗脳は解けたものの、突然橙乱鬼が乱入してきらりを誘拐したそうだ。
「これから紫亜と合流して帆布中央病院に向かう。そういう段取りになった」
 苦々しい顔になるのも無理はない。大人びても真畔はきらりと同学年。何より守りたいと固く誓っただけに、話を聞かされたショックも大きかった。
「……七瀬さんも、助け出さないとです」
「うん、2人して仲良いから、助け出さないといけないのね」
 落ち着いたところに舞い込んできた事態に、不安を隠せない3人。
 紫亜がくるまでの間、ひとときの休息を得ることができた。しかしその心中は穏やかではなく、気を抜くことができなかった。

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