なすのゆきはさんとちょいちょい話をして書いてみました。塩漬け状態だったけど今日に合わせて仕上げてみたりも。 エミリについてはこちらを参照でnovel/1607843
うっすら寒く、ほの暗い森のなかを少女が一人歩く。
若草色のワンピースに赤のツインテール、手首には魔道具の腕輪が2つ。
それ以外は特に持ち合わせていない。かと言ってこの森の先に行きたいわけでもない。彼女には目的があった。
「っかしいわねぇ、あの変態魔導師の話だとこの辺のはずなんだけど」
――。
話を少し戻し、およそ30分前。エミリはいつもどおり変態魔術師――もといリリのもとへお使いを頼まれていた。
音が漏れ聞こえる玄関扉の奥、リリの声がブツブツと聞こえてくる様子をエミリは聞き耳を立てて聞く。
リーリアック・F・グラウシェラス。『倒錯のリリ』とも称されるこの魔術師は、これまでに多種多様な禁忌魔術を収集・悪用してきたことから指名手配されていた人物だ。
そんな彼女がこうやって平和に生活してるのは、この国の王様が魔導を推進してるからに過ぎない。
大陸の南に位置し、元は流刑地だったこの国だが、『稀代の名君』と称される現在の国王によって近代化が推し進められた。
街に電気が通り、瞬時に連絡が伝わる魔力通信網が整っているのも治世の賜物――だが、リリを見ているとどうも割り切れない面もある。
事実、エミリは一度問い詰めたことがあった。そのような禁忌魔術をなぜ平気で集めているのかと。
長い髪の女性、リリは髪を払い、振り向きつつ、こう呟く。
『愛よ』と。
「ふざけてないでちゃんと言って」
「いやほら、禁忌魔術って実は大したこと無いものも結構あってね。使ってみたくなっちゃうってやつよ」
「……それだけ?」
「それだけ。たまにリュドラを大理石にしたりするけど、あれも禁忌魔術だから」
「……」
以降、エミリはリリを『変態魔術師』呼ばわりしている。
確かに彼女にとって救いの主であり、基礎魔導や禁忌魔術の利用資格に関する知識を教えてくれるリリは恩人だ。
しかし、その一方で『あのようになりたくない』という反面教師としても機能していた。
そんな彼女もまた、リリの鼻を明かそうと必死だ。
「……うん、うむ」
「(一体何を話かしら?)」
耳を傾け、話を盗み聞くエミリ。
「それは中々キレものだな。その森ならここから半刻もかかるまい」
「(ふむふむ)」
「まぁささっと片付けるとするよ。他に――」
「あの、エミリちゃん?」
「!!?」
ゴゥン! と地が唸るかのような轟音。咄嗟にかざしたエミリの手から爆炎が吹き出す。
「ひうっ!? も、もう少しで丸焦げですよ!」
エプロンを身につけた緑髪の少年が触手を巻きつけるように身を固め、その隙間から涙目で抗議する。
そんな彼の名前はリュドラ。ハーフスキュラの亜人少年だが、今回は大して出番がないので説明はこのぐらいにしておく。
「いい?今大事な話を聞いていた最中なんだから、もしかしたらあの変態魔術師の鼻をあかせるかもしれないわ」
「いや、それって結構まずいんじゃ」
「じゃそういうことで、これアイツに渡しといて」
リリにバスケットを押し付けられ、慌てて受け取るリュドラ。中にはエミリの村で採れた新鮮な果物などが入っていた。
――こうして荷物を押し付けるだけ押し付けて、エミリは半刻かかる森へと出かけていった。
リリの住む村の周辺で森といえる場所は街に抜けるこの森ぐらいだ。
しかし、そろそろ冬が近いとはいえここまで寒かっただろうか? そう思えるほど奇妙な寒さが渦巻いていた。
「あれ、2人……1人?」
一瞬2人見え、すぐさま1人消えた。見間違えだろうか。エミリが近づくと、街道の真ん中にショートカットにブレストメイルを着た少女の後ろ姿。
「まぁいいや聞いてみよう。ねぇさっきのってあなたのお仲間か何か?」
反応がない。さらに近づき、体を叩く。
「あれ、ちょっと聞いてる?」
動かしても全く動かない。正面から見ると、まるで少女の周辺だけ見事に時が止まっているかのように唖然とした表情で固まっている。
「何これ、変な感じ」
固まった少女の様子をうかがうエミリ。
そんな少女の足元から、灰色の煙が立ち上る!
「ちょ!? トルネ・ウィンド!」
リングが光り、エミリを守るように竜巻が起きる。舞い散った煙は見る間に固まった少女や周囲の木々に覆いかぶさり、石に変えていく。
「これって禁忌魔術……だよね。やっぱビンゴ?」
口元を抑え、風圧から身を守るエミリ。
「ふぅ、ちょっと慌てましたよ。その竜巻、あなた魔法少女ですね?」
聞こえてきた声に何も言わず、彼女は石化ガスを含んだ竜巻を声の方に飛ばす。
「ぬわー!?」
悲鳴とともにぶつかり、周囲の煙を吸って消えていく竜巻。
「これでおあいこ――もう聞こえてないとか?」
「いや、聞こえてますよ。石化無効がなければ即死だった」
煙が晴れ、残っていたのは2体の石像――ではない。乱れた髪を直す狐の耳と尻尾を持つ少女と、少女剣士の石像。
「せっかくこの世界に来たので1人固めてみようと考えてましたけど、これはこれで」
「それがさっきの不意打ちね!」
「あ、それは単に逃げる時石化瓶が転げちゃって。あぁでもこれも悪くないかも。いかにもバジリスクに睨まれて負けました―って感じで」
少女剣士の石像をうっとり見つめ、惜しげに胸に手を当てる狐少女。その姿はどこかあの変態魔術師を彷彿させる目つきで――。
「……もういいわ、こてんぱんに吹き飛ばしてあげる!」
「まぁまぁ落ち着いて、まだ名前も聞いてませんし」
「うぅ、まぁそうね。私はエミリ、あなたは?」
「トケイと言います、早速ですがキスしていいですか?」
「殺す」
「おぉぅ血気盛ん。ならぱんつください」
「ボン・バ・ドゴール……」
「ストップ! このままだとこの石像まで巻き込んでしまうぞ!」
慌てて制止したためか、トケイと名乗った少女の口調も崩れる。
「なに、変態な上に人質まで取るの?」
「その蔑んだ目、もっと――違う。その魔法、広範囲の破砕系魔法ですよね?」
正確には炎属性も付くが、見事に言い当てられ、エミリの表情が歪む。
「ベ、別に制御できればあんた1人で済むし」
「いや、その様子だと制御もできてないと見た。言っておくけどこの石像を壊すということはこの子を殺すのと同義。解除しても石塊のまま戻らなくなりますよ」
「くっ、卑怯よ!」
「卑怯でもなんでも構いません。それでも打ちますか、アレでしたら別の場所で戦いませんか? 私はぱんつとぺろぺろ出来ればそれでいいですけど」
「(な、何よ、これじゃ私が悪者みたいじゃない)」
しばらく言いよどむエミリだったが、落ち着いて提案を飲む。
むやみに人を傷つける真似は彼女だってしたくはない。
「戦うに決まってるわよ、あんたみたいな究極変態女は1人で十分!」
エミリが敵意をむき出しにして睨むと、トケイの顔にどこか悦が浮かぶ。
「ここまでJCに罵られるとその、興奮してきましてね。まぁいいでしょう!」
トケイが腕を上げた瞬間、エミリの周囲が歪んで、歪み……そのまま意識が遠ざかっていく。
しばらくすると、エミリの意識がゆっくりと元に戻っていく
「(あれ、もう着いた? それじゃ……)」
エミリの意識が覚醒していく。やや視線が高く、柱が立ち並ぶ部屋の中だが、体が動かない。
よく見るといくつかの柱には石像や氷像が設置されている。これは、まさか――。
「かかったな阿呆め! ようこそここは私のコレクションルームです」
「(だ、騙された! ちょっと、あの子はどうしたの!?)」
「まぁあれです。作戦勝ちってやつですね。ちなみに剣士の子なら隣です。今見せますね!」
トケイはおもむろにエミリの腰と胸に手を当て、右に動かしていく。当然その手は動かしながら、服越しに平坦な胸を弄る。
「(分かった、もう無事だってわかったから!)」
「んん~、台座の上に停止魔法を設置してるので聞こえませんねぇ。まだまだ発展途上のフラットトップといったところでしょうか」
「(さっき聞こえてたよね!?)」
「まぁその通りなんですけどね。じゃぁ元に戻して――」
エミリの細い腕を撫ぜつつ、固まった彼女を正面に戻すトケイ。真正面から見る彼女の姿は『今まさに立ち向かおうとしている』という表現が似合う。
身構えたまま台座に立っていて、目のハイライトが消えているように見えるのは時間停止魔法の影響だろう。
「ただ弱りましたね、飛ばした影響か土台に固定されてしまってる。これでは持ち上げられそうにない」
などと根拠のないことを並べながらエミリのパンツを下ろすトケイ。
「(なに平然とぱ、ぱんつを……!)」
今すぐにでも逃げたい、いや焼きつくしたい。むしろ自分が燃えてしまいたいほどの屈辱と羞恥心。
「まぁまぁこれも悪く無いですね、ではこのぐらいの位置にしてと」
パンツをエミリのひざ上まで下げ、手をぐーぱーするトケイ。
肝心な部分はスカートで隠れているので青少年でも安心だ、R-18指定には変わりないが。
本当はこのままエミリの未だ隠された場所まで探る腹づもりだったが、ボディタッチである程度満足したのだろう。トケイは無詠唱で魔力を溜め始める。
「(ちょ、ちょっと。なにするつもり?)」
そして、手をぽんとエミリの平たい胸に当てた瞬間、赤い閃光が彼女を中心に走りだす。
「(ひっ、きゃああああぁぁっ!?)」
赤い閃光は周囲を飲み込んでいき、視界を奪っていく。
エミリの体内の魔力が引き出され、肉体と急速に結合・結晶化していく。
「(ぁ、もう、やだ……)」
エミリの意識が見る間に赤みがかり、失われていった。
光が収まった先にあったのは、炎のような赤みを帯びたエミリの石像だった。
正確には鉱石像というべきか。彼女の体はトケイの力によって自分自身の魔力と肉体が合わさり、このような姿と化したのだろう。
パンツを下ろされたまま身構えているその姿は、何処か状況のアンバランスさも相まって妙な高揚を覚えるほどの出来栄えだった。
「何だかモンスターに近づけたら進化しそうですね」
色々危ない発言が漏れたが、鉱石が発するほのかな暖かさはトケイを満足気な表情にさせる。だが、トケイはどこか満足しきれない顔をする。
「やっぱり石像じゃ反応が楽しめないか。これはこれでいいけど」
一度鉱石像から手を離し、腕組みをしたまま次の行動に思考を転換させようとするトケイ。
「よし決めた!今度は氷像にしてぺろぺ」
その思考が行動に移されることはなく、トケイの体はピクリとも動かなくなった。
「(あ、あら? 体が動かない……もしや時を止められている?)」
意識はあり、感覚もおかしくないので固められているわけではない。ともすれば、考えられるのは時間停止ぐらいだ。
「お前が時を止めている間、私がお前の時を少し止めた。どういう意味かわかるな?」
「あの師匠、あまりふざけてられないんじゃ」
「まぁそうだな、ホイホイ・マジックパッキン・パッキンナと」
即座に次の詠唱にとりかかえる侵入者2人。その姿をトケイが見ることはかなわない。
しかしトケイイヤーは地獄耳、両方共ストライクゾーンではないことだけは分かった。
だが、それがわかったところで何になろう。トケイは透明な板に前後から挟まれて、そのままサンドイッチにされていく。
「(ぐ、苦しくはないけどこのままじゃ逃げ場がなくなる。かくなる上は!)」
トケイの思惑とは裏腹に2枚の透明板は彼女を挟み込み、そのまま1枚の厚い透明板と化して封じてしまう。
向かって右を見れば透明板に囚えられた狐耳の少女。
左を見れば魔力鉱石と化したエミリ。
「しかし、これは大金星だな」
ドヤ顔のまま文字通り『板挟み』にされたトケイ。リリの合図とともに板が霧散していく。
一切の魔力放出と供給ができず、身動きも取れない。
残っているのは樹脂で固めたかのような光沢と、硬い感触を肌に伝えるだけしか出来なくなったトケイの樹脂像だった。
「うんしょ。え、どうしてですか?」
半ばリリの悪癖と割り切っているリュドラは慎重にエミリを下ろし、リリに問い返す。
「どうもこうも、この狐っ子。私より強いぞ」
「……え?」
トケイと名乗る少女の情報は、リリ達の住む世界のどこにも存在しない。
唯一、リリの禁忌魔術で知り得た情報を元にして言えば――
彼女はリリ達の住む世界の人物ではなく、他世界を渡ることすら出来る恐るべき魔力の持ち主だということ。
多種多様な魔法形態の他にあらゆる停止系状態異常に抵抗力を持ち、そのキャパシティから魔族であることは間違いない。
おまけに少女だけしか狙わないこだわりっぷり。運よく不意打ちが決まらなければ逃げられていただろうと、リリはひとりごちる。
「割と弟子にしてもらおっかな」
そして、その言葉をリュドラ一切は聞かなかったことにした。
「まぁ良かったじゃないか、お帰り願えて」
「良かったねじゃないわよバカー! もうお嫁にいけないじゃない……」
鉱石から元の体にもどったエミリだったが、その後が大変だった。
まずこの部屋からの脱出。別世界に建っているだろうこのコレクションルームは、おいそれと出ようものならどこに飛ばされるかわからない。
こうなったらインタビューしか無い。トケイを覆う樹脂を解除しようとした時、壁にかかっていた狐人形が突如しゃべりだす。
「いや、このままで構いませんよ。むしろ解除しない方向でお願いします」
「ウワァァァ!! シャベッタァァァァ!!」
「こんな姿でもまだ動けるのこいつ……」
ふざけた驚き方をするリリと、ゲンナリとうなだれるエミリ。
おそらく意識を転送できるぐらいの魔力を送り込めたのだろう、何ともいえぬ執念だ。
あの姿を見られた負い目もあるのか、顔をほのかに赤くしつつ憎らしげな目でトケイ人形を見つめている。
「ただこのまま身柄渡されると面倒です。なのでエミリさんを存分に堪能してから帰るってのでどうでしょう」
「私の弟子にエロ同人的な何かをするつもりかね」
「はい」
「アッハイ。しかしすごいなぁ、魔力で意識転移とか私でも出来ないな」
リリは驚きつつも興味深い目で人形を見つめ続け、話に耽る。
あながち興味を持ったのは間違いではないとはいえ、非常に危険な取り合わせだ。
結局エミリは最後まで体を委ねることを拒否したものの、代わりに下着を献上することで急場を凌ぐこととなった。
もっとも、リリの提案なのでトケイの本意かは分からない。与えなくても良かった気もしたが、場に押し流された感と後悔の情を残さないことを優先してしまった。
「こ、これで満足でしょ! さっさとどことなり飛んでっちゃいなさいよ!!」
そう言いながら顔を真赤にする姿はトケイを十分満足させ、剣士少女を含めた4人は転送クリスタルでトケイのコレクションルームから無事帰還した。
トケイが今どこにいるかは誰もわからない。
もしかすると、まだこの世界にいるか、あるいは別の世界に渡ったか。
どちらにせよリリには関係ない話だ。そしてエミリにも多分、もう、多分関係ない話だろう。
「いやぁ危ないところだった。この封印、魔力でこじ開ければなんとかなる代物で助かった」
リリ達が去ったあと、壁にかかった人形――魂を人形に移し替えたトケイは呟く。
魔法技術では数段劣り、いくつかの誤解もあった。しかし、油断すればあっけなく倒されるということを体感した戦いでもあった。
「しかし、こう見ると私も結構さまになってますね!」
何も置かれていない台座の前で腕を組み、自信有り気なドヤ顔でコーティングされているトケイの肉体。
手を加えれば数時間でなんとかなる粗末な封印。だが、トケイは固められた自分の姿にどこか満足気な……表情は見せないが、そのような感情を抱くのだった。
コメント