とけあう色とあつまる力(10話)

更 新 忘 れ て た。
最近色んなものが折れていて不定期になりがちですが、頑張っています。
波があるけどそこはまぁ、書けるときに描くことにします。
そんな訳でこれまで4話ほどPixivやなろうとの差が出てるので、1日ごとに更新していきます。
こっちは挿絵が付いてるからそこんところでご容赦を。


翠_白化
  色が消えていく。
 最初に見えていたのは真っ白でべたついた、気持ち悪い肉の塊だった。
 肉の板がうごめき、私を飲み込んでしまうと今度は真っ暗な所へ放り出された。
 イロクイのお腹の中なのに、まるで宇宙に放り出されたかのような、上下の感覚がない違和感。
 怖いけど、どこか落ち着く不思議な感覚。
 何も見えない、何も聞こえない。
 怖い。だけど周りが白く変わっていくたびに、怖さがなくなっていった。
 怖さだけじゃない、苦しいことも怒りも、そして楽しかったことも全部消えていく。
 このまま食べられちゃうのかな。そう考えるのも悪くないかもしれない。
 そうすればもうこれ以上、悩むことも苦しいことも、全部なくなってしまうのだから。
 目の前に何かが浮いている。誰だろう? とても大切だったような、そうでもなかったような……。
 そうだ、きらりだ。私の友達、だけど傷つけてしまった。
 きらりがこっちに流れてくる。きらりはすでに真っ白になっていて、人の形をした塊のようにも見えた。
 私もこうなってしまうのだろうか。そんな人型に恐る恐る近づき、抱きしめる。
 消えていた安心感が蘇り、不安も蘇る。
 だけど、どこか安心だ。だってもう一緒なのだから。
 そう、一緒。ずっと一緒。
 このまま誰にも邪魔されることなく、ずっと……。
 だけど、それは長く続かなかった。
 空に1筋の線条が走り、外から色があふれ出したのだから。
 ――
 ―
 紫亜(しあ)達が帆布(はんぷ)中央病院に着いたのは、きらりと翠が死闘を繰り広げた後だった。
 その時には、すでに白いイロクイが2人を飲み込み、腹の中で色を吸い尽くした後――のはずだった。
 そう、ただ1人。独断専行した真畔(まくろ)を除いては。
 紫の剣を握りしめた真畔が息を切らし、2人を見下ろしている。
 何をやったのかは覚えていない。ただ、がむしゃらにイロクイに突撃し、腕を振った。『イロクイを倒す力が欲しい』と、強く願い、腕を振った。
 その結果、イロクイは紫の線を腹に描かれ、不気味な身体は大きく裂けた。そして中から白と黒の霧、そして白化しかけたきらりと翠が出てきた。
 助かったことへの安堵。そしてイロクイを鎮めるのではなく、斬り殺してしまった恐怖。そう思えるほどの一撃に、真畔は震えた。
翠4真畔4
「翠、起きてる? 死んでないよね?」
 真畔の手に握られた紫の剣は風化し、散っていく。2人を助けるために無意識に生み出した武器は、安堵と共にその役目を果たして消えていった。
「……なんで、助けたの」
 真畔の言葉に身体を揺らし、目を覚ました翠は真畔に答える。
「なんでって……このまま一緒にイロクイに食べられるつもりだったとか言わないでよね」
 図星。しかし涙声の真畔に翠の顔に動揺が浮かび、首を必死に左右に振る。
「私は、きらりを助けたかったわけでも、あんたが嫌いなわけでもない。でもね、諦めるなんてしたくない。もう、橙乱鬼に身体を盗られた藍みたいなのが増えるのはうんざりなの」
 それは真畔のわがままかもしれない。それでも助けたかったから身体が動いた、それだけだった。
「翠、あんた……死ぬとか消えるとか言わないでよ? あたしじゃダメでも、紫亜とか、サンだって居る。それに、城奈も、きらりだって居る」
「城奈も、来てるの?」
「来てる。翠を傷つけたこと、すごい後悔してた。あんな姿見たこと無かった」
 その言葉に黙り込む翠。
「自分のせいとか、そんな抱え込まれても困るから。あんたも城奈も、私だってそう」
 みんな大人のせいで抱え込む。それでもやることをやるしかない。色使いであれば、戦うしかない。真畔は割り切っていた。割り切っていてもなお、辛い。
「そうだよね、きらり。何か言いなさいよ」
 真畔がきらりを揺するも、反応がない。
「きらり。ねぇ、きらり!」
 色は戻っているが、きらりの身体を覆っている呪紋もまた、その色を取り戻していた。
「何よこれ、アカネの呪印そっくり」
「きらりは色鬼にやられた。だから、私が……」
 真畔が息をのむ。まさか翠が殺してしまったのか。そう考えれば考えるほどに不安が積もる――だけど、振り払う。
「紫亜達もすぐにここにくる。ここからは私達が守る。だから、翠はきらりを守って」
「だって、きらりはもう――」
真畔5
『そんな訳ない』。真畔は強く翠に言い切った。
「あんたはきらりのそばに居て、私は色鬼を探す。あいつがここに居るのはわかってるんだから、時間稼ぎぐらいにはなるはず」
「……わかった」
 翠の言葉に息をつく。ため息ではなく、安堵の呼吸。
「でも、真畔も十分無茶してるし。みんな置いてけぼりにしてるし」
 翠の遠慮無い言葉に、真畔も図星を突かれたようにこわばる。
「それはまぁ、ね。助かったのだから――」
『そうかそうか、そうだよね。あんたも黒の色使いも命知らずだよ』
 その返しに割って入ったのは、落ち着いた少女の声。どこか粗暴で、見下した口ぶりが響く。
「出てきなさい、卑怯者」
 真畔の言葉に、木の上から飛び降りる少女。白の三つ編みに赤い瞳。つり上がった目にかかった眼鏡は、知性ではなく冷酷さを醸し出す。そう、彼女こそ橙乱鬼(とうらんき)であり、橙の色使い、三隈・藍(みくま・らん)だ。
「卑怯者とはずいぶんね真畔ちゃん。でも、色鬼の力を十分に振るうにはこれが一番。色鬼の力に色使いの肉。最高の組み合わせさ!」
「あんたのわがままに藍だけじゃなく、きらりや健児君、それに町の皆まで巻き込んで何をしようって言うの!?」
 激高する真畔に、橙乱鬼は優位を保った口ぶりを崩さない。絶対なる自信、誰にも負けないという自我がむき出しになっているかのようだ。
「ベタだねぇ真畔ちゃん。簡単、人間が奪った土地を色鬼が取り返すのさ。だって人間は色鬼より後に生まれてきたのだからね」
「だからって無理矢理奪うなんて、おかしな話じゃない!」
「おかしい? 色鬼の存在を忘れ、申し訳程度に祀り、あまつさえ禁忌扱いしようとする。そう、この肉体が覚えている知識の内なら、良いことも悪いこともな」
 色鬼を覆うプレッシャーがいっそう強くなる。さっきと怒りの混じった気迫に真畔は思わず逃げ出したくもなるが、ひたすら我慢する。だが『折れたくない』と思えば思うほど、暴力的な恐怖は真畔を包み込んでいく。
「そもそも私達は肉のない色の集まりだ。だからこそ私は『白いイロクイ』を作り、色鬼が収まる器を求めた。つまり器が欲しい」
『なんならお前がその器になってもいいんだぜ?』と続ける橙乱鬼。その言葉に真畔が動揺の表情を見せた。
「私が、身代わりに?」
「そうだ、そうすればお前の大切な藍は戻る。これまで通り色鬼と人間の共存だってできる」
「……確かにいいとこ取りかもしれない。けど、私はあんたを許せない」
「なら、入り込んだ私を凌駕すればいい。お前の色で私を塗りつぶして食ってしまえばいい。そうすれば私は消え、全て丸く収まる。どうだ?」
『やってみろ』とばかりの不敵な言葉に対し、真畔は目を閉じて熟考する。ここで倒してしまえばそれでよし。紫亜に迷惑をかけることもない。しかしあまりに話がうますぎる。だけど先ほどの紫の”色”を武器に変えたことといい、色鬼を倒す力は着実に付いている。ともすれば――。
「塗りつぶす、本当にできるんでしょうね」
「できるさ。お前と、私の持つ”色の力”の比べ合いだ。シロイロクイを使うまでもない」
 賭けてみるか。真畔が意を決し、返答を返そうとした。
「ダメ」
 だが、真畔の決意を阻むように答えたのは、翠の声だった。
「さっき言ったの、忘れてないよね」
「忘れてない、けど……」
 一度決めた調子を崩されるような気もして、どこか思うように『うん』と言えない。
「黒の色使いさんよ、お前はそこのきらりちゃんを相手したらどうだ?」
 橙乱鬼の言葉に身構える。先ほどのように襲いかかるのか、それとも何も起こらないのか翠にも見当が付かない。
 しかし、橙乱鬼の言葉と共に、きらりに再び可視できるほどの”色”が流れ込み、きらりの呪紋を濃く移していく。
「う、うぅぅ……!」
「きらり、しっかりして。今度はもう放さないから」
 翠がきらりの手を握り、様子を見守る。逃げない。自分ができることはきらりと向き合い、信じること。それがイロクイに食べられる寸前、元に戻りかけたきらりへの罪滅ぼしなのだから。
「(おかしい、すぐにでも支配下にできるだけの力は送っているはず。白色の力にしてはやけに強い……)」
 橙乱鬼は真畔に回答を促しつつ、きらりの様子を見守る。力を見せたら屈服する、それが年端もいかない少女であればなおさら。橙乱鬼はそう考えていた。だが、返ってきた答えは予想外。色鬼の力を持ってしても身体を跳ね上げ、暴走させることができなくなっていた。
「(だが、この紫の色使いを食ってしまえばさらに強くなる。あのガキの”白”すらも塗って潰してやれる。さぁ早く言え、さぁ!)」
 真畔がきらりと翠を、呼吸を整える。そして橙乱鬼に告げた。
「私は、飲まない。あんたと真っ向から力比べをするつもりはない」
「へぇ、じゃぁ藍の身体はどうなっても知らないぜ?」
「そこは大丈夫。あんたは知らないだろうけど、助ける手はあるし、抜けた後に藍が元に戻るかわからないでしょ?」
 その言葉に橙乱鬼の顔が険しくなる。そう、白化した人間の身体が元に戻るかどうかは色鬼すら未知数。せいぜい地面の色を吸い取り、同化してしまうのが関の山。治るとはただの”ハッタリに過ぎないのだ。
「そんな”ハッタリ”で強がってるつもりか? お前は一度は乗りかけたじゃないか」
「あれは少しでも早く藍を助けるため。でも、決め直した。あんたがきらりに色を注いで苦しめている以上、負けたときは恐ろしいことになる……私は自信こそある。だけど、考える頭もぐらいある。少なくともあんたよりはね」
『だから――予定通り、みんなで藍を取り戻す!』自信をもって、真畔は藍に、そして橙乱鬼に言い切った。
「そうか、なるほど……だが、どっちにしても私を倒さないとこの肉体は戻らない。それだったら――」
「みんなで倒せばいい、それだけよ!」
 橙乱鬼の言葉をさえぎり、凛と言い切ったのは紫亜だった。
「翠ちゃん、無事だったのね!」
 思わず駆け出すも、ふらついてしまい紫亜に支えられる城奈。その姿は自信が砕け、どこか頼りないように見えた。
「マクロさんも、です。いきなり飛び出していってヒヤッとしました」
 サンもホッとした表情を見せ、目の前の橙乱鬼を見据え、気配を探る。色鬼の荒れ狂う力の中、サンの脳裏には彼と同じ”橙色”が見えた。
「やっぱり、三隈さんの色はまだ残ってます。まだ一杯戦ってます」
 藍もサンも同じ色を持つ。だからこそ感じるものを見たのだろう。橙乱鬼の中に残る彼女――藍の残滓(ざんし)を。
「真畔ちゃんの言ってることは本当よ、橙乱鬼。ただ、あんたを追い込むための切り札にしようかなと思ってたけど、結果オーライって所ね」
『ここからは私の出番』外ばかりに前に出る紫亜。その目には友人を奪われ、蹂躙されたものの怒りが込められていた。
「藍の身体、返してもらうわ!」
「そうは行くか! こっちにはまだ白の色使いが残ってる。アカネとは違って徹底的に呪印を刻んで、何もかもぶっ壊れるぐらいのものを書き込んでるんだ。さぁ目を覚ませ、そして塗りつぶしてしまえ!!」
「きらり!」
 翠が、真畔が叫ぶ。きらりの身体に書き込まれた呪紋がさらに濃くなり、彼女を苦しめる。
「う、うぅぅ……やだ、もう、やだぁ!」
「抵抗した? 色の力の強さは認めるが所詮人間だってことを忘れるな!」
「やだ、絶対に、もう、すーちゃんと戦いたくないもん!」
「黙れ!!」
 呪いの力を激しくぶつける橙乱鬼。凄まじい激痛と押しつぶされるかのようなプレッシャーに、きらりが『ギャアァッ!!』と泣き叫ぶような奇声を上げた。
「黙るのはあんたの方よ!」
「絶対に、お前だけは許さない!」
 きらりにこれ以上の危害を与えさせまいと、真畔と紫亜が先行して色を飛ばす。だが、橙乱鬼を取り巻く橙色の陽炎が色をことごとく塗り替える。それほどまでに強烈な生命力、そして”色”を受けても、きらりは自我を保ち、抵抗し続けた。
「絶対、絶対黙らないもん。すーちゃん、助けて、すーちゃん!」
 きらりの叫びに、翠がきらりの手を握る。
「わかってる。もう放さないし、疑ったりもしない。でも、どうすれば……」
「このままでいいの、ぎゅっと握って、ぎゅっと」
 固く握りしめ、橙乱鬼から送られる色の流れにあらがう2人。翠にも流れ込み、自分の手や腕に紋が拡がるもすぐに白く塗り変わって消えていく。力は共振し合うかのように強まっていき、きらりに刻まれた呪紋もまた、手を握ることで見る間に薄くなり消え始めていた。
「バカな、人間が”色”の源流である色鬼の力を超えるなんてあり得ない。白と黒、合わせる前にぶち殺しておくべきだった!」
 翠ときらりの色は白と黒の渦を巻きながらさらに高まりを見せ、まるで互いの思いが共振し合うかのように、握りしめた手に集まっていく。
「このまま思いっきりぶつけて!」
「思いっきり、おもいっきり……!」
 身体が熱く、心臓が高鳴っていく。暗い陰りも、後ろめたさも吹き飛ぶぐらいの高揚感が2人を包み、放たれようとしていた。
「思いっきり、あいつに!」
「ぶつけるてやる、きらりの、敵討ち!」
 翠の言葉と共にその渦は爆ぜ、周囲に旋風を巻き起こす。草は大きくなぎ、木は大きく揺れて葉を付けていく。まさに『色の暴風』だった。
「きゃっ! くっ……橙乱鬼、諦めて藍を返しなさい!」
「ふざけるな! この肉体は絶対に返さない。決着もここで付けてやる、だから来い。病院の中へ来い!」
 目を覆い、身をかがめて風をしのぐ紫亜。その制止を尻目に橙乱鬼の声が遠のく。色鬼の言葉は焦りと自信を崩された憤りに満ちあふれ、体勢を立て直すための撤退であることが容易に見て取れる。
 そして白と黒の暴風が止むと、その場から橙乱鬼の姿は消えていた。彼女が3度だますようなことをしていなければ、病院の中で決着を付けることになるだろう。
「どこまでも逃げ足の速い色鬼……だけど、次が本当の決戦になる訳ね」
「紫亜さん、ごめん。1人で突っ走っちゃって」
「結果オーライってことで大目に見て上げる。前と比べて今度は仲間を助けるためだしね」
 しょげた顔で謝る真畔の言葉に、紫亜は笑顔で切り返す。今は藍を含め、全員無事だと言うことが唯一の幸いだった。
 一方で、色の暴風を起こしたきらりと翠は、脱力したかのようにその場に座り込んでいた
「こわかったぁ、こわかったよすーちゃん」
「私も……すごく怖かった、このままきらりが居なくなるって思ったら……」
 ぐずぐずと抱き合いつつ、涙をぬぐう2人。しかし疑問も付きまとっていた。
「でも、あれだけ書き込まれてたのに、なんで元に戻ったんだろう?」
 そう、きらりが何故戻ったのか。橙乱鬼の良い分通りであれば、きらりの心は呪紋によって完全に破壊されて操り人形になっていた。それが何故戻ったのか、2人は疑問に思いつつも談笑の中で次第に忘れていった。
 きらりが助かって、仲を取り戻せた。それだけで十分だから。
 そして、正気に戻った真実を知るものはきらりと翠の様子を遠くから伺い続けていた。
「きーちゃんの白はやり直しが効く色。いろんな色で塗られてもすぐ薄くなって、白であり続ける。それが翠ちゃんの思いと相乗効果で強くなったのね」
「……行かなくて良いのです?」
 サンに語るように呟く城奈であったが、サンは特に触れず彼女に尋ねる。そんなサンの行動に、城奈は首を横に振った。
「行けない。きっと、翠ちゃんが許してくれるかどうかわからないのね」
「…………」
「いまだけは一緒に居させて欲しいのね、仲直りはちゃんとするのね!」
 城奈は芯が強いように見えて、実は崩れるとひどくもろい少女。幼なじみであるサンはそれをよく知っていた。内心おおらかで器の広いように見える彼女にも心に陰りがあり、その影から逃げ続けている。だからこそ、サンは支えようと決意したのだ。
「わかりました。……立てますです?」
「もう大丈夫なのね、ここからはイロクイも多分沢山居るはず。負けられないのね!」
 いまだ気丈に振る舞う城奈の姿は、そんなサンへの安心感だろうか。先ほどまでの不安な表情はどこへやら、いつもの笑顔に戻っていた。
 6人が改めて帆布中央病院へと入っていく。
 この先は敵の本拠地。何が起こるかわからない。しかし、結束の強まった面々の顔に『不安』の文字はなかった。
 そう、今はまだ無い。これからはわからない。

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