ぶつかる色と最後の戦い(10話)

ブツそのものは既にできているので、あとは挿絵を貼り付けるだけ。
その挿絵が中々厄介なものですはい。


病院に入った一同が見たのは、奇妙なオブジェが転がる奇怪な光景だった。
「これって……」
怪訝に翠が見ていたのは、床が人の形にせり上がったかのように立ったオブジェ。胸に手を押し当て、うずくまるようにしている人の形をした何かは、ワックスによってピカピカな病院の床と混じり合い、光沢のあるオブジェとして転がっていた。
「白化のなれの果て、”同化”よ。きっとシロクイに色を吸われて放置されたんでしょうね」
「シロクイ?」
「白いイロクイ、じゃ呼びにくいでしょ? ともかく、橙乱鬼を倒さないとね」
紫亜はオブジェを一瞥し、あたりを警戒する。対応に首をかしげる翠だったが、ふと見た悔しそうな顔つきに『彼らを元に戻せないこと』を察した。
床には同じようなオブジェがいくつも転がり、中には受付にもたれかかった為か全身が3色に色分けされているや、待合室の椅子にもたれかかったせいで椅子の色と同化し、クッション素材でできているかのような人型までさまざまだった。
これらは全て橙乱鬼の放った白イロクイ――シロクイの仕業なのだろう。
「それにしても、橙乱鬼はどこに逃げたのやら」
「この巻物だと細かいところまではわからないのね。だけど確かに……」
友人をことごとく手駒にされ、怒る真畔に城奈は自信なさそうに巻物を拡げる。
確かに居る。巻物には病院のある位置に色鬼の居場所を示す橙と青の渦が渦巻いている。しかし病院の内部まではわからないため、正確な場所は探すしかない。
「こんな時にエロケンが居ると楽なんだけどね」
「エロケン……あぁ、確かにあの子なら橙乱鬼が居た病室を知ってるしね」
とはいえ、神社で身体を休めている以上頼りにはできない。紫亜も無理に色を使わされていた健児を酷使することをよしとはしなかった。
そんな考えを吐露していた時、紫亜の懐に入っていた携帯が震え出す。
「こんな時に……はい、あぁお母さん――えっ!?」
電話先の言葉に紫亜の顔が曇る。
「本当なの?」
『えぇ、車に何人か乗ったけど、買い出しかなって思ったのよ。そしたら住み込みの人が慌てて「式部さんと子供が居なくなった。娘さんに電話してくれ」って』
紫亜は携帯の番号を住み込みの人には教えていない。住み込んでいる人を取り仕切っている男性『式部』には教えているが、彼が健児をそそのかしたのか、それとも健児に乗せられたのかはわからない。少なくともこっちに向かっているのであればすぐにでも色鬼を倒さなくてはならない。
「……わかった。みんなには落ち着いて、神社の後始末をお願い。こっちは何とかするから」
不安げに言葉を返す紫亜に不安そうにする紫亜の母だったが、彼女は『大丈夫』とだけ返し、電話を切る。
「病院で電話しても……なんて、この有様じゃ説得力ないか」
「健児君が神社を抜けたみたい。来る前に決着を付けたいところね。」
「だったら、奥から探してみるとかどうかな?」
「奥?」
きらりの言葉に紫亜が問い返す。
「なんかこう、でっかいベッドにおっきなライトが付いている部屋に寝かされたような、気がするの」
「それって……手術室!」
「そう、手術室! すーちゃん、場所のわかるものって近くにない?」
「もう見てる。このエントランスから道なりに進んだところ」
しかし、行く先には診断室がいくつかある。待ち伏せされた時は強行突破の他にない。
「それでも……行くしかないわ。健児君もそうだけど、色使いじゃない人を危険に晒したくないもの」
「できるだけサポートするけど……サン、城奈の様子は?」
サンはいくらか城奈に言葉を交わし、指で『○』のサインを作る。不安は残っているようだが、動けるようだ。
「よし、これで最後の戦いになると思う。橙乱鬼を倒して街に平和に――って、何だか正義の味方っぽいわね」
「まぁ、実際そうだし」
「だったらヒーローになっちゃおうよ!」
「ヒーロー……か。ま、やれるだけやってみようかな」
真畔の顔から緊張が解け、一層気合いが引き締まる。そんな状況とは対照的に、サンは城奈を気遣ってばかりいた。
「本当に大丈夫です? 無理だったら動かなくても……」
「平気なのね。それに、少しだけどうしようかって決めたのね」
「城奈……無茶だけはダメ、ですよ」
「わかっている。と言いたいけど1つだけお願い事があるの」
サンが小首を傾け、城奈の話に耳を貸す。
「いざとなったらサン君はみんなと一緒に橙乱鬼のところに行くの。そして三隈さんを救って欲しいのね」
色を同じくするサンの色が救うための鍵と踏んだ城奈だが、それは『サンを見捨てて先へ行け』という話に過ぎない。
サンは首を横に振るが、城奈は笑顔だけ返してサンから距離をとり、翠の元へ向かった。
「城奈は、無茶ばかりします。寂しいのに意地っ張りです」
城奈は多忙な両親もあって、愛情に恵まれない幼少時代を送っていた。唯一の心の支えが祖父母であり、遠縁であるサンだった。彼女の独特の口調や性格、そして威厳を持ち続けるスタンスは全て祖父から継がれてきたものだ。
しかし、幼稚園を卒業する直前に祖父は他界。後を追うように祖母も亡くなってしまった。これまで見せていた明るく、自信に満ちていた彼女の顔はすっかり沈み込み、何事にも怯えるようになった。
だからこそ、一緒にいたい。そう考えていたサンも家の都合でイギリスに戻ることになる。幼くして孤立の渦中にいた城奈は、友人を作ることに執着した。家柄を前面に出し、友人と名乗る人も快く招き入れて何事も一番であろうとした。にこやかな顔も、立ち振る舞いも、全て孤独を晴らすための演技なのかも知れない。
だからこそ、サンにとって城奈と一緒に居ることは一種の罪滅ぼしかもしれない。離されると覚える寂しさ。頼られない寂しさはサンの心を痛めた。
「城奈……さんも、こんな痛みを感じてたのかな?」
一行は手術室へと足を向け、進む。途中いくつか診察室があり、周辺には同化した人間らしき塊がいくつか転がっている。それらを見ないようにしながら一行は先へと進んていく。
「翠ちゃん……」
そんな中、城奈の声に翠が警戒しながら声の方を向く。また”爆弾”に触れられるのではないかという恐怖が全身を駆け巡った。しかし、かえってきた言葉は謝罪だった。
「さっきは本当にごめん。城奈は、無神経すぎたの。翠ちゃんは”色”が嫌いなのね?」
しばし沈黙し、翠は首を縦に小さく振る。
「好きで持ってるものじゃないし」
「うん、黒は強い色だけど、真っ黒は嫌だし好きでもらった色じゃないのね」
翠の言葉を聞く城奈。爆弾を踏まないように気をつけながら、言葉を選ぶ。
「ねぇ」
「なに?」
「急にどうしたの? なんかこう、むず痒いけど」
翠の言葉に、城奈が若干取り乱す。
「あっ、ええと。最後の戦いを前に、気持ちを整理したいなーって」
「あぁ」
『何だ、そんなことか』と思いつつ、翠は「気にしていない」と城奈に返す。そして言葉を続ける。
「でも、やっぱり色は嫌い。押しつけられている感じがする」
「押しつけられている?」
「だってこれ、生まれた時からあって、それで嫌がられて、鬼の子扱いされて……」
城奈の表情が曇る。伝承の根付くこの街だからこその謂われ。自分ではどうすることもできない事態。
「だけど、これがなかったらみんなとも会えなかった。それだけはラッキーかなとは思ってる」
そう言い放つ翠の顔は、どこか穏やかだった。孤独だった翠が、今は色によってつながり、結ばれている。そして、今ある仲間でさらにもう一人助ける。顔こそ表情を出さないが、翠は諦めも達観もなく、どこか決然としていた。
「翠ちゃん、すっごく堂々としてる。これなら――」
「まぁ、フリだから」
「えっ」
「そういう風に見せるだけでも、あの色鬼に押し負けないかなって」
橙乱鬼に負けたくない。そんな想いを自信につなげ、翠は先を急いだ。
「なるほどなのね! 気を強く持っていれば……って待つのね、まっ」
城奈が追いかけようとした瞬間、後方の扉が爆ぜる音が響いた。
「シロクイです!」
「やっぱり待ち伏せされてた、急ぐよ!」
真畔の言葉に走り出す一同。しかし、これまで隠れていたシロクイが診察室から次々に飛び出し、前方の診察室からも這い出していく。
「挟み込んで押しつぶすつもり!?」
「いや、どんどん後ろに向かっている。今のうちよ」
紫亜が全員を急かし、手術室へと向かわせる。シロクイは足止めをすることも、紫亜や翠達を食うこともなく入り口の方向へと這っていく。
「サン、よかったのね。早く紫亜達と合流しちゃうのね」
最後尾にいたサンを招き入れ、さらに足止めするかのように色を天井やより遠くへ飛ばす城奈。彼女の”赤色”を吸い取らんとシロクイはバラバラに動き回り、床をなめ回したり重たい肉体を弾ませたりして、城奈の撒いた色を吸い取ろうと躍起になっている。
「城奈はどうするつもりです?」
「このままシロクイの足を止め続けるのね」
「無茶です! そんなことしたら、食べられちゃうですよ」
「心配いらないのね、それよりさっき伝えたこと、忘れないようになのね!」
「……わかった。絶対助け出します」
サンが奥へと向かう中、シロクイは城奈をも無視して色を強欲に吸い取ろうと動き回る。
「さぁどんどん寄って来るのね! お前達の大好きな赤い色、イロクイを強める色なの!」
城奈はみんなとは逆方向に進み、あちこちに色の雫をまき散らしていく。
そして手術室前にたどり着いた一行を前にし、手術室への両開き扉が激しく開かれた。
「遅かったな、色使い!」
飛んできたのは明るい赤と暗い青、もとい”橙”と”藍色”。狙いは――きらりと翠。
「させるかっ、あぁぁっ!!」
2人を狙った橙乱鬼の色は紫亜と真畔の腕にかかり、2人は染まった色鬼の力に思わず悲鳴を上げた。
「いたい……なにこれ、腕が焼ける!」
「氷を押しつけられたような冷たさ……なるほど、色の力が私らと段違いね」
色の付いた腕を押さえる真畔と紫亜。本来であれば”色”が人に害を与えることはない。しかし、色鬼の持つ強靭な力、そして藍の肉体から生み出される生命力は、人に害を与えるほどにまで強い力を発揮するようになっていた。
「シロクイの物量作戦でケリを付けられると思ったが……切り抜けられたのはさすがと言ってやる。だが! 色鬼の生命力と人間の肉体。この2つを持つアタシに勝る存在はいないんだよ!」
「ふざけるな、藍を返せ!」
「邪魔ァ!」
そのまま勢いを付け、真畔に膝を叩き込む橙乱鬼。
「ぐ……まだまだ」
「そのまま塗りつぶしてやる」
体勢を崩すさらに色で染め上げるべく、橙乱鬼は手を広げる。
「まくろちゃん!?」
「雑魚の心配より自分のこと心配しな!」
さらに”橙色”をきらりに飛ばす橙乱鬼。色が付着し、ピリピリとした痛みを感じる。だが、痛みはすぐに収まる程度で紫亜や真畔ほどの痛みはない。
「色が合わないか。ちょうど良い、まずはそこの橙のガキからだ!」
「サン、隠れて!」
鋭く切れた瞳を光らせ、見据える先にいたのは、読み通り遅れて合流したばかりのサンだった。叫ぶ翠、しかし色を飛ばすべく、既に手を広げていた。
「油断しすぎよ、橙乱鬼!」
回り込んだ紫亜が橙乱鬼を羽交い締めにし、手首を締め上げて動きを封じる。
「離せ!」
「絶対離さない。サン!」
さらに足をつかむ真畔。羽交い締めにされ、動けなくなった橙乱鬼だが、それでもなお余裕を見せている。
「これで打てないとでも思ったか、浅いなぁ!」
隠れ場所を探さず、橙乱鬼と向き合うサン。その姿を橙乱鬼は好機と見たのだろう、躊躇《ちゅうちょ》なく上方に色を飛ばす。
「見ておけ、色鬼の持つ、”色”の恐ろしさを」
橙乱鬼の放った色は天井に一度付着し、色の軌跡を残しながら天井を直進。サンに迫る。
「こっちも見えました! この一発に、託します!」
「サン君、上!」
サンもまた色を放つが、それよりも早く天井から射出された橙乱鬼の色は、サンの足を橙色に染め上げた。
「なんなのこの色。生きているとでもいうの?」
「そう見るのならその通り。だがよく見てろ、色使いが色鬼に逆らうとどうなるか」
付着した色は全身に少しずつ広がり、うごめきながらサンの身体を塗りつぶしていく。
「だ、橙が広がっていく、です」
「同じ色同士がぶつかったらなぁ、もう後は取っ組み合いなんだよ。けどお前みたいな青瓢箪がどうなるか――」
水が弾けるような音と共に、橙乱鬼の胸に大きく橙色が付着する。
「奴の残りカスか、ふざけやがっ……!!」
付着してしばらくし、橙乱鬼が目を見開いて身体を震わせる。
色鬼の身体に眠っていた『何か』がゆっくりと目覚めていく。長く抑え、屈服させてきた存在が覚醒することで、橙乱鬼の肉体は暴走し始めた。
漆黒の中、”私”は恐怖と暴力によって縛られてきた。
自分の色を、存在を全て奪われ、何もない、真っ白な存在。
いつか、助けてくれる。色使いが、みんながきっと助けてくれる。
例えそれがいつになろうと――そうやって、いつまでも待ち続けてきた。
そして今、私の中に”色”が入ってきた。
橙乱鬼とはことなる、暖かな色。橙色。
今しかない。目覚めて、自分の身体を、取り戻さないと!
「胸が頭がぁ……アァァァァ!!!」
内側から響く声。叫びは延々と続き、橙乱鬼の身体から色の霧が吹き出し始める。
「上手くいった、藍! しっかりして、藍!」
「迎えに着たよ、藍。あとは藍がどれだけ抵抗してくれるかにかかってる」
「らんちゃんしっかり! 橙乱鬼なんて追い出しちゃえ!」
「これって……」
翠は橙乱鬼の様に呆然とした。奪われた藍の身体に残っている意識が、サンの色で呼び覚まされ、目覚めていく。橙乱鬼が人間の肉体を失うことは、弱体化を意味すること。
今までに見たことのない絶叫と焦りは、効果的なものであると一目でわかった。
「止めろ、私をその名前で呼ぶな。オレ、私は……見ろ、橙の色使いが消えていく! 絶望しろ人間!色鬼こそ強い!上に立つべき存在だ!」
声をかけ続ける面々に対し、錯乱したかのようにサンを見るように急かす。サンの身体は既に胸や顔の一部まで橙乱鬼の”橙”に侵され、全身を色の塊にされるのも時間の問題。
サンもまたそれを覚悟していたのだろう、その顔に恐怖が既になかった。
「ミクマさん、色はもう戻っています。だカラ――」
サン_irokui
サンは言葉を最後まで伝えることができず、水風船が弾けるような音とともに、服を含めた全身がオレンジに塗りつぶされる。目も口もない、だけど髪や服と言った面影だけが残る橙色の塊。
だが、橙乱鬼はその姿に、より激しく吠え、青と橙のオーラを一気に吹き出していく。
「ダカラ……私は、戻ります。この身体は、私のもの。橙乱鬼は、出て行って!」
「ギイィィイィ!!?」
灰色の髪は黒く戻り、瞳も切れたナイフのような鋭さから、知的で穏やかなな黒い瞳に変わっていく。ひどく地味な外見。それでも、これが『三隈・藍《みくま・らん》』の本当の姿だった。
そして、叫びをあげながら橙と藍色の霧がとけあい、人の形に再形成されていく。真っ赤な髪に赤い切れ長の瞳。そしてややねじれた角を持った少女。
それが肉体を持たない『橙乱鬼』本来の姿だった。
橙藍鬼_げきおこ
「フザケルナァァァ!!!」
顔が出来上がり、絶叫にも似た叫びが院内に響く。橙乱鬼の目は血のように真っ赤に染まり、正気すらなくしていた。
「ミンナソメテヤル! ムゴタラシイ姿デ!! 永遠ニ、コキツカッテヤル!!!」
もはや言葉の身体をなさないほどに怒りに満ちあふれた橙乱鬼は、藍から離れ紫亜に取りつき始める。
「そんなことをしても、肉体は乗っ取ることはないわよ! 2人とも、藍をお願い」
藍を突き飛ばすように橙乱鬼から離し、きらりと翠が受け止める。
「紫亜、身体が!」
「えっ」
取り巻くように旋回する霧状の橙乱鬼に巻かれるように、紫亜の身体は藍色に重ね塗られ、見る間に明度が増していく。
「もう、みんなを巻き込みたくないのに……」
「ハハッ、無様だな布津之の巫女。お前は私のモノになる! 人間全てを巻き込む『色禍《しきか》』を引き起こす、その一イロクイとしてこき使ってやる!」
紫亜は橙乱鬼を払うように青色を撒きながら、手術室の扉にもたれかかる。手術室の戸が体重で大きく開き、紫亜は橙乱鬼に巻き付かれながら転倒する。
紫亜3
「でも、もうだめ……身体が、動かない」
氷のような冷たさを全身で感じながら、紫亜は染め上げられ、凍り付いていく。豊満な胸や巫女装束。そして手足や悔しそうな顔のまま、紫亜は1体の氷像となり、手術室の入り口に転がった。
「次はお前だ、紫の色使い!」
「まくろちゃん!」
「どこにも逃げ場無し。こうなったらトコトンまで!」
真畔は目をつむり、助け出した時のイメージを膨らませて色の剣を生み出す。手に握られた紫の剣を一目すると、橙乱鬼は嬉しそうな笑みを浮かべる。
「色に強さを求めたか。私らと同じだなぁお前!」
「違う。この力は、みんなを守るための力として使う。あんたみたいに、悪さをするためのものではない!」
「なら、その剣でアタシを斬り殺してみな!」
胴体を造り、身をかわす橙乱鬼に素早く斬りかかる真畔。紫亜やサンが染め上げられて転がる中、戦いはさらに熱を帯びていく。
「すーちゃん、きらり達もいくよ!」
「でも、城奈がいない」
「大丈夫、城奈ちゃんは頑張って防いでくれる。それまでに倒そっ」
「……うん。迎えに行かないと」
きらりが、翠が色を飛ばし、真畔が切り込む。
そして、城奈がシロクイの足を止める後のない戦い。
一つ壊れただけで劣勢に傾く中、その均衡は破られようとしていた。
城奈白化
「翠ちゃんは、約束を守ってくれる。いい子なのーね。きらりちゃんも引っ張ってくれるいい子。だから、信じるの、あの2人を」
診察室の一室に、シロクイが詰まっている。
橙乱鬼の絶叫を聞き、藍の救出が成功したことを悟った城奈は、囮となるのを止めてその身をシロクイに向けていた。
既に城奈のもつ”色”を吸い、パワーアップを果たしたシロクイをこれ以上強化してしまえば、色鬼と並ぶ脅威になりえる。
役目を果たし、できるだけ時間を稼ごうとした彼女が取った行動は、身体の大きなシロクイを一室に押し込めて出にくくすることだった。
城奈もできるだけ出口に向かおうとしたが、既に少量の色では満足しきれなかった異形の怪物は城奈の出口を塞ぎ、新たな入り口――シロクイの腹の中へと収まった。
「何か聞こえる、助けに来たの?」
色が吸われていく中、聞こえる声。誰かが助けに来たのだろうか。
「でも、きっと届かないのね。このまま白化と同化して消えてしまう……でも、悔いは――」
言葉が止まり、城奈の目から涙が流れ出す。押しとどめていたものが、死に近い存在になることを前にして吹き出したかのように、ボロボロと流れ出した。
「やっぱり怖いよぉ、誰か、誰かぁ!」
必死に叫ぶも、既に身体も、手足も白い肉の塊となり、感覚すら失われていて、そして――。
「誰か……」
顔も白化し、漆黒空間の中、城奈だった肉の塊にはかすかに涙の痕が残っていた。

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