よどむ色と操られた少女(9話)

終盤に向けて慣らしていこうかってかんじです。
状態変化少なめなのが難題
挿絵代わりのキャラに関しては今作ってます。なんとか機の素材に改良を加えないといけないので、公開するかも判りません。とりあえず文面だけ


――あれ、ここ、どこなんだろう?
確か色鬼に捕まって、そのままどっか行ったまま眠ってた、ような……。でも、それならここはどこなんだろう。ふわふわしてて、色んな色が混じり合ってるここって――。
あっ、すーちゃんだ。おーい、あたしはここだよー!
……聞こえないのかな? 何だか手を伸ばせば、すぐに届きそうな距離にいるのに。そう、このまま手を伸ばして、つかめば――。
すーちゃんが、粉々にはじけちゃった。
真っ黒に染まって、真っ黒。そんなすーちゃんをぐっちゃぐっちゃにぬりひろげていく。
原型がなくなるほどに塗り拡げて、たまに戻るのも粉々に潰していく。
そんな惨めなすーちゃんを見る度に、あたし――!
「ハッ!?」
まどろみから覚めたようにきらりが意識を取り戻すと、目の前には翠の姿があった。
「大丈夫? うとうとしてたみたいだけど」
「ごめんごめん、何だかぼんやりしてたみたい」
きらりは取り繕うも、先の夢が頭から離れない。触ったらきっと弾けてしまいそうな、そんな考えが翠の手を握るのを避ける。
「何だか変なの。……他のみんなは?」
「えっ、一緒じゃ――」
きらりが言葉を発した瞬間、再び強烈な眠気と得もしれぬ感情に襲われる。
(みんな居ないよ、あたし達2人だけ)
まるで別の自分が居るかのような意識とともに、どこか翠をいじめたくなる気持ち。意識が戻ると、翠の顔が少し曇って見えた。
「どうしたのすーちゃん?」
(そんな怖い顔して、もしかすると怖い?)
また『誰か』が自分を使って翠に話しかける。
「怖くなんか、ないし」
「怖い? すーちゃんってば臆病で弱虫さんなんだね」
臆病で弱虫。そう確かに、翠に向かって投げかけられた。翠だけではない、きらりの耳にも翠を冷やかす声は届いてしまった。
「す、すーちゃん!」
翠がいぶかしげな顔をする。早く言わないと、すごく嫌な予感がする。自分が自分じゃなくなってしまう。そんな奇妙な感覚にきらりは恐怖を抱いた。
「何か、変だから近づかないで。少しで良いからあたしに近づかないで」
恐らく、きらりはこれまでに見せたことがないぐらいの不信感を顔に表していたのだろう。翠の顔から自信が失せていき、代わりに不信や不安と言った感情が露わになる。
「なんで? 一緒に色鬼を倒すんじゃ――」
翠が離れようとするきらりを引き戻そうと声をかけたその瞬間、きらりはとっさに口を開いた。
「近づかないで、鬼の子!!」
その時、翠はもちろんきらりも空気が凍り付くのを感じた。なぜこんなことを言ったのか。なぜ、今になってこんなことをきらりに言われたのか。だけど、翠の気分を害する言葉であることには違いなかった。
「あ、あ、ぁ……」
「……おかしい、やっぱりきらり、おかしいよ」
翠が激しく動揺する顔に、きらりの意識が再びまどろんでいく。深く、どこまでも深く。沈み込んでいく。そして、その間に浮かんでは消えるのは――翠に対する壮絶な加虐心。いじめたい、壊したいほどいじめたい。粉々に砕け散るほどに、翠の心と体、全てを壊したいという思いが浮かび上がっていく。。
「(だめ、出てこないで。すーちゃん、それはあたしじゃないよ!)」
心の中で何度抵抗しても戻らない。自分の身体が自分の物じゃなくなっていく。その顔は、いつも通りなのに――。
「ぁ、はは……あはは。なにもおかしくないよすーちゃん。何にも、おかしくない。でもね、ちょっとだけ気分が良いの」
きらりが笑みを浮かべ、会話を続ける。いつものような天真爛漫とした笑みではなく、獲物を捕らえたかのような、悪意に満ちた笑み。
「どうしたのきらり。熱でもあるの? それとも色鬼に何かされたの?」
先ほどとは対照的に、今度は翠がきらりから離れようとする。しかし、きらりは翠の腕を強く握りしめる。
「いっ!?」
「もう少し話しようか、すーちゃん。色鬼と戦う前だし色々話したいもん」
やっぱりおかしい。だけど、きらりに握られた手は強く、離れることができない。
翠が首を横に振ると、きらりはさらに腕を強く握りしめる。うめきを上げながら、翠から抵抗する意思を削いでいく。
「あなた、誰なの?」
「きらりだよ。すーちゃんのパパやママのことも知ってる。そんなきーちゃんだよ」
「ウソだ、そんな話なんてしたことない」
「きっと忘れてるだけだよ、すーちゃん。パパは仕事から帰ってこない。ママはあたしと遊ぶと嫌な顔をする」
そんな顔をしている。そうきらりが問うように言葉を進める度に、翠は首を横へ小刻みに振る。
「色は怖いもの、傷つけるもの。すーちゃんは色を忘れたいって、すごく思ってる」
「思ってない!」
「あはぁ、うーそーだ。すーちゃんのママから怒られるのが嫌なんだよね。なんで相談しないのかな。不思議だなぁ?」
からかわれている。これまでずっと信頼していたきらりに脅され、もてあそばれている。そう思いたくなくてもきらりの言動は激しく自分の心を揺さぶるものだった。
“いつも遊んでるけど、勉強は大丈夫なの?”
“もっとしっかりしないと、妹もできるんだから”
“筆咲の神社にいっちゃダメ。あそこは呪われてるから”
“なんでお母さんの言うことを聞かないの!?”
翠の母はこの街の歴史について、語るのをものすごく嫌がっていた。
特に色の伝承について触れるだけでも激しく怒り、叩かれることもあった。そして、布津之神社に近づくことすらも禁じられていた。
幸いGPSなどを使ってまで監視することはなかったものの、家庭の事情なんて誰にも漏らさず、きらりにも話したことがない――はずだった。
だが、現にきらりに知られている。いつ言ったかも判らない話。もしかしたら、何かの拍子で話したのかもしれない。そんな疑念が翠を苛む。
きらりやみんなの前では、その存在すら抹消していた親の存在。きらりも、紫亜も、そして城奈もみんな親に恵まれている。だからこそ、親の話を切り出すきらりを見る度に心は黒く汚れていく。これまでの思い出も、瞬く間に煤けていく気がした。
「もしかしたらすーちゃんって……きらりやみんなをだまして――」
きらりの言葉が最後まで告げる前に、針で刺したかのような痛みがきらりの手に走る。
「うるさい、黙れ。だましてなんかない」
痛みで緩んだきらりの手をふりほどき、とっさに離れる。
「だましてたのは――きらりの方じゃない」
翠の声が震え、怒りに満ちている。手酷い裏切りを受け、うつむいたまま小声で呟く。
きらりの手に”色”を流し込んだことを何度も正当化し、それでもなお自分のやったことが間違っていると心の奥底で葛藤し続ける。
そんな姿に、きらりは再び笑みを浮かべた。
「あーあーあ、仲間に黒色をぶつけるなんて。ひどいなー、すーちゃんひどいなー。なんて、実はあたしも1つだましてたんだ」
「だましてた?」
「うん。色鬼を倒そうって言ってたあれ、ウソ」
動揺も相まって、ますます困惑した顔を見せる翠。『どういうことなの』と問いかけるも、きらりはさらに話を続けていく。
「実はね、すーちゃんの色を流し込むと止まらなくなっちゃうように、橙乱鬼さんにいじってもらったの。」
きらりが服と下着をまくり上げ、幼い身体を翠に見せる。そこには朱と藍色、そして黒い縁どりを描く呪印がきらりの幼体を覆い、紋様となって描き始めていた。それはさながら『呪紋』と呼べるほど大がかりなものであり、きらりの全てを壊してあまりある強力な呪いでもあった。
「もうこんなになってる。フフ、すっごく楽しくなってきたよすーちゃん。すーちゃんが怒って色をぶつけるなんてバカな真似をしたからこうなったんだよ! もうめちゃくちゃだね!すーちゃんのせいで橙乱鬼さん大勝利――」
「うるさい!」
「やだね! すーちゃんはね、これからあたしがいじめるんだ。だから――もっと抵抗して見せてよ。暴れてもがいて、みんな来るまで耐えて見せて」
「アアァァァ!!! うわぁぁぁぁ!!!」
錯乱し、黒色をそこかしこに乱射する翠。もう信じられる人が居ない。きらりは自分が変えてしまった。執拗にたたき込まれたショックはあまりに大きかった。
「あははは! すーちゃんったら子供みたい。でももう橙乱鬼さまが『殺せ』っていうしー……」
『殺しちゃう』そう告げた瞬間、きらりの顔にも呪紋が拡がり、目が血のように真っ赤に染まる。そして翠に向かって自分の色、白を投げつけた。
「バカな奴ら。これで白も黒も潰れて、残りも各個撃破。本当に扱いやすいよな」
2人の戦う病院玄関近くにある木の上、灰色の髪をした三つ編み少女『橙乱鬼』は翠ときらりの修羅場を遠くから楽しげに観察していた。
言うまでもなく、きらりに細工を施したのは橙乱鬼だ。彼女はきらりを神社から連れ去った後、病院の一室を使ってきらりの全身に呪印を書き込んのだ。あえて最後に必要な色である『黒』を残し、翠に呪紋を完成させるように仕向けたのだ。
「全身の呪紋だけで十分操れたけど、やっぱこうじゃないとな。黒の色使いの心が脆いってのはイロクイを通してしっかり判った。あとは――」
橙乱鬼は器用に木から顔を出し、身を乗り出す。
「私の好きなように黒の色使いを壊しておもちゃにする。ただ潰すなんてつまらないからな」
友人同士だった2人が憎しみ合い、周辺ごと白と黒に染まる様を見物するその顔は、明らかに自己満足そのもの。黒の色使い――翠の心を揺さぶることができれば戦わせる必要などない。このお膳立ては、橙乱鬼の趣味でしかなかった。
「さぁもっと、もっとだ。2人して弱ってもいいし、黒の色使い。お前だけでも食いつぶしてやる!」
そんな野次をよそに2人の少女は互いに汚しあい、罵り続けていた。
「仲違い!?」
帆布中央病院に向かうさなか、真畔が驚きの声を上げる。
「えぇ、橙乱鬼がイロクイや色使いの居場所を察していたとすれば、きらりちゃんをさらったのも合点がいくわ」
向かう最中に紫亜が懸念したこと。それがきらりと翠の仲違いだった。何故あそこできらりだけをさらったのか紫亜は疑問に感じていたが、翠が城奈と離れたことで疑念が悪い形で晴れることとなった。
「翠ちゃんはすごく荒れてたのーね。そんな状態で、もし七瀬ちゃんと何かあったら……」
間違いなく翠は心のバランスを崩す。色使いとしても、そうでなくても色鬼の近くに居るには危険すぎる。
「とにかく、今は急ぎましょう。それから考える、ですよ」
サンの言葉に首を縦に振る城奈。彼女の様子はまだ完全とは言わず、サンが近くに寄り添ってようやくまともに動くことができるぐらいの憔悴(しょうすい)ぶり。かつての楽観的な口調もすっかり失せ、どこか不安が尾を引くかのような自信のなさがにじみ出ていた。
「すーちゃんは、城奈にとって、抜けてた何かなのーね。だから、絶対、絶対……」
『謝りたい』。許してもらえるか判らないが、今はそれだけで精一杯だった。
「サン君、地図は!」
サンと城奈が足を止めて巻物を開くと、病院の場所に白い点が浮かび上がる。それは白のイロクイの出現を表すサインでもあった。
「近くのイロクイ、見当たらない――でも、病院に白いイロクイです!」
「みんな、急いで!」
号令をかける紫亜の声は、もはや悲鳴じみていた。
そんな一行の努力を無にするかのように、きらりと翠は戦い続けていた。
「目を覚ましてなんて言わない。どいて、こんなことした色鬼を殺してやる」
「やーだ。すーちゃんはきらりが片付けるし、もっと遊びたい!」
「きらりのバカ! 流され屋!」
「いくじなしで弱虫のすーちゃんにいわれたくないもん! べー!」
きらりと翠との距離は身体3つほど離れ、その位置から互いに色をぶつけては避けていく。きらりは手に白い液状の珠を作り、翠は直接手や指から色を吹き付ける。避けこそするが、逃げて陣取ることもない。まるで子供のケンカでもするかのようにひたすら色を投げてはぶつけるを繰り返す。
その余波が石畳や木々、草を白と黒に染め上げ、黒色が枯らし、白色が青々と茂らせていた。
「(やだ、やだ! こんなことしたくないのに!!)」
いくら心の中で止めようと嫌がっても、操られた身体は一向に止まらない。呪紋によって縛られたきらりの
心と身体。だが、彼女の持つ白は少しずつ呪いを自浄していった。それでも身体はいまだ橙乱鬼の支配下にあり――鬼の視線が判る。今、きらりの身体は橙乱鬼の手足であり、目であり、口だ。その一切を封じられ、動かすことができない。
「(何とかして、何とかしてすーちゃんに知らせないと。誤解を解かないと!)」
一方で橙乱鬼は単調な戦いに飽きてきたか、あくびをし出す始末だった。
「もうちょっと血が出たりする殴り合い燃やし合いを期待してたけど、ガキだしこんなものか」
彼女――もとい元の肉体である藍の身体も大人とは言えないが、そのようなことは橙乱鬼には関係ない。飽きたら壊す、それだけだ。
「隠してたイロクイ、出すか。後ろから食ってしまえば一発だしな」
色を食らう白のイロクイとはいえ、黒色を吸い出せば絶命しかねない。それでも色使いである翠の”色”を吸い出して白化――あわよくば地面と同化させ、肉体を亡きものにしてしまえば勝負ありだ。
そのような卑劣な手を止める者など、誰一人としていなかった。
「すごいねすーちゃんの色!流石鬼の色、みんな枯らしちゃう!こんなに強い色ったらないよ!」
「うるさい! うるさい! うるさい!」
翠の黒色がぶつかり、ひるむきらり。それでも動揺する姿もなく、狂ったように笑みを浮かべる。
「でも、色だけしか取り得ないもんねすーちゃん! 城奈ちゃんって子とだってお情けだし?」
「……」
「何、違うって感じしてるけど、城奈は友達なの?」
「友達……未満かな、まだ。でも嫌いじゃない」
『何かおかしい』。確かに引き金を引いたのは翠自身だ。しかし、それを差し引いても何かおかしい。冷静になったから? 違う、きらりの動きがいつもとは違う。むしろいつも以上にオーバーだ。
「へー。でもね、すーちゃんの友達は、きらりだけ! だけどすーちゃんが壊しちゃった」
「違う」
「違う?」
きっぱりと言い切った翠の言葉に、きらりの動きが鈍る。
「やっぱり、きらりはきらりじゃない。きらりならきっと、友達ができたら一緒に遊ぼうって言ってくれるはず。誤解してた真畔とだって、そうしてた」
かつて翠を『鬼の子』と誤解していた真畔。しかし、友人としての縁を取り持ったのは紫亜ではなく、きらりだ。彼女がいなければ2人の関係は『単なる戦友』という釈然としないものに違いない。
「それにきらりだけじゃない。もうきらりだけじゃないよ。私だって、私だって……何か変わろうって、がんばりたいの。だから――きらりの他にも友達は、作りたい」
その言葉に、きらりの身体がこわばる。
「だからきらり、元に戻って。今度は……私がきらりを助けるから」
「う、うぅぅぅっ!」
そして、きらりは苦悶するかのようにうめきを上げ始めた。もう止めるにはこのチャンスしかない。うちに秘められた『本当のきらり』は、全ての力を振り絞るように身体に命じた。
「(なんでも良いから前に、進んでぇー!!)」
その願いが通じたのか。きらりの身体はたたらを踏み、言葉にならない奇声を上げ、勢いのまま翠へと突進をかけた。
『突っ込んできた』。翠はすかさず突撃に対して身構える。
だが、そんな翠を覆うかのように陽が隠れる。雲ではない、傘のような、何かが頭上にある。
「えっ」
あわてて後ろを振り返る翠。きらりの身体が重なり、ぶつかり合い、そして――。
バクンッ!
白のイロクイは色使いを大きな口でくわえ込み、丸呑みにした。
管のような首から浮き出るようにもみくちゃになった2人のシルエットはゆっくりと下に押し出され、イロクイの中へと消えた。
「……」
2人の色使いを飲み込み終えた白イロクイは長い首をうなだれ、そのまま動かなくなる。そして、色を吸い出すのに専念するかのように、真っ白な身体は白と黒のまだら模様に変色しつつあった。

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