砲丸イロクイの裏でこんな事やってましたよ的なお話。
翠達が学校でイロクイの対処にあたっている頃、残された紫亜たちはと言うと……。
「……とりあえず色神さま達が返ってくるまで、休憩にしましょうか」
「それもそうね。後からたっぷり事情を聞きましょ」
藍の提案によって一時休会となり、紫亜はお茶を用意するため席を立つ。そんな中、藍は妙な気配を感じる。
「どうしたの?」
真畔が尋ねるも、藍はしばし固まったまま動かない。イロクイのような、そうでないような……。妙な気配だ。
藍は街を襲った色鬼『橙乱鬼』に取り込まれた後遺症か、イロクイの気配や感情を多少読み取れるようにはなっていた。大半は食欲や繁殖といったシンプルな思考だが、このような人間じみた気配は始めてだ。
「真畔ちゃん。なんだか妙なイロクイの気配、しない?」
「そうかな?」
首を傾げつつ外を見るも、特に誰もいない。強いて言えば不審者らしき人がいるぐらいか。その不審者からかすかな色食いの気配を感じていた。
一方、不審者は神社をぼーっと眺め、立ちすくんでいた。大柄な身体は目立ちやすく、ボロボロのコートと帽子は不審者の気配をこれでもかと露わにする。一見すると不審者だが、ふと、イロクイの中に人間の気配が混じっているように感じた。
イロクイの中に交じる人間の気配。それはすなわち……。
「ちょっと見てきます!」
「なんだか気味が悪い……て、藍!ちょっと!?」
藍は気になり、外に飛び出した。本当なら紫亜を待つべきかもしれない。だが、待ってられない。逃げられると、ますます大変なことになりそうと、直感が告げていた。
藍は不審者に駆け寄ると、すぐさま声をかけた。
「あの、何か御用ですか?」
すると、男から帰ってきた言葉は思わぬものだった。
「イロオニ……ニンゲン?」
大柄な男はごそごそとコートを開きはじめる。そこに現れたのは、木に囚われた人間だったものの姿だった。
「ひっ」
服は警察官らしく、恐らく職務中に取り込まれたのだろう。全身が壁に埋め込まれたかのように取り込まれ、細かい根も張っている。
当然藍にとってもあまり見なくないものだ。何と言っても悲壮な顔をしたまま固まった犠牲者の顔は衝撃的なものだ。
「コイツ、戻したい」
「も、戻したい? それにあなた、やっぱり……」
藍は慌てて取り繕うと、男の全身を見る。木だと思っていたものは男の身体。顔だと思っていたものは木のうろだ。言うなれば木人、木の人だ。
「オレ、森の木。フラフラしてたらウルサイ奴いたから食った。でも、ナンダカ気持ち悪い」
森の木と名乗る木人はそう名乗ると、藍に取り込んだ警官を吐き出せないか尋ねる。帽子とコートで隠れているも、こんなのが街でうろついていたら大変なことになっていただろう。ましてや人を取り込んでいる以上、うかつに刺激すればさらなる犠牲者が出かねない。
見る分には取り込まれて時間も経っていない。取り込まれた本人の意志次第ではすぐに分離できるかもしれない。それでも、ここでの作業は目立つ。
「とにかくここじゃ目立つから、一旦神社に……」
「藍! そいつから離れて」
藍が場所を移そうとした時、真畔の叫びが割って入った。
「真畔ちゃん、この人は危なくないよ」
「イロクイに危ないも危なくないもないでしょ。藍がやらないのなら私が――」
真畔が身構える。彼女は街を危険に晒したイロクイを目の敵にしているのだ。ましてや藍は元凶に体を乗っ取られた身。なおさら心配なのだろう。だが、藍も引くわけには行かなかった。
「このイロクイは人を取り込んでるの! それを、吐き出したいって言ってるの。そんなイロクイこれまで居た?」
真畔は藍の言葉に言葉が止まる。
「なら、なおさらよ。紫亜さんにも言ってないし、暴れだしたらそれこそ――」
「だから、倒すのはうまく取り出してからでもいいよね?」
少し考え、真畔は「解った」と返す。そう言うしか無い。なによりこのまま色を打ち込めば犠牲者を巻き込みかねない。
「紫亜が見たら何言い出すかわからないよ、こんなの」
「そこは私がなんとかする。それにしても、こういうイロクイは初めて」
イロクイは首を傾げつつ、藍に体を委ねる。縁側に寝かせられた木人イロクイのコートを脱がせ、埋め込まれた犠牲者の姿に沿って橙の色を放ち、慎重に活力を与えていく。
「真畔ちゃん、紫の色をあわせて、うまく根を切り離して」
「わかった。やったことはないけど……」
真畔の持つ色は『生命を従わせる色』。しかし、このように戦い以外で使ったことはこれまでにない。うまくできるか心配ではあったが、藍の指示に沿うと自然と傷つけず、根を人の型から引き離すことが出来た。
「うぅぅ……」
苦しいのか木人がうめき出す。合わせるように婦警が色を取り戻しつつある様子から、かなり抵抗していたとみられる。
「大丈夫、ただ、婦警さんが気づいたらびっくりするかも。どうしたら……」
藍は自身の色を取り戻しつつある女性警官を見つつ、これからのことを考えていた。
「ここは……?」
しばらくして婦警は目を開け、辺りを見回す。
「布津之神社です。倒れてたところを近所の人が運んできてくれたんですよ。ね、真畔ちゃん」
「う、うん。やぁびっくりしたなー」
藍と真畔は口裏を合わせて応対する。当の怪物――もといイロクイの姿は軒下に隠し、女性警官には早いところお帰りいただきたいところだ
「そう、ありがとう。ところであなた達……いえ、なんでもないわ」
女性警官はばつが悪そうな顔をするも、その顔もすぐに焦りで崩れる。
「あなた達、警察手帳はみなかった?」
2人とも首を横に振ると、女性警官は靴を履き、急いで神社を飛び出した。
「にしても、何だったのかしらまったく。大事なものだからってお礼の1つぐらい言えばいいものを」
「まぁまぁ、さっきのイロクイさんをどうやって帰すか考えないと」
「えぇ、どうしましょうかねぇ」
そんな2人の会話に割って入るように、紫亜が首を突っ込んだ。
「あっ」
「えーと……」
顔に女性警官のような焦りが見える2人。一番聞かれたくない相手に聞かれたのだから無理もない。
「詳しく話を聞かせてもらわないと。仮にもここは私の家なんだから」
その後、あったことを根掘り葉掘り吐かされたのは言うまでもなかった。
「それで、そのイロクイは今も軒下に寝かせてるの?」
「あー、うん。そろそろ出てもいい頃かなって思ってたところなの」
「そのイロクイって、コートや帽子とかかぶってなかった?」
「えっ、かぶってたけど、なんで紫亜ちゃんそんなこと……」
藍が不思議な顔をすると、紫亜が「だって、ほら」と指をさす。
紫亜の指の先――家の前には見知らぬ古木が生えていた。その軒下にはボロボロのコートと帽子も転がっている。
「あとから少し場所を動かしてもらわないとね」
こうして、布津之神社に奇妙な木が増えたものの、紫亜の手によって裏の樹木群に移され、当面は事なきを得たという。
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