うごめく色ときえる色(12話)

一応13話で一区切りを考えていますが、外伝となるエピソードとか、掘り下げは必要だろうなぁとは考えてます。
むしろもっと掘り下げたいしね、うんうん。
最終決戦も佳境な12話のはじまりはじまり。


『三隈・藍(みくま・らん)』という肉体を失った橙乱鬼(とうらんき)は、もはや追い込まれるだけの状態になっていた。
白と黒は色の中でも強く、あらゆる色を塗りつぶし、薄める力を持っている。ましてや2色の波状攻撃を食らおうものなら、”色”という生命力の塊である色鬼といえども一溜まりもない。
何より、色を武器として扱う紫の色使い――真畔を潰し損ねたことが厄介に拍車をかけていた。
「すーちゃんそっち!」
「挟み込んで……当てたらごめん」
「平気! ガンガンやっちゃお!」
「多少ぐらいならぶつけても許す、ここで決めるよ!」
「うんっ」
前方の紫、後方の白と黒。当たれば致命傷だが、せめてもの救いは狙いが雑なことぐらいか。明らかに戦い馴れていない様子は橙乱鬼にもわかる。
「(やっぱりこいつら雑魚だ。なのに、なぜこんなクソ雑魚に追い込まれている!)」
真畔の一撃をかわし、様子を伺う橙乱鬼。攻める真畔に追いつけていない2人。一方で橙乱鬼の後ろには壁が立ちはだかり、これ以上の後退もできないでいた。
「(どうする、あいつらを塗りつぶすには……)」
「今度こそ……!」
翠が横投げに腕を振り、放たれた黒色が橙乱鬼の肩を染める。激痛が走り、侵食される感覚に苦悶の表情が浮かぶ。
「ぐうぅっ!? ま、待ってくれ。まだ話してないことがある!」
身を壁から避け、挟み込まれる形となった橙乱鬼は3人に呼びかけた。
「話していないこと?」
怪しい、怪しすぎる。翠と真畔が異口同音に否定的な意見を返す。
「本当だ。色鬼の伝承は巫女のやつから聞いたはずだ。あれは人間が作ったもんだ!」
『その伝承を教える』と橙乱鬼は言う。明らかに足を止める誘いだが、色鬼について知識の乏しい3人の興味を惹くには十分だった。
「……どうする?」
「確かに気にはなる、けど今聞くようなことじゃないような」
「きらりは聞いてからでも良いと思うけど」
きらりの言葉に頭を抑える真畔。即座に攻撃したい――だけどきらりの意思も尊重したい。それは翠も同じだった。
「なら、私も聞いてみる」
「ただし、変な真似したら即座に斬るから」
にらみつけ、色の剣を向ける真畔。その表情はどこか剣呑としている。
「おぉ怖い怖い。じゃぁ言うぜ? 元はと言えば、あの騒動は人間の色は食わないって言う『色鬼の禁』を破ったあいつが悪いんだ」
「色鬼の禁?」
橙乱鬼は言葉を進める。
「そうだ、色鬼は人間を食う――言い換えると染めることはしない。だがな、凶作を原因に真っ先にあいつが破った。そしてある呪いもかけたんだ」
「それって、昔話にでている色を奪った色鬼さんのこと?」
「だとしたら、話と全然違うじゃない。呪いってどういうこと?」
きらりと真畔が言葉をぶつける。物語では7人の色使いによって追い込まれた後、降臨した土地神様に許されたという結末になっている。呪いなんて単語は1つも出ていない。
「『色違いの呪い』だ。持つ色を本来とは違う色に変えて、操る力を弱める呪いだ。お前の名前と色が食い違っているのが何よりの証拠だ」
「色と名前……」
あっ、と声を挙げる真畔。確かに名前と色が合っているのであれば、真畔(まくろ)は黒色。翠(すい)は緑になる。
「だとしたら、きらりは……」
「待って」
前のめりになって話を聞き入りだす真畔。しかし、彼女の行動に水を差したのは、翠だった。
「なによ、何かわかるヒントが……」
「そんな呪いを教えて、どうする気?」
「どうするもこうするも、お前の力を十分に引き出す手助けをしようって話さ。”色の力”が野放しにされてるなんておかしいだろう? それに色鬼もアタシだけじゃない。その時に力がいるだろう。なぁ真畔?」
図星を突かれ、真畔が歯がゆい顔をする。確かに力が欲しい、そのために作った色の剣だから。その傍ら、2人の様子をハラハラしながら見るきらりを尻目に、翠はあきれたように橙乱鬼を論破する。
「その力を戻す方法、今すぐ教えた所でどうにもならないじゃん。ここにいない紫亜やサン、城奈にエロケンは?」
「それはだな……」
「それは?」
にじり寄る2人。真畔も頭の中で整理しつつ、少しずつ冷静さを取り戻していく。
「まさか、それすら嘘?」
真畔が軽蔑するような瞳で橙乱鬼を見る。すでに3人とも橙乱鬼に対する、残り少ない信頼すらも失いつつある状態だった。
「いいや、半分本当だ。だがなぁ……もう十分だ」
その瞬間、橙乱鬼の目が大きく見開き、角に色の奔流が渦巻く。
「しまった!」
剣を横凪ぎにし、橙乱鬼を切り払う真畔。
「隙だらけだ、あぁお前らはみんな隙だらけだ。これだけ時間を稼げたら十分だ!」
角の色が四散するのとほぼ同時に、壁を蹴るような轟音が一度、手術室に響き渡る。そして、染められ、佇んでいたサンと紫亜の様子が変わっていく。紫亜は身体の中心に色が集まり始め、サンはゆっくりと、前のめりになって――そのまま色の塊となってきらりの元へ跳躍。覆い尽くすように取り付いた。
「きらり!」
「ひゃあぁ!? さ、サン君なんなの、何が起こってるの!?」
ハメられた。そう考えた時にはすでに遅かった。
塊はきらりを取り込んで染めるべく身を崩し覆っていく。その途中に人間の上半身を表しては崩していく。
その姿は――サンであり、崩れることで大口の怪物に変わる。その動きはまるで、色使いを狙うイロクイそのものだった。
「真畔、当たったらごめん!」
「遅いなぁ!」
自爆覚悟で色を打ち込む翠だが避けられ、橙乱鬼は真畔の腕へ橙色をぶつける。
「がっ、ああっ!」
痛みと熱さに色の剣が消え、腕を押さえて膝を崩す真畔。そこに橙乱鬼は追撃の橙色を容赦なくたたき込む。
「あいつはアタシの”色”に染まったんだ。奪ったものとはいえ色は同じ。あとは――”色”に呑み込まれ、
イロクイに変貌するよう力を入れただけ。どうだ、味方が敵になるってのは!」
「さ、サンくん……?」
おそるおそる声をかけるきらり。目の前にいるオレンジのイロクイは人間態と怪物態を交互に変えつつ、きらりをオレンジ色に染めていく。
『染めたい、シロイのをオレンジにソメタイ』
「そうだ、染めてしまえ。人間よりもお前達の方が上だって証明して見せろ。この橙乱鬼様の前でな!」
さらに橙乱鬼が色のオーラを放つと、サンの姿が再び崩れ、大口を開けた異形のイロクイに変異する。
『ソメル、ソメルオォォ!!』
「ひぃっ! どどどどうしよう」
そのまま息を荒らげ、大口を開くサン”だった”イロクイに困惑するきらり。同時に壁が一枚壊れる音が響く。
「シロクイが向かってる……四谷さん!?」
真畔が叫ぶ。シロクイがこちらに向かっていると言うことは、城奈がやられたことに違いない。
「サン、ごめん」
混沌とする状況に、翠はサンを突き飛ばすように黒色を叩きつけた。
『アオォォォッ!?』
黒をぶつけられたサンはきらりのそばから素早く離れ、身を小さくして翠に恐怖する。元はと言えば同じクラスメイト、同じ仲間。それでも翠は――なぜか落ち着いていた。パニックの極限まで来ているのに、どこか自分だけが孤立しているようにも感じる奇妙な感情。そんな感情が、今だけは良い方に向いていた。
「橙乱鬼、やっぱりあんたはここで潰さないと」
「おっと良いのか? 橙の色使いはもう人間じゃなくイロクイだ。白いイロクイだってこっちに向かっている。数を減らさないとみんな居なくなってしまうぜ?」
真畔を蹴り転がす仕草をする橙乱鬼だが、実態がないためか霧が通り抜ける。そして橙乱鬼の動きに対し、翠は黒色を打ち込む。
「なら、あんたを先に塗りつぶす」
翠の言葉に、橙乱鬼は楽しげな笑みを浮かべる。
「ハハッ! でも近いうちにもう一体増える。巫女の奴が耐えたとしても、イロクイになるのは時間の問題だ」
橙乱鬼の目の先、手術室の入り口にある氷像。その中で解放を訴えるかのように青色がのたうち回る。紫亜の色――イロクイと化した青色は凍った身体という檻から抜け出そうともがいていた。
「紫亜、しっかりして!」
「そら、お返しだ!」
2色を合わせ、渦にしてぶつける橙乱鬼。それは色使いが協力して行う”色合わせ”そのものだった。
「いやぁああっ!?」
「真畔!」
「まくろちゃん!?」
2色の渦から色が飛び散り、火の粉と氷の粒になって消える。熱さと冷たさに思わず顔を押さえる翠やきらりの中、真畔の叫びは渦の中に消えていく。
渦はしばらくして消え――そこには服を汚されたきらりと翠。そして全身を橙と藍色に染め上げられた真畔が苦しそうに身体をひくつかせていた。
真畔まだら潰れ
「ア、ア、ァ……」
やがて力尽きたか真畔の身体を構成する2色が歪み、侵食と縮小を繰り返していく。まるで色が互いに食い合うように、真畔の中で競い合っていた。
「これであと2人。厄介なのが残ったが……もうしばらくすればイロクイ達もやってくる。巫女とガキは人間を忘れてイロクイになり、そこで転がっている紫の色使いはアタシの色に食われ、器が耐えきれずに爆ぜる」
万に一つの失策もない。勝利宣言とも言える言葉を吐きかける橙乱鬼。
だが、翠もきらりもまだ立っていた。
翠まだらきらりまだら
「……あまり寒くない、熱くもない。でも、お気に入りだった」
翠のお気に入りだった服が、橙乱鬼の色によってまだらに染まる。そして感情に煽られるようにまだらは黒く変わり、墨のような模様に変わっていく。
「けほっ、ひどい……ひどいよ橙乱鬼さん! まくろちゃんを、こんな!」
きらりも服を、身体を色で汚されたが、すでに薄れている。しかしそれ以上に、真畔を染め上げたことに対する怒りを露わにし、きらりは声を荒げた。
そして、2人の怒りをうれしがるように橙乱鬼は笑い続けた。
「怒ったってもう無駄だ、この戦い、あたしの――」
勝ちだ。改めて勝利宣言をし、橙乱鬼はシロクイが来るのを今かと待った。
……待ったが、最後の壁を破る音が聞こえてこない。
「おかしい、さっきまでこっちに来ていたはず」
橙乱鬼が怪しんだ瞬間、聞き慣れない声が手術室に向かって飛んできた。
杉下健児
「ここかぁ!」
何が起こったのか。思考するよりも早く、答えが手術室の扉を開け放たれる。
赤い髪に切れた瞳、いかにもやんちゃそうな顔つきの少年――そこに立っていたのは、神社で待機していたはずの杉下健児だった。
「クソ鬼と色の化け物…… いや、これサンだよな。きっとそうだ!」
全員が呆然とする中、健児の目に映ったのは、橙乱鬼とオレンジ色の人間とスライムを混ぜたような奇妙な物体。だが、ちょうど構成していた上半身の姿を見て、健児はサンだと察した。
「何だお前、洗脳してたガキか。ならまた――」
青を飛ばそうとする橙乱鬼の色を、黒色が遮る。
「どうやって来たの、エロケン」
「エロケンじゃねぇよ! 式部(しきべ)っておっさんが連れて来てくれたんだ。途中すっげぇ沢山イロクイがいたけど、今はおっさんらが必死で防いでいる」
「式部……あー」
紫亜が電話に出て顔を曇らせていたのはそのためか。合点の付いた様子で翠は納得する。
「それだけじゃないぜ……やいクソ鬼、お前を封じる”まじない”ってのがもうあるんだぜ!」
「まじない?」
「何かやってるの?」
橙乱鬼に指を突きつけ、言い放つ健児。 に疑問を呈する2人。その中で唯一、橙乱鬼の表情が歪んだ。
「何だと!?」
慌てて橙乱鬼は色の霧になって手術室から逃げようとする。だが、橙乱鬼の身体は見えない壁にでも阻まれているかのように弾かれてしまった。
「イロクイと色鬼を枠の内に封じる『色淵結界』、間に合いましたな。奇妙な生き物も何とか足が止まりましたぞ」
結界の儀を取りしきるのは30過ぎようかという男性。ワイルドにひげを口に蓄えた神職装束の男性こそ、健児の言う『式部』なのだろう。彼の構築した結界が橙乱鬼の逃げ道を塞いだ格好となった。
続いて翠よりも年の高い女性が数人、藍と紫亜を介抱しに向かう。
「紫亜様!? なんて恐ろしい、こんなモノと戦っていたなんて」
「三隈さん、身体を取り戻されたのですね?」
「はい、大丈夫です、それより……」
眼鏡を失ったまま、視界の定まらない目で紫亜を探す藍。そして氷像らしき物体をぼやけた視界に捉える。
姿形は変わっても、きっと紫亜に違いない。藍は意を決して、言葉を投げかけた。
藍眼鏡無し紫亜イロクイなりかけ
「紫亜ちゃん、しっかりして! こんなの紫亜ちゃんらしくないよ!」
「(ラン、ラン……? ソメタイ、ワタシのトモダチ……)」
自分の持つ色が怪物となり、顕現しようとしている。大切な物を自分の色に染める。自分の領土を広げることは、何より勝る存在意義――。紫亜の脳裏では、これまで共にしてきた”色”がイロクイに塗り替えようと反抗を続けていた。
「(ダメ、染めちゃ駄目!)」
塗りつぶされていく考えを振り払い、こらえる紫亜。次第に色の暴走も鎮まっていくが、それでもいつ自分の色が再暴走するかわからない恐怖に紫亜は怯えていた。
「(コナイデ! 藍、アナタはまだ身体が……)」
「大丈夫、まだこの色に馴れてはいない……けど、苦しまないようにするから」
「いけません! 色鬼から身体を奪い返したばかりでそんなことをしては、無理がかかってしまいます」
藍を介抱していた巫女装束の女性が制止するも、藍は臆することなく氷漬けの紫亜だったモノに近づく。
「それでもやります。私のために紫亜ちゃんはこんなになるまで頑張ってくれたのです。だから、今度は私が頑張る番です!」
半ばイロクイになりかけている紫亜に近づき、手のひらから少しずつオレンジ色を流れ込む藍。その暖かな色は橙乱鬼の放った青色の氷を溶かしていく。
「(慎重に、慎重に……)」
同じ色でも、これは助けてもらった子の色。力に拒絶され、暴走することがないよう色を慎重に流し込む。
やがて色は紫亜の全身を巡り、橙乱鬼の藍色も床に流れ出して蒸発し始める。その身から艶のある肌が見え始め、暴れていた紫亜の”色”は元の肉体へと戻っていった。
「藍、ちゃ」
「よかったぁ……!」
藍は感極まり、突っ込むように紫亜に抱きついた。眼鏡がないせいか視線が定まらないが、紫亜はしっかりと藍を受け止めた。
「うんうん、良かった。本当に……本当にようやく、これも返すことができる」
紫亜が胸元の内ポケットから取り出したのは眼鏡ケース。その中には、イロクイによって食われ、吐き出されたあとに放置されていた藍の眼鏡が入っていた。
「ありがとう紫亜ちゃん。やっぱりこれを付けないとよく見えないのよね」
藍が眼鏡を付けると、ぼやけていた視界が明快なものになる。くっきりと見えた紫亜の泣き顔に思わず笑みを浮かべ、告げた。
藍2
「ただいま、紫亜ちゃん」
時を同じくして、健児は背中を翠に任せ、サンと接触していた。
すでにサンの身体は人間の姿をほとんど失い、時々見せる少年も見せなくなるほどにまでイロクイに近づいていた。
「サン、ドッジボールやろうって言ったよな。今度はあれこれ抜きでやろう。それに秘密基地だってまだだ。あとは、あとは……」
「ケン、くん。オイシソウ」
サンが健児に近づき、身体をすり寄せる。寄せた場所から健児の身体は橙色に染まり、塗りつぶされていく。
「バカ、俺を食ってもおいしくない! お前にくれてやるのはこっちだ!」
健児は取り込まれた腕から自らの色を吐き出そうと試みる。あの時――橙乱鬼によって操られていた時に感じた呼吸を思い出しながら、力を吐き出していく。
身体が痛み、心がけずれそうになる。まるで命を吐き出すかのような感覚。それでも助けたい一心で流し込む色は”緑”。毒の色でもあり、感情を穏やかにする草の色。
かつて人は緑を『薬の色』と呼び、使い方を誤ろうものなら害にも成る色として扱っていた。
「ウウッ、ニガイ! ヤメテ!」
「いつも通り大人しくしてろ! 上手くいかないと、不味いことになっちまう」
サンの形をしたイロクイに流し込まれた色は混ざり合い、イロクイは激しく暴れてはサンの表情を何度も見せる。健児も命を削るような脱力感に耐えながら、毒となる色を流し込まないように必死で押さえ込む。すでに健児の身体半分はオレンジ色。それでも自分とサンのことで精一杯だった。
「シロナ! シロナァ!」
「しろ……四谷のことか、てことは、やっぱり……」
健児の頭の中に、拾ったあるモノが浮かんだ。ここに向かう途中、あるモノを踏みつけてしまい慌てて拾ったもの――それはほどけかけた、肌触り良い高級そうなリボン布だった。
最初は落ちていたリボンだったものをどうしようか迷っていた。だが、健児はシロクイがぎっしり詰まった室内に恐怖を感じ、そのまま持ってきてしまった。
もし城奈が色使いであってもなくても、あのイロクイ相手では生きているかどうかわからない。しかし、事実をそのまま言っては余計に暴れるだけ……だから、健児はチャンスとばかりにまくし立てた。
「四谷はきっと大人が助けてくれる! 白いぶよぶよしてる奴、そいつの近くにこいつが落ちてたんだ」
健児はほどけかかっている蝶のように大きなリボンを突き出し、押し込むように渡す。身体で受け取り、城サンは奈がいつも付けていたモノだとどこかで感じていた。
「あいつらは大人達が押さえ込んでる。でも部屋の中にはあの化け物がぎっしりいる。色使いなら、助ける方法とかあるんだろう!?」
「!」
さらにサンの身体に押し込まれるリボン。そして、健児の言葉にショックを受けたかのように身体を硬直させるイロクイは、ほんの一瞬ではあったがサンの自我を取り戻していた。
「(そうだ、僕は……城奈を守るって誓った、もし城奈がシロクイにやられたのなら、助けようって決めてたんだ)」
なぜ忘れていたのか、後悔と共にサンは自分を取り戻していく。身体を2つに裂くような大口は収まり、色の牙が縮み、人の身体を取り戻していく。
「ボクは……城奈を助けないと」
そして人間の身体に戻っていき、サンは決意を新たにするかのように瞳を開く。不安の塊だった姿は消え、今やその姿はどこか決意に満ちあふれていた。
「やった、目を覚ました! でももう俺を変なのに染めるなよ、もうロウソクなんてこりごりだ」
「変ッテ……オォゥ、僕の身体がどろどろ。それに……ケン君?」
イロクイ化の影響か、サンの服は橙色に染まり、溶解しかかっている。身体もどことなくべたついて、柔らかく感じるが、次第に引き締まり、柔らかい人間の肌に戻り始めた。
「おう、無事か?」
徐々に健児を染めていたオレンジが引いていく。サンが色を制御し始めた証拠だろう。健児もようやく安心してサンと話すことが出来るようになった
健児2サン2
「うん、ありがとうケン君。君は、僕と城奈の命の恩人だよ」
「なっ、そそ、そんなこと、四谷を助けてから言え! まだあいつ、多分化け物に食われたままだしな」
むずがゆさと共に思わずサンの背中を叩く健児。叩いた衝撃で服の一部が溶け落ち、流れていく。
「とにかく、あの2人がクソ色鬼を何とかしてる間に、俺達は城奈を助けに行くぞ」
「うん、六宮さんにきらりさんなら、きっと倒してくれるはず、です。シロクイ――化け物のところまで案内お願いします」
『その前に着替えてからな』と健児は軽くツッコミを入れ、にこやかな表情を返すサン。そのまま2人は手術室の扉に手をかけ、橙乱鬼に気づかれないように結界の外へ抜け出した。
サンの手には、城奈のリボンが握られていた。それを返しに行かなければ。
「貴様ァ! 貴様、きさまらぁ!!」
紫亜もサンも助かった。シロクイも動きを封じられ、城奈には健児とサンが助けに向かった。もはや橙乱鬼の打つ手は全て潰えた。
橙乱鬼は怒りのまま手術室を飛び出そうとするが、真っ黒になった翠の手が、橙乱鬼の手を構成する色をつかむ。
軽い。布をつかんでいるような感触に近く、力を入れすぎたら翠の力でも吹き飛んでいきそうな軽さ。これが肉体を失った橙乱鬼の軽さなのだろう。
「逃がさないし……食い止める」
「つかむな、放せ!」
引き寄せられる橙乱鬼が翠の胸に蹴りを入れるも、足の色が四散し、再び構成される。
「放さない、絶対にもう、放さない。エロケンだってそうだし、きらりもサン、城奈だって、みんな頑張ってる。私が頑張らないのは……」
『嫌だ』。強い意志とともに黒い色が鬼の中に流れこむ。
「ギィアアアアァッ!?」
翠のもたらす色の侵食におぞましい絶叫をあげる橙乱鬼。もはやそこにあるのは人間ではなく、まさに”鬼”。3色がぶつかり合い、吹き出し、荒れ狂っていた。
「このジャリガキャあぁぁぁ!!」
見る間に腕が真っ黒に染まり、崩れていく橙乱鬼。だが、腕は崩れたところから素早く再生し、決して離れることなく翠の手首を藍色に染めてつかむ。
「ひっ! つ、冷たい」
翠は痛むほどの冷たさに顔を歪ませ、涙を浮かべつつも腕を離さない。冬の水でもここまで冷たくない。そんな冷たさをこらえつつも彼女は抵抗し続ける。ここで離せば、もうチャンスはないとわかっているから。
まるでダンスを踊るかのように2人はもつれながら、鬼の腕は黒く、翠の手首は青く凍っていく。壮絶な痛みと消え失せていく感覚に苦しみながら、持てる生命力を腕に流し込み、橙乱鬼はなおも翠に染めようと試み続ける。まさに千日手、その終わりを打ったのは橙乱鬼からだった。
「クソが! 人間ごときが色鬼様に反抗するんじゃねぇ!」
翠が握っていた彼女の手が突如として膨らみ、破裂した。
「っ、うあっ!?」
橙乱鬼の手を離さず握っていた翠は衝撃をままに受け、身体が宙にはね飛ばされる。
「すーちゃん!?」
慌てて腕を広げたきらりは慌てて止めに入り、受け止められたものの重さと衝撃に思わず後ろに倒れ込んでしまった。
「両手を色使いごときに潰しちまうとはな……だが、これでもうオシマイだ」
すでに翠は満身創痍。きらりも疲れてきている。橙乱鬼もボロボロ。きっとみんな限界なんだと、きらりにもわかった。
だからこそ、決めなくちゃいけない。固い決意のまま、きらりは翠の手を握り、目を向けた。
「サン君。すごく苦しんでたね」
「うん、紫亜も苦しんでた。城奈も……」
「だけど、何とかなったよね」
「……なった」
「あとは」
こいつだけ。2人が手術室の床から身体を起こし、橙乱鬼をにらむように見据えた。
「この一撃で染め上げてやる。もう制御できない、この部屋と塞いでいる人間ごと染めてくれる!」
橙乱鬼の腕や肩、角が崩壊し、色の塊が手のあった場所に現れ始める。橙色と藍色の球体。どちらも荒れ狂うかのように”色”がうごめき、渦を巻く。
「すーちゃん、色合わせだよ!」
「……わかった。きらりに任せてもいい?」
「もちろん! すーちゃんのお世話は慣れっこだもん」
手を握り、きらりが力を込める。暖かく、明るい色が流れ込んでくる。
「流れ込まないようにすれば……いいんだよね」
こくりと頷くあかり。黒く、冷たい色が腕から手に流れ込み、白と混ざり合う。
「(熱い……でも、今はこれぐらいが暖かい)」
冷えた翠の手がきらりの暖かさに包まれ、癒えていく。白と黒は干渉し合うことなく混ざり合い、濁ることなく紡がれていく。
「塗り潰れろぉ!!」
橙乱鬼から放たれた色の球体2つは互いにぶつかり、毒のような紫の火花をあげながら2人に向かっていく。まるで押しつぶすかのような勢いで迫る橙乱鬼の”色”。だが、2人は臆することなく、手に力を込める。すでに2人の色合わせは、極限にまで達していたのだから。
目を開き、強く手を握り――翠ときらりは片手を橙乱鬼に突き出した。
「これで!」
「これでぇーっ!」
塗りつぶされてしまえ。
放った一撃は白と黒の渦を描き、橙乱鬼の生み出した球体をあっけなく飲み込み、塗りつぶしていく。
「な……っ!?」
そのまま色の濁流に吹き飛ばされ、手術室の壁へと叩きつけられる橙乱鬼。
ののしりと恨みの声すらも白と黒の渦に飲まれ、いつしか聞こえなくなった。

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