魔法少女無惨!キシメンジア現る

トラス帝国については別に記事作ってアップします。
食品化注意な


きしめんがまずい、それだけで十分すぎる動機だった。
「くそう! あの店ネットじゃ評判良い店だってのにクソックソッ! 空きっ腹だから余計に腹が立つぞ!」
この男は週に1度きしめんを食べないと気が済まないほどの愛好家だった。時にきしめんを自分で作るほどの愛。それをまずいきしめんに害された恨みはあまりに大きい。
「なら、アナタがきしめんになればいいじゃない」
「誰――お前誰だぁ!?」
男が声のする方向を見回すと、色めかしい20代前後の女性は『こっちよ』とばかりに手を招く。
折れたシェフ帽にエプロン姿はどことなくチャイナ風。そしてスリットの入ったアンダーには『食』の文字に何かのロゴが組み込まれたマークが金糸で縫い込まれていた。
「トラス帝国、食の女神。人呼んで『食媧(しょか)』 まぁ女神様でも良いけどね」
ウインク一つ向ける食媧だったが、男の足は震えている。まるで見てはイケないものでも見たかのようだ
「と、トラス帝国だと!? 俺に何しようってんだ!?」
トラス帝国、それは地球に突如として侵略を開始した謎の組織である。
その目的は地球征服と『人類の有効利用』。彼らは人々を石や宝石、果ては人形などにして回収しながら領土を広げ、今では地球上の脅威と化している存在だ。
その一味がなぜか目の前にいる。まさかきしめんに激怒したのを聞かれたか、そう思うと男は生きた心地がしなかった。しかし男の予想と反し、彼女は身体をかがみ、舐めるように男を見上げた。
「ねぇ、アナタ。理想のきしめんを作る気はない?」
「……作れるならな、だが腕も何もねぇ、味ぐらいしか知らんぞ」
怯えながら応える男ににこりと笑みを浮かべる食媧。
「大丈夫、私がアナタを――おいしいきしめんを作れるよう造り替えてあ・げ・る♪」
その言葉と共に取り出したのは、料理に使うおたま。そして思いっきり振りかぶり、男に突きつけた。
「トラストラスオンカムイバサラ、食の邪霊よこの男に宿りたまえ!」
「な、なんだぁ!?」
周囲の空気が一変し、空は漆黒に染まる。そして男の身体に生暖かい風が巻き付き、姿を覆い隠す。
男の姿は暴風の中に消え去り、食媧は険しい表情で仕上げに入る。
「出ませい、新たなる職人『キシメンジア』!」
おたまを一降りすると風が晴れ、そこに現れたのは、同じエンブレムをもつ、筋肉隆々の怪人だった。
「キシメンジアー!! おぉ、これが俺の力!」
その頭はきしめんを入れるためのどんぶりに代わり、目と口がデフォルメしたかのようにくっついていた。そう、男はこの女――食媧の力を受け、トラス帝国の怪人『キシメンジア』に変貌したのだ!
「さぁ”はなむけ”よキシメンジア。この装置で成すべきことをなさい!」
食媧がおたまを一降りすると、キシメンジアの背中に四角い箱が装着し、さながらレールガンよろしく左右の腰に器具が展開した。
「オォォ! 行くぞぉ、真のきしめんをお見舞いしてやる!」
キシメンジアが意気揚々とどこかに消えていく。その姿を後ろから見守りつつ、食媧も満足げな表情を浮かべる。
「そうそう、思いっきり暴れて、なんなら食べちゃいなさい。それが我が帝国の礎となるのよ」
そう言い残し、風と共に消える食媧。空は晴れ、付近には彼女の力に押しつぶされて”なると”と化した人達が無造作に転がっていた。
「案の定現れたな、トラス怪人!」
キシメンジアの前に居るのは2人の魔法少女。ショートカットの赤色魔法少女と、おかっぱの黄色魔法少女。二人ともキシメンジアを偶然発見し、対峙することとなった。
彼女たちこそ人類がトラス帝国に抵抗しうる手段『魔法少女』だ。
「怪人? へへ、上等。うまそうなきしめんになりそうだ」
魔法少女は力もあり、魔法の源である”エナジー”はキシメンジアのパワーアップ源にもなり得る。
「由美、後ろお願い!」
「分かった、彩矢は前ね」
“由美”と呼ばれた黄色の魔法少女は後ろに回り込み、赤の魔法少女――彩矢は前から突っ込んでくる。
「マジカルパンチ、喰らえ!」
「なんの!」
正面からのパンチを受け止めるキシメンジア、そのまま彩矢は拳を連打し、攻撃の隙を与えない。
「こいつはずいぶんと頑丈な身体だなぁ。なんでも出来そうだ」
「いいえ、あなたはもう何も出来ない」
「なにぃ?」
由美が指を鳴らすと、キシメンジアの足がしびれ、動けなくなる。怪人の足に食いついているのは、雷のトラバサミだ。
「サンダートラップ。もうここから動けない」
確かに足を動かしても、まるで感覚がない。恐ろしいまでのコンビネーションだが、キシメンジアは表情を崩すどころかニヤリと笑って返した。
「あぁ、もう動けないなぁ。足は動けないなぁ!」
その言葉と共にキシメンジアの頭から飛び出したのは、きしめん型のロープ。平たい拘束具が由美の手足を縛ると、少女の身体をいとも簡単に上へ持ち上げてしまった。
「しまった、手足が……」
「由美! 由美を放せ」
「誰が離すものか――いいや、離すだけなら良いかもな」
えっという顔をする彩矢。由美を捉えた麺はさらに動き、キシメンジアの背負う箱の上に到着する。上蓋が消失すると、中では1対のローラーが高速回転し、今か今かと獲物を待ち構えていた。
「こ、ここで離さないで!」
「そう言われてもなぁ。まずはこのトラバサミを解除してもらおうか」
キシメンジアは低い声で由美を脅すと、あっさり自ら設置した魔法を解除する。足は動き、キシメンジアはゆっくりと背を向ける。
「これは……工場?」
背負っている箱の一面はクリア状になっていて、ローラーだけではなく、麺を裁断する刃や沸騰する湯や冷却層などの機構が左から右へと詰まっている。入り口はもちろん左側にある。
「そうだ、これが神様が与えてくれた秘密兵器って奴だ。どういうものか知りたいだろう?」
キシメンジアが何をやろうとしているかが一目で分かる。必死で留めようと彩矢は箱を壊そうとするも、びくともしない。
「助けて、食べ物なんかになりたく」
キシメンジアの『こうだ』という言葉と共に、由美を拘束していた麺が緩む。そして真下にある入り口に由美を落とし込んだ。
「イヤアアアアアアアアアッ!!」
「ゆ、由美!?」
高速回転するローラーが動きを緩め、由美をしっかりと挟んで捉える。そして、ローラー自体にも魔力で加工されているのか。由美の細い身体は見る間に平べったく伸ばされ、1枚の生地に加工されていく。
「ひ、ひぃぃ、私の、わたしの身体が伸びてる、平べったくなってる」
「許せない……!」
にらみつけ、力を貯める彩矢にキシメンジアは容赦なく首や手足に巨大麺を巻き付けた。
「作業の途中だ。あとお前もあとから変えて食べ比べてやる」
力を加える度にしめ上がっていくきしめん拘束具。その痛みに耐えかね、彩矢は力のチャージを止めてしまった。
外でのやりとりをよそに、薄く伸ばされて人としての面影をほとんど失った由美は、レーンに乗って下から横に流れていく。その行く手には刃が待ち構え、由美に一瞬食い込むと、そのまま抵抗なく均等な幅に切りそろえられてしまった。
「(やだ、あついのやだ……)」
寸断された由美の感情には絶望しかなく、それがかえってキシメンジアに必要なエナジーを満たしていく。麺はそのまま容赦なく、レーンの下にあるゆがき用の鍋に放り込まれた。
「(ああああああああ!!! 身体が、身体がくずれっ、熱いいいぃ!)」
由美が叫ぶ度にキシメンジアは、その出来映えに心を躍らせる。その一方で後ろで絶望している”食材”も早く加工してしまいたいと、気持ちが早まっていった。
「さて、仕上げも近いし、そろそろお前も麺にする準備をしないとな」
ぐつぐつと煮えたぎる鍋の中で麺がほぐれ、踊る。時々鍋がかき回されている間にも、由美は茹であがり、魔法少女ではなく1玉の平打ち麺に変わっていく。
「(なんで、なんでまだ、だいじょうぶなの? もうやだ、彩矢、助けて)」
呆然としていた彩矢には由美の叫びも届かず、そのままゆっくりと持ち上げられていく。
ほぼ同じ、いや、少し由美の方が速い速度で別のレーンに移動していく。
冷たさの感じる、魔力を含む水。その中にゆであがった麺が投げ込まれた。
「(あれ、あ……わたし……)」
瞬間、由美の意識は急速に冷めて固着していく。水の中の麺は冷水に晒されることで締まって歯ごたえが出るが、魔力を含ませることで人間としての記憶は粉みじんに消え去り、その形状をうどん玉に固定する。
「(おいしく締まったかな? どんな風にして食べられるんだろう?)」
魔法少女以前に、少女として青春を楽しむはずだった由美はこの瞬間、1食分のうどん玉に造り替えられてしまった。
『冷却水に浸かるまでは元に戻れる』という情報を告げられた彩矢は、最後の抵抗とばかりにじたばたともがく。だが、キシメンジアも飽きてきたのか一言『おいしくなれよ』と良い、彼女の首を締め上げて意識を飛ばした。
中に入っていく新たな材料とは別に、素早く水を切られた麺は奥のレーンに入っていき、加工音と共に脇のレーンから排出される。
出てきたのは由美のイラストが描かれたうどん玉がパッキングされた袋。真空状態になっているため形も崩れることはない。表面に描かれた『きしめん』の表記も黄色に黒縁になっている。
その出来映えに満足しながらも、次にでてきた彩矢だったうどん玉もレーンから飛び出す。コチラは赤文字に黒の縁取りになっている。
「さぁて、早速料理でもするか……家でな!」
キシメンジアは魔法少女が敗れたという人々の絶望をよそにどこかへと消えていく。彼女たちが負けた今、別の魔法少女が現れない限り対抗する手段はないのだから。
「まぁこんな物かな。ついつい二つ作ってしまった」
キシメンジア(人間態)の前に並んでいるのは『ざるきしめん』と『味噌煮込みきしめん』。本来なら1食で済んだのだが、食媧がひょっこり現れて差し入れを持ってきたので、急きょ2食分となった。
だが彼女は用があるからとそそくさと出て行ってしまったため、既に鍋に入れたきしめんはそのままざるきしめんと相成った。
「まずはざるきしめん……少し味に深みがないけど、めんつゆにつけて食べればまぁ良いか。ヤケに身体が熱くなるのもこいつのせいか」
ざるきしめんに使ったのは彩矢と名乗っていた少女をきしめんにしたものだ。ショートカットの部分が残っていたり、顔の一部が斬られていたりと大分面影が残っているが、歯ごたえはいつも食べているきしめんそのままだ。残すのももったいないが、それ以上にもう一方が気になって仕方ないのだ。
「さて、ご開帳だ!」
土鍋のフタを開けると、一面赤味噌の海。その中に浮かんでいるのはねぎに鶏肉、差し入れのかまぼこ、そして主役のきしめん――由美と名乗っていた魔法少女のなれの果てだ。
有無も言わさず箸を付けるキシメンジア。そそり立つ味噌の香りがアクセントとなり、口の中に高級小麦でも使ったのかと言わんばかりの味わいが広がる。
「う、うまい! これが俺の求めていたきしめんって感じだ! 味噌が良い具合に絡んでるし、のどごしもバッチリ。食えば食うほどたまらねぇ!」
がっつく度に由美のエナジーを身体に取りこんでいくキシメンジア。差し入れのかまぼこもきしめんほどではないが美味、さすがは食の女神の持ってきたかまぼこだけはある。
キシメンジアは味噌煮込みきしめんをがっつき、麺をかみしめ。そのついでにざるきしめんも間食し、満足感をひたすら腹をさすりながらかみしめた。
「こんなにうまいきしめん初めてだ。魔法少女を絶望させることでここまでうまくなるとは……こりゃ大発見だ」
男はまだ怪人になって久しい。だからこその気づきな。人間を食材に換え、おいしく力を得る。これもまたトラス帝国の掲げる『人間の有効利用』の一つなのだ。
「それにしても満腹だ。明日もきしめん作って頑張るかなぁこりゃ!」
腹の中ではきしめんが昇華され、キシメンジアの身体を構成する栄養素になっていく。そして明日になればまた空腹となり、うまいきしめんを作るべくキシメンジアとして人間をうどん玉に変えていく。
もはやこの男は人間ではなく、トラス帝国に仕える怪人の1体。キシメンジアなのだから。

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