#14 再会は歪んだ色を纏いて

「(なにか手はないのかな、ないのなら、いっそのこと……)」
翠にとってきらりは唯一無二の友人だ。彼女を失うぐらいなら自分自身を失ってもいい。そんな思いを巡らせつつ、ゆっくり近づいてくるきらりに向き合居続ける。纏っているものも、表情も、行動もすべてが違う。そんなきらりはいびつの塊だった。
「どうしたのすーちゃん。戦わないの?」
「……」
「そっかぁ。きらりね、すーちゃんの戦ってるところ、すごくかっこよかった。どんな困難でも守ってくれるってわかるとどんなところにまで行けたよ。」
「でも今のすーちゃんは力があるのに使わない。あればきらりとだって戦えるのにしようとしない。それって弱虫だよ」
一歩進めば一歩引く、そんな状況を崩してきたのはきらりの方だった。
「こんな事もできるんだよ」
きらりは近くにあった空き缶を手に取り、色を込める。缶は表面が白く染まっていくが、徐々に膨れだし、パンパンのボールのようになる。
「それっ!」
「!」
膨れ上がった空き缶を投げつけるきらり。身構えるが、缶は翠の横を通り過ぎ、先程のイロクイと同じように道に白色を撒き散らしながら砕ける。
「ちぇっ、でもね。いいこと思いついた。すーちゃんも同じように色を注ぎ込んだら、風船みたいになるのかな?」
翠はなにも答えない。その行動にきらりはますます苛立ちを[[rb:顕 > あらわ]]にする。
「答えてよ!」
きらりが駆け、間を詰める。翠はとっさに近くにあったゴミ箱を倒し、進路を妨害する。
「わかった。きらり、でも戦う前に1つだけ質問を聞いてくれる?」
首を縦に振りつつも早く動きたくてたまらないきらり。答え方を間違えれば命はない。そんな鬼気迫る状況すらあった。
「きらりは力を手にしてどうしたいの? 私はこんな力、あげられるならあげたいけどさ」
「決まってるよ、遊ぶために振るうんだよ。質問は終わりだよね、じゃあ戦おう?」
きらりは間髪入れずに答え、空になったゴミ箱を横に退ける――つもりだったが、勢い余って壁に叩きつけるように蹴りあげ、壁にひびが入った。
それを見て翠はなにか考え、そして言葉を放った。

「わかった。きらり『遊ぼうか』」
「うんうん、あそ……んん? 戦うんじゃなくて?」
きらりは首をかしげる、何かがおかしいが、あっているような気がする。
「きらりはさっき『遊ぶために力を振るう』って言ってたよね。遊ぶのと戦うのは違う。それに敵同士で遊ぶこともない」
「敵じゃない、でも戦いたくもない。だから遊ぶんだよ」
「??? 頭が痛い……」
やはりだ。きらりは頭を抱え、首を振って抵抗する。洗脳の内容ときらりの本能が食い違いを起こしてるのだ。だとしたら、きらりの本能――『遊ぶ』ことを強く思い出させれば、洗脳を解けるかもしれない
頭を振る動作をしばらくしたあと、向き直る。
「違う! 戦うの! 遊ぶけど戦うの! すーちゃんで遊ぶの!」
その言葉とともに息荒く向かってくるきらり。その目は狂気に満ちていたが、確かな抵抗の証でもあった。

「程々にだけど遊ぼうか。そしてきらり、あんたを私達の方に引き戻す」
確かな決意とともに、翠は周囲を軽く見回し、迎え撃った。


「ちっ、洗脳の効かせ方をもっと強めておくべきだったな」
2人が遊びと称した戦いに移る頃、遠くから見ていた橙藍鬼は苦い顔をしていた。
仮にもきらりの洗脳が解かれた場合、橙藍鬼の形勢はまた一つ不利になる。地脈の杭を破壊されつつある中で、洗脳した色使いが帰ってしまうからだ。
だが、翠を倒すことができれば勝負はついたも同然だ。攻撃の担い手が居なくなれば、あとの色使いは自ら押しつぶし、色禍しきかを成功させれば良い。
「いざとなったら俺が出るか。弱ってるところなら2人まとめて塗りつぶせるだろうしな」
そうつぶやき、引き続き様子を見るのだった。

「すーちゃんくらえー!」
きらりが先程と同じように山積みだった缶を手に取り、色を込めてパンパンにする。
きらりの動きはコントロールなどない力任せ、だが当たればひとたまりもない。しかし、それでは『遊び』にならない。
「わかってる、こっちをよく狙うことだね」
翠は挑発するような口ぶりできらりを焚き付け、コントロールを促す。頬を膨らませたきらりはよく狙いつつも、力任せに膨れた缶を投げる。投げた缶は翠の頭上を飛び越え、道に白いシミを残す。
「はずれ。まだやる?」
「やらない! 直接叩いたほうがいいもん!」
「でもそれじゃあ遊びに…うわっ」
大ぶりのパンチはまた地面にクレーターを開ける。破片が飛び散り、翠は避けようとするも、足を引っ掛けてその場で転倒した。

「あっ、大丈夫?」
「大丈夫……」
「なら……うぅぅぅ」
「きらり?」
やはりきらりの意思は必死に戦っている。そう確信に至る翠だが、コケたということは……。
「……これなら当たるよね、決着、つけられるよね?」
きらりの目から光が再び消え、翠の目の前に立つ。黒い鱗状のスウツに赤と青の線が脈動するきらりの身体は、近くで見てもあまりに不気味だった。彼女が何をされ、このような姿になったのか、今考えられる余裕はない。
「さっきの缶みたいなこと、すーちゃんにやったらどうなるかなー?」
きらりは手を伸ばし、腕を掴んで翠を引っぱり立たせる。強く握られた腕に痛みが走り、顔をしかめる。
「握りすぎちゃったのかな? でも大丈夫、きらりの色を込めればすぐに治るからね」
きらりの遊び心の中に確かな悪意を感じる。作戦は失敗だったか? このままきらりのおもちゃにされてしまうのか?
「そーれっ」
きらりの色――生命力が大量に注ぎ込まれる。握られた痛みは一瞬で吹き飛び、別の痛みにかわる。
「うぐっ、うっ……いたい!」
指や腕は徐々に膨れ上がり、指は太めのソーセージのようになり、握られた腕もパンパンに膨れ上がる。
全身に不快感がめぐりだし、全身を駆け巡りだす。このままでは数分も持たない。

だが、翠が痛みに身をよじる姿を見せた時、きらりの目に再び光が灯りつつあった。


うっすらと記憶が蘇る。
あのとき、いつかはわからないが、翠と遊んでいた時の記憶。なかなか前に出ようとしなかった彼女を引っ張って外に連れ出したこともあった。
どうして今それを思い出すのかはわからない。ただ、少しずつではあるが、塗りつぶされ、かすんでいたものが蘇りつつある。
ぼんやりとした霧の中、現実と夢が混じり合っていき……きらりはなぜか翠の腕を強く、強く握っていた。

「……きらり?」
きらりの手が緩み、とっさに手を解く。手からは呪印によって引き出された余剰な生命力が滴り落ち、ぼんやりとしている。
ぼんやりとしているが、その瞳には困惑が写っていた。

「すーちゃん、きらり、なにをしてたの?」
翠はためらうも、きらりに『色を流して破裂させようとしてた』と告げる。
「……どうしてだろう? きらりはすーちゃんのことが好きなのに、なんでこんな事をしたのかな?」
きらりの目から涙がこぼれ、うつむく。
「きらりは悪くないよ、そもそも操られてやったことだし」
「操られてた?」
翠は首を縦に振る。
「多分橙藍鬼に何か仕込まれたと思う。腕に模様みたいなのが付いてるし、服だって違う」
黒く染まった光沢のあるの黒い皮膚は、きらりの精神状況を表すかのように波打ち、文様も消えつつあった。
「きらりは全然わかんないよ……」
「わからなくていいよ、私も深く知るつもりはないし。ただ――」
「ただ?」
「この騒動が終わっても、また一緒に遊んでくれるかなって……一番の友だちだし」
もごもごとした口調で伝える翠に、きらりは涙を拭き、笑みを浮かべる。
「当たり前だよ。きらりこそごめんね、でも、ありがとう」
きらりの肌から足をつたい、黒い液体が流れ出す。流出とともに呪印も消失していく。
彼女――きらりの目には濁りもなく、これまでのような明るい輝きを取り戻していた。

ようやく、きらりを解放することができた。その安堵感と、体を走る痛みにへたり込みそうになった、その時だった。
「よくも、よくも解いてくれたな!」
きらりの後ろに手を振りかざす少女の姿があった。
「伏せて!」
とっさにきらりが伏せ、攻撃が外れる。きらりは慌てて翠のもとへ駆け寄り、身構える。
「きらりを勝手にいじくって、何被害者ヅラしてるの?」
「うるさい! 貴様さえいなければこの街はやすやすと塗り替えられた。やはり私自身が倒すべきだった!」
後悔のような、八つ当たりのような言葉を吐き散らしながら迫る橙藍鬼。翠も反論したとはいえ、きらりに流し込まれた色のダメージが大きい。

「すーちゃん、ちょっといいかな?」
「少しだけなら」
「わかった、ならきらりに任せて」
翠はきらりに任せる形で身を寄せる。きらりは再び翠の手を掴んだ

「この青と、食った色使いから引き出し、濃縮した赤に等しい[[rb:橙 > だいだい]]。こいつで貴様らの人格すら消し飛ばしてやる」
橙藍鬼はそういい、両手にそれぞれ色を溜め始める
それを尻目に身をかがめ、翠ときらりは作戦を練り続ける。
「うまくいくかわからないけど、落ち着いて、色を混ぜるんじゃなくて合わせるようにするの」
「難しそう」
「大丈夫、きっと大丈夫!」
その言葉に感づいたか、橙藍鬼が声を荒げた。
「何が大丈夫だ! 貴様らはここで終わりだ!」
だが、声を荒げたそのときこそ、きらりの待っていたタイミングだった。
「いくよ!」
「うん」
橙藍鬼の集中が切れ、色のチャージが止まる。翠ときらりは重ねた手を突き出し、生命力を全力で吐き出した。
白と黒のエネルギーが渦を巻き、橙藍鬼に牙をむく。
「な、なに!? 色合わせだと!」
橙藍鬼が踏ん張ってこらえるが、あまりに強力な生命力は橙藍鬼の体を浮かせ、空に打ち上げた。
「ぐ……くそう、こんなはずでは!」

そのまま橙藍鬼は姿を消すも、エネルギーの奔流は上に登っていき、制御が効かなくなりつつあった。
「うぅ、上手く止められない……」
「このまま離したらまずい?」
「なにがおこるかわからないよぉ」
少しずつ弱まっていくエネルギーではあるが、その前に翠ときらりの生命力が枯渇してしまう。
せっかく橙藍鬼を追い払えたのに万事休すか。そのとき、後ろから衝撃が走った。
「わっ」
その衝撃で集中力が乱れたか、白と黒のエネルギー波は弾け、周囲に静寂が戻った。
「ほんと、2人共無茶をするんだから」
「色合わせなんてはじめてみたのね、どこで習ったのーね?」
2人に衝撃を与えた主、それは後ろから抱きついた真琴と城奈だった。

「それで、橙藍鬼は追い払えたわけね」
「そっちは楔を取り除けたと」
「えぇ、あと1本を除いてね」
翠たちは情報を整理する。
まず楔だが、見守り役の大人が食い止めていたパン屋の楔は紫亜たちが救援に向かったおかげで状況をひっくり返すことができた。
もしあのままきらりたちの元へ直行していたら、大人2人は新たなイロクイになっていたことだろう。
さらに街に点在していた柱についても、神社の人らが手分けして出向き、破壊したようだ。ただあと1本を除いて。
「帆布中央病院の室内に打たれた楔。こればかりは私達が出向いて破壊するしかないわね」
「戦力として期待できるのは私らだけみたいだしね」
翠は呆れた口調で話す。数を揃えてもいいとは思ったが、犠牲者は少ないほうが後味も悪くなくて済む。

「すーちゃん、大丈夫?」
「大丈夫、さっきのでほとんど吐ききったから。きらりも大丈夫そうだね」
双方とも生命力が状な状態だったからこそ良かったものの、出力を考えれば動けなくても仕方のない威力だった。
「とりあえず色合わせについてはあとから聞くとして……やっと揃いましたね」
サンは[[rb:安堵 > あんど]]した口調で話す。翠が1人で離脱し、きらりがさらわれてからバラバラだった色使いのチームが再び集まった。あとはケリをつけるのみだ。
「それじゃぁ、行きましょうか」
「そうだね」
「ついに藍を取り返す時が来たわね」
「街を守るために、もうひとふんばりなのーね!」

それぞれが気合を入れ、最後の地へと向かう。
帆布中央病院、橙藍鬼の居所には何が待ち構えているだろうか。

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