#13 白色を邪に染めて

帆布中央病院。そこは病院でありながら、人の気配が微塵も感じられなかった。
あるのはあちこちに飛散した色と、人の形をした色水たまりの数々。シロクイの襲撃と地脈から噴出した色の直撃を受けたこの病院は、あるものは体が耐えきれずに肉体が消失したり、変異したイロクイにやられたり、あるいはシロクイに保管用の生命力として捕食されるといった惨事によってまたたく間に病院としての機能を失った。
周囲にはイロクイが跋扈ばっこしており、警察や自衛隊もうかつに近寄れない。かろうじて近くを飛び回っているヘリコプターが、遠巻きからグロテスクな情景を映し出していた。

「うるせえなぁ、撃ち落としてやりたいが今はこっちの方をなんとかしないとな」
橙藍鬼はヘリコプターの飛行音を不快に思いつつ、ベッドで寝ているきらりを見ていた
「あの白の色だ、呪印に使う色も多くなるが……それでも価値はある」
健児にかけたような呪印では簡単にかき消されてしまうし、無理を強いれば余計に生命力を強めてしまう。橙藍鬼はきらりの胸元をはだけさせ、呪印を練る。
「そうだな、3つだ、3つの呪いを組み合わせよう」
指で印を組み、まじないをつぶやき、完成した呪印を書くように、胸元に指を当てる橙藍鬼。
「ん、うぅぅ……」
きらりの胸元にハートのような簡素な印が現れ、そこから手足に向かって枝が伸び始める。
「1つ目、2つ目……」
間髪入れて2つ目の呪印を書き込むと、簡素な印にさらなる文様が書き加えられ、花のような模様に変じながら枝が更に広がり、深く侵食していく。
「これで最後だ。これだけかければ白の色使いだろうと思うままだ」
最後に書き加えた呪印で、花のような模様に雷が落ちたように割れた意匠になる。呪印も赤から青、そして黒くなり、きらりの全身を覆っていった。
「さぁ目覚めろ、そして探しに行くんだな」
きらりの胸元の呪印が鳴動すると、全身の覆う呪印の枝がスウツのように手足の先以外を包む。きらりもまた、唸り声をあげ、ベッドから起き上がった。

あれ? なんだか頭がぽ―っとしていて、ぼんやりするような……。
確かきらり、さらわれたあと意識がなくなって眠っていたような……。
そうだ、すーちゃんのところに帰らないと。
すーちゃん心配してるし、きらりもしっかりしないとなぁ……なんてね。


「ごめんなさいなのね、城奈が止めていれば……」
「大丈夫、大丈夫ですよ。城奈」
「そうよ、彼らがちゃんと守ってくれるわ」

城奈達と合流した紫亜とサンだが、場の空気は落ち込んだままだった。真琴はしょげているし城奈はこの通り泣きっぱなしだ。
「とりあえずしょげていても仕方ないわ。翠ちゃんと早めに合流して、残りの杭を破壊しないと。幸い杭は残り2つ。地脈に沿ってるから一本道となったとは不幸中の幸いだわ」
「巻物を見ると六宮さんも杭に近づいてますし、ここで合流できそうですね」
指差したのは先日3人で行ったパン屋。いつの間にかその敷地に杭を打たれ、周辺はおそらくイロクイがうろついていることだろう。
「……」
「もう大丈夫?」
「うん、いつまでも泣いてられないのね」
その言葉にホッとするサン。
「うんうん、六宮さんを探しに行こう」
その言葉にうなづき、涙を拭う城奈。
「これでようやく動き出せそうね。さ、真琴ちゃんもしっかり!」
「わ、わかってるわよ!」
笑いに包まれつつも、合流した一行は翠を迎えに向かう。

そんな翠だが、合流した大人たち2人と談笑しつつ中央病院へと向かっていた。
「そうだよね、色使いも大人になるもんね」
「そりゃそうだ、いつまでも子供で居られんし、力も衰える」
「俺は子供のままでもいいかって思っとったがなぁ、年には勝てんよ」
「やかましい! お前はいつもそうやってぼんやりして……」
そんな話を聞き、笑いがこぼれる翠。
「お、笑ったよ」
「笑っちゃまずかった?」
「構わんでよ、笑え笑え。ムスッとしてる年でもなかろう」
「そうでもないけど……まぁいいか」
何気ない談笑をしてる間も街のあちこちをイロクイが闊歩している。できるだけ2人して翠に見せようとしないが、翠もまた2人の心遣いを鑑み、あえてイロクイに打って出たりはしない。

「わかってるな」
「おうさ、黒の子を無駄に戦わせないだな」
この2人も布津之神社の関係者で、色使いだ。今は昔と比べ衰えたものの、経験では負けていないと自負している。
だからこそ、紫亜たちの代わりに一時的に翠を守る守護者に任せられ、ここに至る。

「それで、どこまでついてくの?」
「どこまでって、まぁキリのいいところでよ」
「お前さん、中央病院に行くんだろう。ならそこまでになるな」
「……いや、先に行きたいところができた」

そんな翠の目の前に見えるのは、あの時入ることができなかったパン屋。
それが今、イロクイの巣窟と化しているのが、目に入ってしまった。


2人は目配せし、首を小さく横に振る。
確かにここにも杭がある。だが、本来の目的はここではなく中央病院だ。

「中央病院に導き、白の色使いと会わせれば勝機も見えよう。寄り道さえしなければだが……」
「そううまくいくか?」
「行かなければ困る。黒の色使いはワシ等の中で一番の戦力じゃからな」
今は巻物もない、公に出ることもはばかられる。願うことしかできない零無は床についている健児の問いに答える。
そう、下手に寄り道され、摩耗したりやられたりしては勝算が消え失せる。それだけは避けたいところだった。翠の守り手たる2人も同じ考えだ。

「なにかあるのか?」
「ここはまた行きたい場所だから」
「行きたい場所かぁ、行ったことがあるとかか」
2人も共感しつつ、意思は曲げられない。下手に否定すれば反発することもわかっている。
「この前きらりと城奈と一緒に行ったけど、具合悪くしてお店には入れなかった。正直公開してる。こんなことになるなんて……」
「だなぁ」
共感しつつ話を引き出す2人。シワの入った顔は若干歪み、いつ襲ってくるかわからないイロクイに警戒をあらわにしている。

「……」
「なにかいいだけでな?」
「お前は使命を忘れていない、そうだな?」
「そらそうよ」
「ならやることは一つだ」
「……なるほど、お前さんはいつも頑固もんだ。曲げようとせず弾かれ者になりやすいよな」
そんな2人の会話を聞き、翠はいぶかしげな顔をする。
「やっぱり、止めようとしてる。戦わせたくないの? それとも零無の入れ知恵?」
「そうだなぁ、嬢ちゃん。半分あたっとる。だが本当の答えはそうじゃない」
そういい、片割れが口を開く。
「ここで別れだ。俺たちはイロクイからこのパン屋を解放する」

「無茶言わないで、色使いの力も衰えたってさっき言っていたじゃん」
「嬢ちゃん、確かに色使い後からは衰えたさ、だが知恵は回るし力もある。まだまだやれるさ」
「……」
「これは俺達の決めたことだ」
「……わかった、また会えるよね?」
「あえるさぁ、むちゃしても今まで死ななかったからな」
「そういうことだ、さぁ行け。友達を大事にな」
ぶっきらぼうな大人の片割れは背を押し、翠はその場から走り去った。

それから間を置かず、パン屋から巨大なジャム瓶をかたどったイロクイとホットサンドプレート型のイロクイが、ガラスを割りながら店の外へい出してきた。新鮮ではないものの、色使いの生命力に感づいたのだろう。

「なんて言ったがなぁ、ちょっと相手がでかすぎるでよ」
「知らん、決めたことは曲げん」
「そういうところは昔からだなぁ、太いの」
太蔵たいぞうだ。構えろ勝利かつとし、名前の通り勝ちを呼び込め」
「あいよ、」

「翠ちゃんが離れた!?」
「うん、多分方向から1人で病院に行ったと思う」
巻物を見ていたさんの報告を受けた紫亜は驚きの声を上げる。翠には色使いの大人2人がついているそれは巻物越しに確認ができた。
だが、黒は離れ薄い灰色と赤色は止まっている。これの示す答えは、別行動だった。
「2人が危ないわ、一旦こっちに合流しましょう!」

翠は走った、走って、走って、犠牲になる人らをも見捨て、ただ走った。
行く先は帆布中央病院。橙藍鬼のいる場所へ


あれからどれだけ走っただろう、あちこちで悲鳴が聞こえる。
できれば助けたい、1人残らず救いたい。だが許されない。名も知れぬ2人が押し出してくれた、その思いを裏切れない。
「帆布中央病院までもうすぐ、この通りを抜ければ……!」
「イロツカイ! タベル!」
イロクイの居る大通りを避け、脇道に入って抜けたタイミング。そこで巨大な標識型のイロクイに出くわした。
相手は真正面、このままでは正面からぶつかって取り込まれることは必至。
「(まずったなぁ)」
諦めが混じり、ゆっくりと大きな標識にぶつかる。イロクイの反応が止まった。
「………」
標識が真っ白になっていて動かない。まるで何かに塗り固められたように。

「みつけたぁ、すーちゃん」
「きらり……?」
白く塗られた標識から顔を出したのは、きらりだった。
だが、明らかに雰囲気が妙だ。服をまとっておらず、代わりにスウツのようにどす黒い何かが顔以外の全身に貼り付いており、赤と青の線が胸を中心に全身を覆い、脈打っている。目は光を失っていて、どこか狂気をおびているようにも見えた。
「まさか……」
「きらり強くなったんだ。なんで強くなったのか知らないけど、とにかく強いんだ。みてみて」
そういい、きらりは真っ白になったイロクイを掴むと、紙でも破るかのように2つに標識を引き裂く。
「ほら、強くなった。これはもういいや」
そういいイロクイを後ろに放り投げるきらり。数十メートルは地面と平行に飛んだイロクイは地面に数度ぶつかり、自らのパーツをばら撒きながら消滅した。
「きらり、もう力はいいから。私のこと、わかる?」
「わかるよ! すーちゃんはきらりの友達だよ」
「うん、だから一緒にみんなのところに戻ろう。その変な格好もやめてさ」
そういうと、きらりはよくわからない顔をする。
「変な格好? きらりは強くなったんだよ? あ、そっかぁ」
きらりはそういうと、思いがけない言葉を放った
「すーちゃんは敵になったんだ。敵ならバラバラにしないと」
「えっ」
そういい、腕をぐるぐると回すきらり。それが振り下ろされる数秒前、翠は反射的にきらりから離れた。
離れた数秒後、振り下ろされた拳は道路を大きく砕いた。
「よけちゃダメだよ。グシャグシャにされてよ」
道路には数十センチに及ぶクレーターが出来上がっている。こんなパンチを食らったらひとたまりもない。
「……きらり、目を覚まして。やっぱりなにかおかしい」
「どうして? あっ、そうか。腕がおかしいんだ」
衝撃でボロボロに砕けた拳。血が滴ったそれをぬぐうと、一瞬で再生させるきらり。何もかもがこれまでのきらりと違っていた。

「治った! じゃあ死んでね」
そういい、きらりはゆっくりと翠に近づいてくる。
翠はゆっくりと離れ、考える。一番の親友と、戦うしかないのかと……。

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