#7 色のない獣と暴走する色

鎮守の森は布津之神社の裏に広がる広い森だ。どれだけ広いかというと、きらりいわく公園の森より広いと聞く。
紫亜を先頭に翠達は報告を受けた変なイロクイを退治するため、鎮守の森へと足を踏み入れる。
「ここにはおとなしいイロクイもひっそり生活していた――んだけどねぇ」
「最近変なイロクイがこの森に迷い込んでね。悪さをしてるのか妙な唸り声やざわめきが響くようになってるの」
「なるほど。それって住んでるイロクイの仕業? というかイロクイが何で定住?」
「どうでしょうね。イロクイは生命力を吸って領土を広げたがる性質を持ってるから、森などの自然の多い場所は好都合なのかもね」
翠はイロクイについてまだまだよくわかっていない。ただの怪物とすら思っている。だからこそ紫亜の話は価値を感じた、もしかすると、イロクイは単なる怪物とはまた違う何かかもしれないと。
「そういえば、紫亜さんと真琴の色ってなに?」
道のりを進みつつ、翠が話を切り出す。
「あら、そういえば話してなかったわね。私の使う色は青の色。気力を奪う色よ」
「私は紫の色。そうね、従える色というべきかしら。染めた対象を従わせて操るの」
「何それこわい」
「大丈夫! 真琴ちゃんはすーちゃんを操ったりはしないはずだから」
その自信はどこから出ているのだろうか。きらりは相変わらずだが、そんな和やかな雰囲気を打ち切るかのように目の前をのっそりと、白い生き物が通り過ぎる。
「もしかして……あれ?」
「多分あれかも」
のっぺりとした表面、目がなくじょうごのような口は不気味ささえ感じる。今までのイロクイは木だったり草だったり、あるいは動物っぽかったりとモチーフがあったが、そのどれでもない。
「あれね。それじゃあ一気に戦力を集中して」
「覚悟ーっ!」
「真琴!?」
真っ先に切り出したのは真琴だった。その手には神社で手に入れただろうほうきが握られており、その先端には紫の色がうねっている。
「まずは一発!」
ほうきの持ち手を紫に染め、突きを入れる真琴。くぐもった声が響くとのっそりとこちらに姿を向けた。
「もう一発!」
だが真琴は[[rb:揺 > ゆ]]るがない。さらに一発。しかし謎のイロクイも揺るがない。
「三段突きっ!」
そしてもう一発。するとイロクイの身体に紫の線が入り、動きが鈍くなる。
「効いてる……?」
「これよ、これが私の力。どうよ!」
直立したままのイロクイは動かない。これで問題はないのだが、紫亜は青ざめている。
「そしてあんたにも見せてあげる、私の力を!」
そして、真琴の目は紫に染まっていた。


真琴の言葉と共にイロクイがのっしのっしと向かってくる。その先にいるのは、翠だ。
「なんなのあれ?」
翠は黒の色を放ち、距離をとる。黒の色は謎のイロクイにも効いているのか、数歩よろめく。
見るからに暴走している真琴を見て、紫亜はため息をつく
「さっき色の昔話をしたでしょ? 色っていうのは感情に応じて力が上下するの。下がってもただ威力がない、なら上がればいいという訳でもない。ちゃんとしたバランスが必要なの。真琴はそれを欠いている、感情がたかぶり過ぎて色に飲まれてるのよ。」
「なんか知ってる口調だね」
「それは……何度も見てるからね。武器を手にしてそのまま暴走する姿を」
これにはさすがに翠も同情したが、そんなことを言ってられない。このままでは襲われるのは自分だ。
「とにかく、どうすればいい?」
「真琴は私が抑える、翠ちゃんはあのイロクイを……あれ、きらりちゃんは?」
「そういえば」
翠はきらりを探す。そこには何かをくわえているイロクイの姿。そしてかすかに見えるのはきらりの頭。かすかにむーっ、むーっという声も聞こえる。
「き、きらりちゃん!?」
「あぁもう」
黒の色を乱射する翠だが、きらりを咥えているせいか効きが悪い。身体に刻まれた紫の色も白く戻り始め、動きが激しくなり、そのまま大口を開けなおし、きらりを飲み込んだ。
紫亜は卒倒そっとうしそうになっているが、翠は妙に冷静だった。きらりがこうした境遇に見舞われるのに離れているのか、何か手はないかと周囲を見回していた。
「試してみるかな」
そこにあったのとがった木の枝。それに黒の色をまとわせる。恐ろしい程黒々とした、漆黒の槍を手にしたとき、イロクイが鎌首をもたげ、翠に突っ込んできた。
「きらりに刺さりませんように!」
それに対し翠は逃げず、木の枝を突き立てた。
『!!!!!』
声にならない声をあげてイロクイの腹は炸裂し、身体は灰になる。腹の中には白い液体がたまっており、その中に服や髪が白化しかけたきらりが入っていた。
「うぅ~、何とか助かったよ」
「よ、よかったぁ」
白い液体は即座に気体となってきらりに吸収され、元の色に戻っていく。
「きらり、今度はもう少し後ろにいたほうがいいよ」
「むぅっ、そんなわざと捕まったみたいに言わなくてもいいのに」
言い合う2人をぽかんとした表情で眺めていた紫亜だが、次第に元に戻る。
「(なるほど、そういう関係性なのね。なんだかんだで寄り添う仲、それも悪くないかも……)」


「ちょっと待って! 私を忘れてない?」
「あ、まだ荒ぶっていたんだ」
翠の言葉にぎりり、と歯噛はがみする真琴。そしてそのまま翠へと襲いかかる。
「真琴いい加減にしなさい! 落ち着かないならこれを使うわ!」
紫亜は手から青の色を生成し、投げつける。しかし色はほうきで両断され、真琴は翠につかみかかる。
「あんたの力が必要なんだよ、私には!」
「嫌だ、仲良しごっこなら紫亜とでもやればいい」
「いいや黒の力がないとダメだ、私にはわかるんだよ。[[rb:藍 > らん]]を助けるには力が足りないって!」
「藍?」
どこかで聞いたような名前を聞き、疑問に思う翠。かすかに覚えているような、そうでないような……そう考えているうちに力負けし、押し倒される。
「真琴……まだ藍のことを」
紫亜が引きはがそうと青い色をぶつけるが、高ぶりが強すぎてなかなか落ち着かない。
「(なんだかよくわからないけど、いったん降伏しようかな)」
「組み付いてる、このままお前を操ってうなづかせても――あがっ」
このままではらちがあかない。翠はあきらめて負けを認めようとしたとき、真琴の拘束が緩んだ。
「な、なに?」
翠が抜け出すと、そこに居たのは地にうなだれた真琴。そして、全身真っ白な鬼の少女。髪も角も、そして目も白く、そして腕だけが真琴の色を吸い出したのか、紫に染まっていた。
「色神、様……どうしてここに?」
「鎮守の森に妙なイロクイが出たと聞いてな、あまりに遅いようなら様子を見ようと思ったまでよ」
色神様と呼ばれた少女は腕を振るい、紫の色を捨てる。石膏彫刻のように真っ白な手と腕だ。
「どうやら例のイロクイは退治したようだな。なら帰ろう。真琴の後始末は後程、今は……黒の色使いだな」
「翠」
「失礼、翠だな。話がしたい」
「私からも謝りたいし、話がしたいわ。物語じゃない話をね」
紫亜がおんぶするように真琴を背負い、翠がきらりの肩を持ち、帰路につく。しかし、翠の中には妙な違和感があった。
「(藍……確かに覚えあるんだよなぁ、それに色神だけど、鬼?)」
まだまだ疑問点がたくさんある。この疑問点を少しでも解ければと思うばかりだ。


「今回はごめんなさい。私たちも焦りすぎてたわ」
「結果的に私も出ることになった。修行が足りんな」
紫亜と色神が思い思いの言葉を翠に話す。だが翠にとっては自分の悩みを解決させる方が先決だった。
「色々聞きたいことがあるんだけど、ええと……紫亜と、なんて呼べばいいんだろう」
「零(ゼロ)に無と書いて『れいむ』でいい」
「色神様!? その名前使うんですか?」
「問題なかろう、お前がつけた名前だし」
「……それで零無、藍って誰なの?」
「藍は橙の色使いだ、そして――」
「私と真琴の幼なじみ。きらりちゃんとも面識があるの、だけど……なぜか記憶が消えていくの」
それを聞いて翠は思い出す。確かテレビで出ていた行方不明者の一人だ。だが、行方不明者の情報は日を追うごとにされなくなっていく。
「記憶から消えていく、そんな何かがあるはず」
「勘が鋭いな翠。だが、お前がこっちに来なければこれ以上は話せない」
この鬼は何か隠している。翠はそう考えるも、ここから先に進む一歩が踏み出せない。踏み出さなければわからないままというのに。

「……」
「う、うーん」
「きらり、起きた?」
「うん、あと、話もちょっと聞いてた。多分ね、翠ちゃん怖がりなんだなって。でも、今まで引っ張ってくれたし、そんな風に引っ張ってくれればなって思うの」
きらりの言葉に少し考え、そして意を決する。
「…………わかった。仲良しごっこはともかく、力を合わせるのはいいよ」
「ありがとう。では言おう。この街にはある呪いをかけている」
思った以上に重い告白に、翠は絶句する。
「それは色使いにまつわる事柄――色鬼やイロクイを含めた事柄は、砂の城のごとく速やかに忘れ去られるというもの。それは色使いも例外ではない」
「どうしてそんなことを?」
「仮にこの呪いがない場合、人々はイロクイにまつわる事件が起こるたびに傷つき、色使いはイロクイを退治すれば英雄視されるだろう。逆もしかり。だが、それを子供であるお前たちに求めるのは酷なこと。故にこの呪いをかけた」
「……」
「色の力というのは使いようによっては強力なもの。翠ちゃんもわかってるはず。だからこそ人はその力を求める。私たちはそういう人達のしがらみに囚われるつもりはないわ」
あなたの言ってた仲良しごっこみたいにね、と告げる紫亜。彼女もまた考えていたのだ。

「さ、今日はここまでにしましょう。暗くなる前に帰りましょ?」

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