#10 色禍色災(しきかしきさい)

次の日、一行は布津之神社に集まっていた。翠が共闘にOKを出したため、紫亜によって集まる機会を設けることとなった。その初回が今日にあたる。
「おはよーなのね!」
「おはよう城奈、それに六宮さんと七瀬さんも」
「おはよう……城奈だけ呼び捨て」
「何かそんな関係とか?」
「かっからかわないてよぉ」
そんな話をしていると、社務所の裏から巫女服姿の紫亜と真琴――そして色神こと[[rb:零無 > れいむ]]も出てきた。
「おはようみんな。色神様も今日は珍しく出てくださったわ」
「まぁ言って久々よね、色使いがこうやって集まるのは」
藍という欠員がいるものの、
「うむ、ここでわちゃわちゃと立ち話もなんだ。中に入って話をしようじゃないか」

零無の寝床である神殿に入った一行がまず見せられたのは、少し前に零無が広げていた巻物だった。
「この街にもう一人色鬼がいる、なんて名前かは知らんが、元は橙の色を持つ鬼だったことから橙藍鬼とうらんきと呼んでいる」
「藍を取り込んだから橙藍鬼、ね」
翠は名づけ方に不満げな口調で返したが、こう付ける他にない。あまりに知っている情報が少なすぎる。
「この白い柱はなんなのね?」
「これが私もさっぱりでの、つい昨日浮かび上がった。何か奴が仕組んだかもしれん」
零無も何かを感じているが、突然現れた光の柱の対応に戸惑っているようだ。
「そういえば昨日藍ちゃんとあったよ! にらまれたけど」
「きらり! それってホント!?」
「嘘じゃないのーね」
「でも、色鬼のような感じがした。きっとあれが橙藍鬼になった藍だと思う」
それを聞き、少し安どの表情を見せる真琴。
「そう……助けだせるかしら?」
「大丈夫よ、こんなに色使いがそろってるのですもの」
不安げな表情の真琴に、紫亜が優しく声をかける。しかし、本当に助け出せるかは当たってみないとわからない――それでも不安をまき散らしたくはなかった。

「さて、話も長くなってきたし、そろそろお茶にしましょうか!」
「あっ、僕も手伝います」
「きらりも!」
「じゃあ私はいいや」
不安をふっ切るように紫亜が声を上げ、それに色使い達が同調する。紫亜のような年長の色使いにとってはほほえましくもある光景でもあった。

「そんなに慌てなくてもいいわ、それじゃぁ――」
その時だった。神殿が轟音と共に大きく揺れ、天井から粉塵が飛び散った。
「な、なに!?」
「わからん、ちょっと待て」
「いや、もう間に合わないと思う」
零無が意識を集中し、外の様子を見ようとするも、その間にも、どしん、どしんという音は連続して響き、そして、何者かが屋根を突き破り、降りてきた。
「……グルルル」
「これって……」
「一ノ瀬 健児」
確かにその風貌は行方不明になっていた健児その人だった。だが、様子がおかしい。目は真っ赤に染まって正気を失い、全身を張り巡らされたように覆う橙色は、ヒビのようにも見えた。

「皆、まずいことになった。色禍しきかが始まる!」
健児によって蹴りやられた巻物の色が白から黒に変わり、光の柱からあらゆる色があふれ出す。そして、ゆっくりと街を飲み込み、混ざり合い始めた。


10時過ぎの帆布中央公園、休みとあって子供や子供を見守る子供たちがたくさん居たこの地は今、悪夢と化している。
公園を暴れまわる数々のイロクイは森で育ったもの。本来であればおとなしいイロクイだったが、立ち上るカラフルな色の柱によって狂暴化していた。
「た、たすけて」
「ダメだ、俺のモノになれ」
それだけではない。巨大なジャングルジムのイロクイが誰かれかまわず捉え、ジャングルジムに絡ませている。
「せめて子供だけ……」
そう懇願こんがんした親もまた、ジャングルジムイロクイと呼ぶべき存在により淡い色に染め上げられ、鉄の棒に、ジャングルジムを構成する一部に変えられる。
「お母さん!」
そして子供もまた、狂暴化した樹木イロクイにつかまり、木に変えられていく。
残った子供や親も必死に公園から逃げだしていく。今、ここにはイロクイしか残っていない。

そして同時刻。帆布センター街も地獄と化していた。
パン屋は商品が次々とイロクイとなり、もはやパンの香りはツンとした強烈な生命力の香りによってかき消されていた。
「何よこのバケモノ!」
「警察はまだなの!?」
昨日パン屋で騒いでいたおばさんたちも例外ではない。今日は早く並べた彼女らは運悪くパン屋に閉じ込められてしまった。
「……」
「邪魔よ!」
おばさんの片割れが歩き回るジャムのビンをると、壁にぶつかりビンが砕け、中身が飛び散る。
「なによこれ! ちょっとあなたも――」
ぐちゃり、とした触感が手から伝わる。その主は先ほどまで人間だったもの。一緒にパン屋に抗議していたおばさんの片割れは人の形をしたジャムの怪物になっていた。
「ひ、ひぃぃ!! 私の手が!」
手だけではない、顔や服もどろどろのジャムに変わっていく。それは恐怖以外の何物でもなく、逃げようにも足が崩れ、そのまま倒れる。
「ア、アァァ」
「ヤ、ヤメテ」
だが、それだけに終わらない。
「イラッシャイマセ」
「サンドイッチニシマス」
食パン型のイロクイは芳醇な香りを立てつつ、両手のカット食パンをジャムイロクイとなった2人をそれぞれ挟むようにたたきつけた。
「!!!」
ぶちゅり、という音とともに崩れたジャムはパンに引っ付き、そのままサンドされる。
「アリガトウゴザイマシタ」
挟んだしたパンは徐々に余分なものが落ち始め、人型になる。
「……」
「……」
ジャムイロクイからサンドイッチイロクイになった2人は、ふらふらと店の外に出ていく。

街の外にも車や標識がイロクイとなったものが徘徊しており、人々を襲っては新たな標識にしたり、地面の一部にひきつぶしたり、あるいは取り込んで車のペイントにしている。
そんな地獄の中心を示すかのように、カラフルな光の柱が立ち上っていた。


「なるほど、おおよそだが分かった。奴め相当急いだな」
屋根に穴の開いた神殿で色使いと暴走する健児がけん制しあっている。まだ互いに動かないが、いつ健児が襲い掛かってもおかしくはない。

「どういうことです? 色神様」
「奴は地脈の生命力を色に変えて放出させているのじゃ。これをやるには直接地脈に穴をあけるか、特殊な呪いが必要。奴は呪いに長けた色鬼じゃから後者しかない」
「ということは、呪いの素があると?」
サンの答えに『左様』と答える零無。地図を見れば白い柱はカラフルな柱に変わっており、謎の光柱の正体を鮮やかに示している。
「!!」
「サン君あぶないのね!」
「させない!」
素早くサンの前に出て、健児の身体を押さえつける紫亜。
「くっ、色神様。このまま放置してるのは危険です」
「そうじゃな。よし2手に分けるぞ。翠、城奈、真琴、きらりはこの地図で柱のもとになってるものを壊しに行ってくれ。わしとサンで作戦を練りつつ動く」
「紫亜さん大丈夫なの?」
「平気……といいたいけどまずいわね。あまり色神様が顕現している姿を大人に見せたくはないし」
「……わかった。無理はしないで」
多分ここでも何かあるのだろう。翠は何かを察し、出る準備をする。
「緊張するな―、すごい戦いになりそう」
緊張感のないきらりに対し、城奈の顔はさえない。
「どうしたの?」
「……お父さんの守ってた町がめちゃくちゃにされてるのが許せなくて」
「そうかぁ、でも大丈夫。今度はきらり達が守る番だよ!」
「そうね、うまくいくかは後回し。今はその柱というのをたたいて色禍を抑えないと」
真琴も神殿にある訓練用長棒を手にする。
「真琴」
「なに?」
「武器を持つなとはこの際言わない。だがお前が一番上だ、みっともない真似を見せるんじゃないぞ」
「……わかった、頑張ってみるわ」

それぞれが目的のために動き出す色使い一行。急いで出発する中、翠は社務所を覗く。
社務所のテレビでは緊急特番が流れ、街の状況がライブカメラで映し出されている。おどろおどろしい光景に『ショッキングな映像が流れる恐れがあります』というテロップが流れ、緊迫した雰囲気が漂っていた。
「……紫亜のことは気にしてないの?」
「ん? 色使いの子かい? 巫女――紫亜ちゃんなら少し目を離しても大丈夫さ。それに神殿は不可侵。我々が勝手に入れないんだ」
「そう、でも――」
「翠ちゃんはやくなのね!」
「わかった。話聞いてくれてありがとう」
「あぁ、俺らは紫亜ちゃんの指示を聞いてから動くよ」

それはしがらみか、それとも単なる無関心か。わからないまま神社から出る。
向かう場所は、帆布中央公園。


帆布中央公園にはすでに人らしい影はなく、奇妙なオブジェクトばかりが散らばっていた。
「なに、これ」
「多分、変えられた人たち?」
木に取り込まれ、人の形をした幹とかしている物体や、人の形をした鉄の柱に鉄棒がついているなどの光景は明らかに異常だった。その中でもひときわ目立つ物があった。

「あれ、見るのね!」
城奈が指をさす先に見えるものは、人が取り込まれているジャングルジムだった鉄の棒が絡み合うように人が取り込まれており、じわじわとジャングルジムの一部に変わっていくさまは、まさに『食われている』と言って差し支えなかった。

これまでに見たイロクイはすべて自然が怪物になったものばかりだった。だが今回は違う。非生物であるジャングルジムもイロクイになっている。それほどに噴出した生命力が諸々の物体に与える影響が強くなっているのだろう。

「たすけて!もう足が動かないし手も動かない、このままじゃ……」
「わかった、今助けるからもう少し待ってて」
そう思い突っ込もうとしたところに、ふと『情けない姿を見せるな』という零無の言葉がよぎる。そうだ、ここで暴走している余裕なんてない。
真琴は深呼吸をする。

「城奈ときらりは色の吹き出してるのをなんとかして。私と翠は――」
「あのジャングルジムを何とかすると。わかった」
それぞれOKを出し合い、2手に分かれる色使いたち。ジャングルジムイロクイもそれに気づいたか鈍く動き始める。
「動きが遅い。いやちがう、囲い込んでいるの!?」
「色の吸いすぎで頭が良くなってたりね。とにかく先手いただくよ」
翠の黒色が空を飛び、ジャングルジムイロクイに命中すると、[[rb:呻 > うめ]]くように体を揺らし始める。
「色をまとって……っくぅ!」
長棒に紫色をまとった瞬間、真琴が苦痛の悲鳴を漏らす。流れ込んでくる衝動は、たしかに真琴自身のもの。『戦いたい』『カッコよく戦いたい』『暴れたい』『気持ちよく暴れたい』という衝動は際限なく真琴にささやきかけ、暴走を促そうとする。
「真琴、まずいなら色を使わなくてもいいんじゃない?」
「でも、ただ殴りつけて勝てる相手じゃない」
「!!」
ジャングルジムイロクイが攻撃をためらう2人を薙ぎ払うように体を動かす。
「うわぁっ!?」
真琴の体が大きく吹き飛び、茂みに突っ込む。
「う……これってまずいんじゃ」
翠のまわりを木や鉄棒、ジャングルジムといった様々なイロクイが輪を縮めていく。
翠も近寄られないように色を飛ばすが、3対1では不利なのは否めない。
そんな翠を尻目に、真琴の意識は薄れつつあった。


「……」
『あなたは何になりたい?』
「ここは?」
『ここはあなたの心の中。そして私はあなたの心』
真琴はぼんやりとした意識の中、そう答える。
「……私は、守りたい。色んな人を守りたい」
『それは建前でしょ? 本当のことを話して』
「……カッコよく人々を守りたい」
『そう。それがあなたの強みであり、弱い部分』

真琴は昔からヒーローに憧れていた。強く、かっこいいヒーローの存在は印象強く残り続けている。
だからこそ、ヒーローのようにカッコよくスマートに戦いたかった。剣術も、色使いとしての戦いも。

「でも、私は戦えない。ちょっと力を使っただけで暴走してしまうのだから」
『それは極端だよ』と、意識が告げる。
『誰だってやりすぎてしまうときはある。そんな時に本当の力を引き出しているもの』
「……」
『あなたに必要なのは――』
「私に、必要、なのは……」
意識が明るく変じ、声が遠くなっていく。答えが出ないまま……。

「やっぱりこれはまずいかな。でも武器になりそうなものもないし」
真琴が蹴散らされたあと、翠はイロクイによって取り囲まれていた。四方に逃げ場はなく、色を放っても吹き出る生命力のせいですぐに回復されてしまう。
「もう、だめなの?」
「まだわからない」
まだ真琴がやられたわけではない。復活に賭けたいがその間もイロクイは体をきしませたり葉を揺らしたりして意思疎通を取っている。
「(やっぱり知性を持っている。このイロクイ達……)」
そして、なにかの意思を決定し終え、目の前の少女の首に鉄棒をかけ、押し込んでいく。

「助けて! まだ死にたくない! いやぁぁぁ!!!」
奥に押し込まれていく少女の声が徐々に小さくなり、それが聞こえなくなった頃、ジャングルジムのてっぺんにいびつな、人の面影を残す新たな段が出来上がった。
もはや万事休すか、翠が覚悟を決めたその時、草むらから紫色の刃が飛び出した。
「!!!」
紫色は油断しきったジャングルジムイロクイに命中し、動きを鈍らせる。そして、飛び出した人影がそのままジャングルジムを打ち据えると、そのまま動かなくなった。
「おぉ……無事だったんだ、真琴」
「えぇ。けど、今は話している余裕はない!」
そのまま襲いかかる2種のイロクイ。それに向かい、2人が構える。
「せーのっ!」
「五木流秘技、紫煙連段!!」
一瞬翠がキョトンとしたものの、放たれた黒色と紫の連撃は確かに樹木と鉄棒のイロクイを鎮めることに成功した。

「ふぅ、危機一髪……ではなかったわね」
「あまりいい気分じゃないけどね。ところでさっきの技名は?」
翠の言葉にうっ、と言葉をつまらせる。
「あー、ほら。私って高ぶると暴走しがちじゃない。それを正義のヒーローってことにして抑えてるわけ」
「まぁ、堕ちない限り正義の味方は正義の味方だしね」
「なんか言った?」
「別に。とりあえずきらり達の方は――」
その時、真琴のアプリにメッセージが届いた。
「なになに……えっ」
「どうしたの?」
真琴は一瞬言おうか悩んだが、意を決して話す。
「きらりちゃんが、色鬼にさらわれた」

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