#9 消えた色と街の彩り

今日は日曜日、翠はぼんやりとリビングのテレビを見つつ、用意されていた朝ごはんを食べていた。
「今日のニュースはネットで話題のこのワンちゃん!」
「……」
「あの有名なパン屋が帆布センター街に出店!さっそく――」
「……」
「人々を石にするなんて、絶対にゆるさない!」
翠はため息をつき、リモコンでテレビの電源を切る。母親は町内の催し物に駆り出され、父親は今日も仕事でいない。いっそのこと母親についていくのも悪くない話だったが、今はそれどころではなかった。

「ふぅ、なんかいろいろありすぎてなんだか」
テレビを見ても藍や健児の情報はおろか、行方不明の事件も流れない。これが零無の言っていた『街にかけた呪い』ということか。
「それにしてもどうしよう、ゲームでもしてようかな」
とにかく落ち着かない。感情の整理もつかない。
「あのままOKだして大丈夫だったかな」
共同戦線は結んだものの、真琴は暴走するし、紫亜は頼っていいかいまいちわからない。零無に至ってはまだ信用できない。町のためとはいえ何かありそう。そんな悩みが渦巻いたまま、母親の誘いにNOだけいって留守番したのが今の状況だ――が、ヒマになってしまった。
「町の危機って言われてもピンと来ないし、まぁ行方不明の人が見つかればいいんだけどさ」
そんなことをつぶやきつつ、食器を流し台に持っていき、洗う。いつも他人事で物事を見ている翠だが、今日は違っていた。

そんな時、スマートフォンが鳴り響く。普段は通知音だが、今回は珍しく着信音だ。翠はあわてて手をふき、スマホをとる。
「もしもし?」
「もしもしすーちゃん、きらりだよ! 遊びいかない?」
「だったらメッセージでもいいのに……どこに行くの?」
「センター街! 新しいお店ができたから早めに行こうかなって」
「……どこ?」
「パン屋」
確かテレビで見たときは長蛇の列だったが、それでもか。
「……どうしても行きたい?」
「うん」
「おっけ、今から準備する。公園集合で」
「うん!」
急いで着替え、準備する翠、留守番を頼まれたが鍵も手元にあるし問題ないだろう。

そして待ち合わせの公園。
「おまたせー!」
「いや待ってたのきらり……と、城奈」
そこにいたのはきらりだけだと思ってたが、なぜか城奈もいた。
「えへへ」
「えーと、おはようなのね」
今日の翠の服装はシャツにデニムズボン、そして帽子。シャツは翠が選んだものだが、キャラクターが前面に乗っているので母親からの受けが悪いのがネックだ。一方のきらりは水色をベースにしたシンプルなワンピース。
「いつものおそろいな感じもいいけど、こういうのもいいよね」
「まぁ……うん」
「う、うん」
白のフリルシャツにスカート姿の城奈は気まずそうしている。翠も同じだ。


「着いたー!」
帆布センター街。ここは帆布市の中心部であり、奥には他の駅につながる帆布駅もある。センター街はこの駅を中心にするかのように整備されており、様々な店やオブジェクトが立ち並んでいる。
今日の目的地はこのセンター街にできたパン屋。本格食パンの店という訳ではなく、様々なパンがおいしいと有名なお店だ。

「(この前言いすぎたからなぁ)」
「(ちょっとこわそう……)」
そして翠と城奈は終始こんな感じだ。城奈の目を覚まさせるためとはいえ、ドストレートに言い過ぎた翠に対し、城奈は城奈で言動を改めようとしていた。が、翠にはうまく切り出せないのも当然といえば当然だ。
「いいにおいするねー」
そしてきらりは2人なんてどこ吹く風。見事にばらけた道中はなんとも言えないギクシャクとした空気が漂っていた。

そんなこんなで歩いていると、目的地のパン屋の近くにまでやってきた。周囲からはパンのおいしい香りが漂い、3人の鼻をくすぐる。
「おいしそう……」
「うん、ここのパン屋は有名店なのね」
「ちょっと並ぶけど入ってみよう?」
きらりはそい指をさすが、そこは道の切れ目だった。
「……きらり、あれじゃない?」
「あれ?」
翠が改めて指をさした先は道を挟んではるか先、立て看板を持っている人が小さく見える。
「それでもいこう! 来たんだし」
「きらりちゃんはいつもこうなのね」
「まぁ私も慣れてるし」

やはり看板はパン屋の最後尾を示すもので、入るまでにおおよそ1時間はかかると書かれてあった。
「むーぅ、こんな時に城奈ちゃんの力があればなぁ」
「きらり」
「そうそう、こういうので迷惑をかけちゃ良くないのね」
先ほどと比べると大分話すようになった3人だが、各々伺いつつな所はある。そんな空気をあえて読まないような発言をするのがきらりだ。
「きらり達の後ろも並んできたね」
「まぁ、有名店だし?」
「ただの有名店じゃないのね……そうだ、ちょっとぐらいならおこずかいもらってるし、城奈がおごるのね!」
「城奈、それだとこの前話したことの繰り返し……げっ」

翠は城奈の悪いクセをとがめつつ財布を探した……が。
「ない、財布がない」
「もしかして忘れてきたとか?」
「盗まれたってことはないし……」
あわてる翠に城奈はどうしようか一瞬迷う。しかし意を決して伝える。
「じゃあ城奈が今回払って、あとで返すってのはどうなのね?」
城奈の提案に目を丸くする翠。
「……それなら、いいけど」
急な提案にこわばる翠だが、妥協点でもある。『城奈もやればできるじゃん』と思う翠の正気を取り戻すように、きらりが手を引っ張る。

「ほら、前進んでるよ、行こう!」
こうしてきらり一行はパン屋へ近づいていく。


「ようやくお店の前だよ~」
「長かったのね~」
店まであと数メートル、お店の中からパンのいいにおいが漂い、色んなパンがガラスの窓からちらりと見える。
「翠ちゃんのパン代も何とかなったし、何買おうかなぁ」
「きらりはのんき……ん?」
ぼんやり待っていた3人だが、何やらパン屋の中から甲高い声が発せられ始めた。

「ちょっと食パンがないじゃないの!」
「申し訳ありません。この時間の食パンは売り切れてしまいまして……」
「何とかならないの!? 1時間も並ばせといて無責任よ」
どうやら食パン目当てできた人が文句を言ってるらしい。列を並んでる人も異変を感じてざわつき始める。

「まったく、おいしい食パンだからっていやしいのね」
「でも、それほどおいしいってことなんだろうねきっと」
「…………」
「どうしたの翠ちゃん?」
城奈がうかがうと、翠の顔が真っ青になっている。
「あわわ、どうしよう」
「とりあえず……ここから離れるのね!」
「えっ、パン屋は!?」
「パン屋と翠ちゃんどっちが大事なのね?」
「……すーちゃん」
「よし決まり、こんなやかましいところよりおいしい喫茶店にでも行くのね」
翠の様子に大人も数名心配そうに声をかけていたが、城奈が応対し列から離れる。

「ごめん城奈、私こういうの苦手で……」
「気にしないのね。それにパン屋は逃げないのね」
「うんうん、色使わなくて大丈夫?」
「大丈夫、ちょっと落ち着いてきた――ねぇ、あれ」
翠が周囲を見ていると、どこかで見たような姿が見える。
色合いこそ違うものの三つ編みにやや細く、メガネがあればマッチするような風貌の少女。

「あれって――」
「確か――」
思い出そうとしてももやがかかったかのように思い出せない。だが、1人思い出せる人がいた。
「藍ちゃん! 無事だったん、だ……」
藍と呼ばれた少女はきらりの目の前でひとにらみし、素通りしてしまう。その眼は人ならざる赤々とした瞳だった。
「な、何だったんだろう? 藍ちゃんのような、そうでないような……」
「確かに妙な感じだったのね。もしかすると……」
「……ねぇ、いい?」

2人の会話に翠が入り、告げる。
「あの人から零無と同じ雰囲気がした。きっと、あれは色鬼と思う」


藍が色鬼ではないか、と考える翠を解放する形で、一行は城奈おすすめの喫茶店に向かった。
「ここもきれいでいいところだね」
「うんうん、喫茶店は雰囲気も大事なのーね。翠ちゃんはもう大丈夫なのね?」
首を縦に振り、翠は話を切り出す。
「確かに藍って人っぽいんだよね。あちこち違うけど」
「それで合ってたのね。城奈もかなり忘れてたけど、きらりちゃんのおかげで思い出せたのーね」
えへへ、と返し、メニューを閉じるきらり。
「藍ちゃんには昔から真琴ちゃんと一緒に遊んだりしてたんだ。泥だらけになったり、イロクイから逃げてきたりして紫亜ちゃんや紫亜ちゃんのお父さんにおこられたこともあったよ」
「思ったよりアグレッシブだった。とにかく見てくれは藍だってのはきらりが証明してくれた。でもあの雰囲気は零無っぽかった」
「ぽいといっても……どんな感じなのね?」
「なんかこう、[[rb:禍々 > まがまが]]しい感じ、しなかった?」
「城奈はあんまりしなかったのーね」
「あー、えーと……きらりはすごくしたけど、にらまれたからかなって」
「色使いによって感じ方が違うってことはないと思うのね。となると――混じっているのーね?」
混じっている。それは藍の身体に色鬼が巣食い、いいように操っていることを[[rb:示唆 > しさ]]していた。

「そんな色鬼が何で街を歩いていたのかさっぱりだけど……あっ、注文きたのね!」
城奈はアイスティー。翠はオレンジジュース。そしてきらりはメロンソーダにふわふわのスフレ状のホットケーキも頼んでいた。
「ちゃんと食べられるのーね?」
「食べられなかったら2人に食べてもらえばいいし!」
「もう……まぁいいけど」
きらりの屈託ない笑顔に2人の顔がほころぶ。そらは昼から夕方に変わりつつあり、外の夕焼けは街を染めるかのように照らしつつあった。

きらり達が喫茶店で団らんをしている頃、デパートの屋上、橙藍鬼と化した藍とボロボロに汚れた健児が人々に交じり街を見下ろしている。
「朱音、うまくやったようだな。渡しておいたくさびを打ち込んでくれている」
橙藍鬼とうらんきの目には白い光の柱が街のあちこちに立ち上っており、その中に翠達が立ち寄ったパン屋もあった。
「それに色使いどもの様子も見れた。あの怯えた様子なら楽にこの街を乗っ取れる。俺の国が作れる」
「そのために……あかね、お前には最後の仕事をやってもらう。色使いの処理だ」
「…………」
笑いがこぼれそうになるも抑えつつ、健児の額に指を突き付け、色を流し込む橙藍鬼。健児の体が[[rb:震 > ふる]]え、棒立ちのまま気絶する。
「これでよし、この爆弾が破裂するころには……さて」
街は夕焼けで紅く染まり、まるで街そのものが橙藍鬼のものを示すかのようでもあった。

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