#8 隠された色

紫亜は翠ときらりを送ったのち、神殿に戻る。和室の近くにあり、神社の土地神であり色神――すなわち零無をまつる場所であり、彼女の寝室でもあった。
「色神様、あれでいいんですよね?」
「まぁ、あれでいいだろう。あぁいう他にない。思った以上に闇を抱え、しかし強い力を持った子だ」
「でも、そんな子すら戦線に駆り出すのは、ちょっと抵抗が……」
「それを飲みこむのも色神の巫女の仕事。事態は思ったよりも思わしくない」
零無が棚にしまっていた巻物を広げる。そこには帆布市の図面が浮かび上がり、その一部が暗色に渦巻いていた。
「お前たちが倒した奇妙なイロクイも、行方不明事件も、元凶はここが根城。早々に叩かなければ良からぬことが起こりかねない」
「……私にできることは?」
「ないな、むしろお前はよく頑張っている。しいて言えば真琴、あやつの暴走を抑えるか制御すること。そして色使いの戦力を整えること」
「やっぱり山のようにありますね。わかりました」
そういい、神殿から出る紫亜。一つため息をつき、電話をかける。かけた先は城奈だった。
「もしもし、紫亜です。翠ちゃんのことだけど」
「ありがとうなのね、きらりちゃんには申し訳ないけど、スムーズに紫亜さんの所に導くことができたのね。それで協力は?」
「取り付けたわ、ただし呪いのことも話したから、負担にならなきゃいいけど」
「大丈夫と思いたいのね。翠ちゃんは割り切りができる子だから」
そう思いたいけど……とつぶやく紫亜。
「行方不明の人がどれだけ救えるかはわからない。でも藍だけは」
「紫亜さんもあまり思いつめ過ぎないようになのね。細かな合わせは城奈からサン君に伝えておくのね!」
「えぇ、よろしく」
電話を切り、資料をまとめる。その眼にはまだ力が宿っていた。

一方、生命力が戻り、和室で落ち込んでいる真琴。功を焦っていたのかもしれない。それでも迷惑をかけたことは事実だ。
「……次こそは制御しないと」
そのためにはどうするべきか。真琴は自分なりの答えを見出すために、置いてある訓練用の竹刀に手をかける。
「そのためには、ただ無心に鍛錬するのみ!」
真琴が無心の境地に至れるかはわからない。だが、何もやらないよりはやるべきという意思は、真琴を着実に強くしていくだろう。


場所は変わって帆布中央病院の個室病棟。ここには橙藍鬼と化した藍が匿われている。色使いに関する事柄が消えていく中、この個室には『謎の少女が院長の指示により入院している』という状況だけが残っていた。

ここに通う人はナースとあと1人。朱音と呼ばれ、あちこちを駆け巡らされている健児だ。
「戻りました」
「ご苦労。体も動くようになってきたし、あとはお前の働き具合で事が起こせるな」
褒美ほうびといわんばかりに切られたりんごをフォークに突き刺し、健児の口に持っていく。
「……」
健児は与えられたりんごをかじる。忘れられたことにより、まともな食事ができてないのも事実だ。
「色使いの神社にいたシロクイは?」
「倒されました」
「そうか、まぁいい。色を増幅させる引き金はこちらでも感じ取れる。あの[[rb:煩 > わずら]]わしい声も聞こえなくなった」
そういい、橙藍鬼はかけていた眼鏡を外し――握りつぶした。
「邪魔な要素は消えたってことだ」
橙藍鬼の瞳は赤く生気を取り戻し、野心的に輝いている。これまで藍の妨害によって具合を悪くしていた彼女の力が上回ったのか、それとも取り込んだ藍の力を食いつくしたのかはわからない。
それでも動けるまでには具合をよくした橙藍鬼は、次の作戦を告げる。
「一度街に出る。そして起点となるくさびを打ち込む」
「……ううっ、わかりました」
さすがにそれはリスクが高すぎる。そう告げようとするも全身に苦痛が回る。
「お前はこの病院を囲むように呪いのくさびを打ち込め。全員をイロクイかシロクイに変えて1人たりとも人間を残すな」
「わかり、っ、わかりました」
「おやおや、呪印をかけなおそうか。そっちの方がお前の心も痛まなくていいだろう」
「や、やめてくれ。従う、したがうから」
これ以上呪印を加えられれば何をするかもわからなくなる。たとえ残酷な仕打ちに加担されようとも、今はしたがうしかなかった。

夜は更け、朝になっていく。動く影あり、眠る者あり――街は何も知らないままにぎやかで、街が訪れる受難の芽に気づくものはまだいない。

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