#2 3つの色と転校生

どこの世界にもいろんな考えがあると思う。が、そうなると自然と人が集まってくる。
いわゆる『カリスマ』とか『派閥』とか呼ばれるものが、私の教室にも存在していた。

1つは『四谷派』
市議会議員の子である四谷 城奈よつや しろなを中心とした派閥で、よくパーティーに招待してもらったり、羽振りが良かったりするためか、最大勢力ではある。
だが、性格が読めずお金にものを言わせる女子はあまり好きにはなれない。ましてや、自分とは世界が違う。

そんな四谷派に対抗するように固まっているのが『時任派』と呼ばれる派閥だ。
中心となっているのは時任 美奈子ときとう みなこという女子。彼女に頭が上がらない男子女子がなぜか多い。
噂だと弱みを握ってるらしいが、それを出すそぶりもなく、しかし性格は裏表はっきりしているので、やっぱり好きになれない。

そして最後がどこにも属さない『無所属』だ。
大多数の男子や一部の女子はこれに該当する。ぶっちゃけると『関わりたくない』といった人たちの集まりだ。
もちろん私――六宮翠もここに当てはまる。派閥なんて興味がないし。

だが、この均衡も崩れる時が来る。
それもよりによって、色使い絡みで――。

青葉あおば サンといいます。イギリスの両親の家に住んでましたが、親戚のもとに引っ越してきました。よろしくお願いします」

ぺこりと一礼するグレー髪の少年。どこか年齢の割に顔があどけない。

「というわけだ。青葉さんは……空いている六宮さんの隣でお願いしようかな」
「はい、よろしくおねがいしますね、六宮さん」
「よろしく」
まぁ男子が増えたぐらいで特に変わりないし、まぁいい――。

「………………」
なんだか、四谷さんの席から妙に視線が刺さるのは、気のせいではなかった。

昼休み、話しかけてきたのはサンだった

「あの」
「なに?」
「四谷さんのこと、嫌いにならないでくださいね。彼女、気を張り気味なところあるから……」
「あー、うん。でもものすごく視線が気になるし。でもなんで四谷さんのフォローを?」

サンと翠の間に沈黙が流れる。確かに、ものすごく視線を送っていたのはサンも気にするところだった。
「ええと、それは――」
「サン君! 久しぶりなのーね!」
「うわっ」

そう言い、割って入ってきたのは黄色のロングツインに白いリボン髪のあちこちに付けた少女――城奈だった。


「なるほど、四谷さんと青葉君はもともと同じ幼稚園だったと……」
「家も近かったし仲もよかったのね。でもいきなりいなくなって――うーっ、寂しかったのねーっ!」

転校生のサンは城奈の幼馴染だった。その事実は瞬く間に教室中に触れ回ることとなった。
正確には触れまわしたというべきか、いずれにしても1人に片寄せすることなかった城奈の変容を大きな衝撃ととらえる人もいた。

「……とにかく、のろけとかそういうのはあまりやらない方が。特に四谷さんの場合」
あぜんとした翠の言葉に、きょとんとした表情で返した城奈だが、すぐに切り返す。
「あー、もしかして気にしてくれてるのーね? でも心配いらないのーね。城奈は平等にふるまい、施しているだけ。それは六宮さんも例外ではないのーね!」
それがノブリス・オブリージュだと説く城奈だが、どうも違っている気がしてならない。いずれにしても思っていた城奈像が破壊されたのは確かだった。
むしろ彼女は利用される存在――カモではないか? とまで思い始めたが、それを言い出す前に妨害する者が現れた。

「おい、転校生」
「な、なんです?」
「ちょっと来い」
黄色いメッシュを入れた、いかにも悪ガキな3人組がサンの手を引っ張り連れ去ろうとする。

「ちょっと、サン君を無理に連れてくのはやめるのね!」
「うるせえお嬢様は黙ってろ!!」

そのまま城奈の制止をふりきり、引っ張っていく3人。そして残ったのは、城奈と翠。そしてざわつくクラスメイト。

「あいつら……」
「はぁ、どうしたらあんな人らも穏やかになるのかわからないのーね、うーん」
「うーんって、仲良くするつもりなの? 本気?」
「本気なのね、それが城奈の使命でもあるのーね」

そう言い、城奈が語り始める。
城奈が幼いころ、祖父がいた。祖父は国会議員として秀でており、人柄も温厚な、ひょうきんな人だった。
彼女のまねしている語尾も、祖父がよく使っていたものらしい。しかし、幼稚園を卒業するころに祖父は亡くなってしまった。寿命には傑物もあらがえなかった。
さらにサンも卒業と共に両親のもとに引き取られて別れた。その結果、城奈は両親がいるも境遇もあり、孤独に陥ったのだった。

それを振り払うように努めたのが、平等であること、そして淑女――ノブリス・オブリージュであること。
上品に、平等にふるまっているうちにクラスメイトとも仲良くなり、次第に孤独も薄れていった。もちろんお小遣いは減っていくが、城奈がもらう額からすればささいなものだったという。

「……ねぇ四谷、いや、城奈」
「どうしたのね? そんな渋い顔して」
「やっぱりそれ、カモにされてるだけだよ」

その瞬間、城奈の顔は凍り付いた。
そして、教室の空気も凍り付いたという。


一方、体育館裏に呼ばれたサンは、3人に囲まれていた。

「えっと、君たちは――」
「俺はライトだ、逆らうならこいつで痛い目に合わせる」
「レオと呼べ。わかったら返事だ」
「……モミジだ」

そういうやライトはドッジボールを手にする。いうことを聞かなければこいつをぶつけるといわんばかりだ。

「はい……それで、何をすれば?」
「昼休み終わったら理科の授業だろ? その時でいい、それを六宮の机の中に入れろ」
そう言い渡したのは、黒いSDカードだった。

「どうしてです? 自分たちで直接――」
有無を言わさず、ライトはボールを投げつける。ボールは体育館の外壁に当たり、ライトの手元に戻る。
「ひっ!?」
「次はぶつけるぞ。いいな、入れろ。入れてもお前は罪に問われない」
「(なんでそんなことを?) わ、わかりました」

そういい、SDカードを持たされ解放されるサン。その姿を見送るかのように、体育館の側面扉から女子がのぞいていた。

「いいコントロールじゃない燦太君、いや、ライト君の方がご所望かしら?」

ピンク髪のセミロングをした少女がニヤニヤしながらライトを見る。彼女こそ時任美奈子。彼女はサンと3人のやり取りをすべて見ていた。

「うるせえ、これでリーダーの居場所を教えてくれるんだろ?」
「リーダー? あぁ、健児君のことね。ごめんなさい、知らないわ」
「な、てめえ!」
「あら、いいの? さっきの様子スマホに録画してるのにそんなことしちゃ罪が重なるだけよ?」

そういい、2歩後ろにはなれる美奈子。

「さっき渡したのにやばいデータが入ってるんじゃないのかよ」
「えぇ、あの中には生徒のデータが入ってるの。先生多分今頃真っ青よ、それをあの六宮さんが盗ったってなれば大問題」
「……」
「まぁ今から行って取り返してくるんですけどね。ついでに四谷さんの地位もぐしゃぐしゃにできるしね。――今の話を他の人に漏らしたら、この学校にあんた達居られなくなるからね」

冷たい目で見る美奈子。彼女の言ってることは事実で、この3人は美奈子がこれまで巧妙に罪を握りつぶしていた。その見返りとして健児含む4人は家来として利用されていた。
しかし、健児は都度都度美奈子に反抗的な態度をとり、罪の肩代わりを美奈子の代わりに行っては彼女の立場を打ち消しつつあった。
ところが、その健児が行方不明になったことで美奈子に幸運の女神がほほ笑んだ。今のうちに弱みをしっかり握り、わからせなければならない。

「あんたたちも早く散りなさい。長く固まってたら怪しまれるわ」

その言葉とともに美奈子は体育館から去る。
あまりに悪辣かつ卑劣な謀略が牙をむこうとしていた。

「クラスを一つにまとめるまたとないチャンスよ。四谷さんを引きずり下ろし、全員を私の家来にしてあげる」


「か、カモって、どういうことなの?」
「その名の通りだけど」
「ちょっと六宮さん。言い方ひどくない?」

城奈の声は確かに震えていて、目も焦点が合っていなかった。
周りでは止めようとするものもいて、それはみな四谷派と呼ばれる生徒達だった。

「城奈は、平等なのね。だから――」
「お金を分け与えるのは平等って言わない気がする。それで仲を繋いだとしても、それでいいの?」

あらゆる人にお金を払い、仲を取り持つ。それは城奈の考えている高貴なふるまいとはかけ離れた姿だった。

「だったら! どうすればみんなと仲良くなれるの!?」
「いや……それは……」

食いよる城奈に焦る翠。仲間のいない一匹狼の翠にとって、城奈の問いは無理難題に思えた。

「確かに翠ちゃんの言うことは正しいかもしれないのね、でも、でも、こういう方法も答えかもしれないのね。でも、でも……」

考えの根幹を揺るがされ、泣きそうになる城奈。周囲の目が翠に刺さる。
そんな時だった、場違いな声が沈黙を破った。

「失礼しまーす! すーちゃんいますか?」

声の正体はきらりだった。事前に連絡はしていたものの、城奈とのやり取りに夢中で気づかなかったようだ。
きらりは翠を見かけるや雰囲気など介さず近づく。

「あ、すーちゃん泣かせてる。どうしたの?」
「実は……」

翠はわらをもつかむ思いできらりに助け舟を求める。この手しか現状はなかった。

「それなら、無理に仲良くする必要はないんじゃない? 世界中のみんなと仲良くしてたら大変だよ? 毎日誕生日しなくちゃいけないし、毎日悲しいこともあるし」
「そ、そんなの、極端すぎるたとえなのね!」
「でも、城奈さん、そういう風にしようってしてて、すーちゃんにおかしいんじゃない? って言われたから怒ってるんでしょ?」
「……」

図星だった。いつの間にか城奈は外見を気にせず怒りをぶつけていた。そして、城奈が気付いた時には一触即発な状態になっていた。
「好きな人を好きって思えばいいと思う、1人に多くでもいいし、みんなに少なくでもいい。やり方はいろいろあるけど」
翠はその言葉にうなづき、城奈はぽつりとつぶやいた。

「……来人らいと君ら悪ガキを好きになろうとするのは淑女のたしなみかもしれない。でも、城奈的には好きにはなれない。そんな人、沢山いたのね。でも、みんなから好かれないとダメって、そう思ってた」
涙をぬぐう城奈。
「もうちょっと、自分に素直になってみることにするのね。少しだけ嫌われることになるかもしれないけど、仕方ないのね」

その言葉に教室の空気は様々だった。あきれるもの、怒りを持つもの、ホッとするもの。しかし皆異なるのは当然のこと。それを無理やりつなぎとめる行為は果たして正しいのだろうか。
翠の問いに対し、城奈は自分なりに答えを見出そうとしていた。

「でも、すーちゃんはストレートすぎるのね」
「そうかな?」
「そうだよ」

そんなやり取りをしつつ、時計を見る翠。
時計の針は、昼休み終了5分前。

「あっ、もう授業始まっちゃう」
「えっ、あああ、早く帰らないと。じゃね!」

そういうや、きらりは教室から飛び出し、去っていった。
他のクラスメイトも慌てて理科室に行く準備を始めた。

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