#16 そして、新たな色が綴られる

「か、勝ったぁ」
「ふぅ」
上に空いた大穴を見て安堵する翠ときらり。橙藍鬼が逃げたかどうかに付いて定かではない。
だが、危機が去ったというそれだけで、色使いたちは勝利の余韻よりも先に疲れが一気に吹き出した。
「強かった、それに……」
「被害も大きいのね、どうすれば――」

そう城奈がつぶやいた矢先、パラパラと天井からコンクリートの粉が落ちてくる。
「これはいかん、建物が崩れるかもしれんぞ。みんな出口へ!」
「は、はい! 紫亜、城奈ちゃん、立てる?」
「な、なんとか」
「おいおいこっちも助けてくれよ!」
半溶解状態のサンに纏わりつかされつつ、健児も出口へ逃げる。
「……帰ろうか!」
「そうしたいけど、足がもうきついかも」
「んー……」
きらりは少し考えると、翠の足に手を付け、なぞるように色をまとわせる。白色は翠の足から『疲れを塗りつぶして』無きものにした。
「これでどう?」
「なんとか」
「じゃあ帰ろう! 早く早く」

色使い達がみな逃げた後、病院は天井に大穴を開けた影響もあり、崩壊した。

一方、色合わせによって吹き飛ばされた橙藍鬼はどこかの緑地で体をうずめ、傷を癒やしていた。
「く、くそう……とりあえずシロクイあたりをけしかけて、傷を癒やすか。あとは適当な人間も見繕わないとな。どうせ補充される人間だ。少しぐらい減っても――」
「そうはいかんな」
「げっ!?」
橙藍鬼の前に現れたそれは、真っ白な色鬼。恐ろしいぐらいに殺気立ったその鬼は、手を伸ばす。
「や、やめ――」
手の中に吸い込まれていく橙藍鬼の生命力。彼女の体は粒子に変わり、そのまま吸いつくされた。
「これで憂いもなくなったの。詰めが甘い色使いどもじゃ、やれやれ」

・色災の終焉
橙藍鬼との戦いは街に様々な被害を与えた。建物や人は塗りつぶされ、壊され、そして帰ってこない。
救出された紫亜もそうだが、半溶解状態のサンもなんとか救助され、治療のすえ元の姿を取り戻した。

そんな大事件から数日たった今、色の大厄災は過去のことかのように忘れ去られつつあった。色災は局地的な地震によるものと書き換えられ、病院は取り壊され、事件に巻き込まれた人は居なかったものとされた。
こうして物事は歪められながら進んでいき、その真相を暴くべく色使いたちは神社に集まっていた。

「そう、橙藍鬼がそんなことを……」
「流石に嘘と思ってほしいけど、思えば思うほど妙に噛み合って怖いのよね」
「でもそんな力があるとは思えない。それにイロクイを繁殖させて利点があるとは思えないわ」
一番驚いた素振りを見せたのは紫亜だった。氷の中に封印されていたので状況はわからなかったが、不可解な点が多すぎる。
「それで肝心の零無は?」
「今日は姿を見せないはずだけど――」
そう紫亜が告げた瞬間、見覚えのある姿が紫亜の後ろから姿を現した。
「いるぞ。橙藍鬼が何かを吹き込んだのじゃろ」
「え、えぇ」
「あいつの言ったことってほんとなの?」
翠の言葉に、零無は少し考える仕草を見せ『半分正しい』と告げる。
「よく考えてみるのじゃ。もしイロクイが街などに出て人を食い、それを色使いが退治するとしよう。人々はイロクイに恐怖し、色使いはそれを助けるヒーローとなるじゃろう」
「ヒーロー……悪くないわね」
「話を最後まで聞くのじゃ。すると主らは学業などの他にイロクイ退治という責務を負わされ、人々を救わなければ非難を受ける。それは不本意じゃろう」
「まぁ、それは確かに」
仮に正義の味方となれば、平穏とは程遠い世界に放り込まれることとなる。それを翠は良しとしなかった。
「色使いを人間として扱うための結界、というのが私の言い分じゃ。これを変えるつもりはない」
「……」
紫亜は複雑な顔をし、周囲には重苦しい空気が流れる。誰も零無の言う事に対し、言い返せなかった。
「すーちゃん」
そういい、きらりは翠の腕をつかみ、外へ連れ出す。
「おっと」
靴を履き、そのまま神社を抜け、駆けていく。向かった先は帆布中央公園だった。


・終わりの色もまた日常
帆布中央公園。ここもまた橙藍鬼の手によって被害を受けた場所だったが、あちこち工事中になっている部分を除いて元の姿を取り戻していた。
「ふー、ようやく抜け出せた。なんかよくわからなかったし」
「まぁ……うん」
きらりには重すぎる話なのか、重要性がよくわからなかっただけか。どちらにしてもきらりにとってはどうでも良かったようで、その姿を見て翠は安心した。
「あっ、ようやく笑った」
「うん、きらりの顔見てたら、なんとなく」
「きらりもすーちゃんが楽しそうにしてる姿がいいもん」
「だったら、ありかな」
淡い笑みを見せつつ、翠は話を切り出す。
「ねえ、きらりは色使いのままでいたい? なりたくない?」
その言葉にきらりはしばらく考え、口を開く。
「きらりは、色使いだったおかげで色々楽しいことがあったし、このままでもいいかな。でも……」
「でも?」
「もしそれでみんなに迷惑をかけたり、悲しませることがあったら、ちょっとどうしようかなって考えちゃう。きらりは楽しみたいだけだし」
きらりらしい答えに翠は納得しながらも、モヤついたものを抱える。おそらく、他の人には納得の行かない行為だろう。
「きらりってそうだよね、いつも楽しそうで」
「まぁね! だってきらりは白の色使い。どんなものだって治せるんだもん」
自信満々に応えるきらり。その自信の源泉である異能力が人の運命を左右するからこそ怖いのに、それをもろともしない。そんな姿に翠は憧れのような感情を抱いていた。
だからこそ、守りたい。きらりに戦わせたくないという気持ちが強いのかもしれない。今回も、そしてこれからも。

「おーい!」
「勝手に駆け出さないでほしいのーね!」
「あっ、城奈ちゃんに健児くんだ! おーい!」
手を振るきらりのもとに2人が迎える。 それを翠は座りながら見守っていた。
「……」
ただ見守るだけの翠は何を思っていたのだろうか。それは彼女自身にしかわからない。だが、その心の中には孤独感やモヤ付きのようなものが渦巻いていた。
「すーちゃん」
長く感じた時の中、ふと手を握られた。いつの間にか、目の前にはきらりの姿があった。
「帰ろっか」
「うん」

きらりは何も聞かなかった。聞かなくてもわかっていた。翠は自分が引っ張らないと、いつの間にか一人になってしまうと。
それで良かった。翠も今はきらりを守るためにこの街を守り、そして目の前のことから進めていこうと、ただただ思った。
「きらり」
「なに?」
「ありがと」
きらりは嬉しそうに笑った。
「どういたしまして!」

帆布の街に日が落ちて、子供達は家路に付く。
何事もないように見える街は、明日も、明後日もいつものように進んでいく。
それがまやかしのものであっても、今は受け入れるしかなかった。

少女は日々を暮らしながら、化生を倒す。かけがえのない親友のために倒す。
白と黒。そして2人を彩るように黄昏を駆ける色使い達は、これからも街を守ってくれることだろう。


・色は混じり合う
「色神様」
「紫亜か」
夜、祭壇の間で向かい合いながら対話する2人の影があった。
「教えてください。翠ちゃん――黒の色使いに話した『もう半分の理由』を」
その言葉に、零無は苦い顔を浮かべる。追い詰められたような顔ではなく、不服そうな顔。
「それは興味本位か?」
「いえ、色神様に仕える身として、名目上ではあるものの、色使いの頭として聞くべきことと感じたので」
紫亜の目は真剣で、どこか覚悟を含んでいた。
「わかった。だが、聞いたからには私とお前は共犯だ。ただの色使いには戻れない。それでも良いか?」
紫愛は首を縦に振る。その動きを見届け、零無は口を開いた。

夜の帳にろうそくの日が揺らめく。月と星は輝き、そして夜は更けていった――。

「では、話そう」



昔、人とイロクイ、色鬼は共に暮らしていた。
土地を共にするもの、分け合うものがいる中で、恐れと威厳を混じり合わせつつ共存していた。

だが、ある日土地を飢饉が襲った。食べ物も水も消え、命は枯れ果てた。
そのなかで1匹の色鬼――零無は少女から色を奪った。
「少女は差し出したのだ、私の命を使って、生きてほしいとな」
怒りに燃えた人間は天に嘆願した。「人を守る力が欲しい」と。そして天は、命と引き換えに鬼を討滅する力『色』の使い方を伝授した。

色によって塗りつぶされ、憔悴した零無は殺される寸前まで痛めつけられた。
「どちらが鬼かもわからぬ形相で、人は我に鍬を、鎌を突き立て続けた」
だが、零無は殺されなかった。少女は生きていたからだ。
「今思えば、彼女は自分の色がどのようなものか知っていて、差し出したのかもしれんな」

少女の願いで零無は生き延びたが、土地からは追放された。追放された零無は行く先を転々としながら、少女との約束である生きることだけを考えた。
そうして生きていく中で、いつの間にか長い年月が過ぎていた。
「色鬼と人間とでは命の尺が違っていた。いつの間にか400年が経ち、私を痛めつけた者たちは死に、祖先が跡を継いでいた――が、色の素質はほぼなかったし、なにより私を『土地神様』と呼んだ時には、驚きすらあった」

零無は人の命の尺が尽きないうちに考え、一計を講じた。
街を覆うように呪いを根付かせ、神としての威厳からなる権限を行使し、土地に成約を植え付けた。

1:色鬼と色食い、そして色使いの存在。そして行使された力は歪められ、修正される。
2:イロクイと色鬼の存在は、色を使うものしか見えない。
3:この土地から出た色使い以外の者は、色の力に関わる記憶を歪められ、忘れる。
4:色によって命を失った者は歪められ、全てを忘れる。

・混沌の色の兆し
「……」
「人、色使い、色鬼、イロクイ全てをこの土地に根付かせるためには必要だった。そして私は次代の色使いを育てながらイロクイを捕食し、力を蓄え、色神としてこの神社を拠点にしてきた。時にはカンの良いものも処理してきた」
「カンの良いものって――」
「色を悪用し、人の力にするもの。幼い色使いを戦力や食い物にするためにさらうもの」
「そんな人達から、守っていたのですね」
「こんなことはごく一部じゃ。本音を言えば橙藍鬼の言葉通り、ライフバランスを保ち、私の為のな土地を作りたかったことには変わりない」
「でも、その橙藍鬼は退治された。当面は大丈夫ではないでしょうか?」
「そうでもないようだ。そもそも橙藍鬼という存在がこの土地に出たことは、呪いに穴があったということでもある」

零無は一呼吸おき、紫亜に告げる。
「今後、同じような目論見を考える色鬼は出てくるだろう。これは私の持つ威厳では抑えきれない時代になったということでもある。これはイロクイにも言える」
「イロクイにも?」
「近年のイロクイは単純な化生ではなく、一定の知性を身に着けつつある。より狡猾な個体が出てきた時に立ち回りを誤れば、未熟な色使いはたちまち塗りつぶされるじゃろう」
「そうならないように鍛える必要があると?」
零無は頷く。
「この話は漏らさぬように。そして聞いたからには共犯、生きながらえることじゃ」

ろうそくの火が消え、あたりが闇に包まれる。零無の姿も気配も消え、紫亜だけが取り残された。
「共犯……か」
胸が締め付けられる思いを抱えながら、紫亜は祭壇の間を後にする。
紫亜は覚悟を決め、今は静かに、呼吸を整えた。

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