「この街を騒がしている不思議なアート。今度は帆布市の路地裏で見つかりました」
「いやねぇ、趣味が悪い。 ……翠ちゃん、そろそろ起きないと遅刻するわよ!」
「わかってる」
眠気をこらえつつ階段を下りる黒髪ウェーブの少女、やや跳ねているのは地毛なのだろう。慌てている様子はない。
何せ遅刻するといってもまだ朝の会どころか、校門が閉まるまで1時間以上もある。それでも母親は急かすばかり。
「まったくのんびりして、ほら顔を洗ってご飯も。着替え、ここに置いているからね」
「……おっけ、いただきます」
黒髪の少女、六宮 翠は母親、瑠璃子の言葉を聞き流しつつ朝ご飯を食べ始める。テレビでは相変わらずニュースが流れている。
最近はろくなニュースが流れていない気がするが、まぁ自分には関係ない――と思いたい。
「続いてのニュースです。連続して発生している誘拐事件。今度は見回りを潜り抜けた先で起こりました」
「……」
いやなニュースだ。母親が見回りを厳しくしたり、日夜見回りをしてもこれだ。おかげで食事も最近は出前ばかりだ。
ある意味気軽ではあるが、たまには学校のことを話したくても父親は単身赴任、母親はこんな調子だ。
「行方不明になったのは三隅 藍ちゃん15歳と一ノ瀬 健児くん10歳。付近には争った形跡や遺留品が残っており、警察は集団での犯行を視野に――」
今度は同級生がやられたみたいだけど、聞いたことがない。隣町か、隣のクラスか。いずれにしてもこれもまた興味がない。
今、興味があることは1つあるぐらいで、それ以外はどうでもいい。
「学校、行くかな」
そのためにまずは学校に行かなきゃならない。つらいところだがまぁ仕方ない。
洗面台で見る顔はさえない。そんな顔をゆるゆると洗い、歯を磨き、髪をとかしてマスクをつける。
「全部済ませた? お母さん今日も見回りと話し合いで居ないから、出前のお金は置いておくからね」
「わかった」
「本当? あなたぼんやりしてるから心配だわ」
「大丈夫、行ってくる」
母親の言葉をそこそこにバッグを持ち、学校へと向かう翠。面とは言わないが、口うるさい。
心配症というべきか。いずれにしても母親の強い干渉を受けない場所、それが学校だ。
もっともそんな学校も面白さも何もないのだが――それがつい最近、面白くなった。
それを果たすには、時計の針をもう少し進めなければ。
放課後。授業も終わり、皆が家に帰っていく。
もちろん私も買えるのだが――終わった直後、スマートフォンにメッセージが届く。
「今日も遊べるかな? 大丈夫そうならそっち行くね!」
早速来たメッセージに『OK』とだけ返し、校門の前で待つ。
新品の校舎に、新品のプレート。市立帆布小学校は、最近人気の少子高齢化のあおりで合併してできたばかりの新しい小学校だ。
もともと私たちの町は『帆布』と『色が淵』という2つの小学校があったが、色が淵の生徒が減りつつあったことから合併となった形だ。
新しい校舎は前と比べ何もかも新しく、エアコンまでついているからありがたいのだが、迷うのが欠点か。
「お待たせ―! やっぱりこの学校迷うよね」
そんなことを考えていたら、呼び出した当事者がやってきた。
青い髪にぴょこんと飛び出たサイドテール。翠と同じぐらいの背で、まばゆいくらいに明るい彼女――七瀬 きらりはためらいなく私の腕を組んできた。
最初こそ抵抗があったものの、今はそこまで嫌な気はしない。なんというか、一言で表すと小動物的ななつっこさがあるからか。よくわからないが。
「今日も公園の森、いこっか」
「オッケー」
向かう先はこの学校の近くにある『帆布中央公園』そこの隣に広がる緑地だ。
この緑地には『怪物が出る』という良くないうわさがたびたび出ているが、数日もすれば忘れられている。
怪物の正体も不審者か何かと思われているし、薄暗い緑地にわざわざ入る子供も少ない。学校の保護者会も警察に巡回を任せている場所だ。
そんな緑地を大人にばれないように進む。草が茂り、足元は木々が絡み、時折うごめく。枯れ木は怪物のような様相を見せ――まるでこちらを見ているよう。
「やっぱ危なくない?」
「んー、きらりだけだったらちょっと危ないかも。でもすーちゃんと一緒ならいけそうな気がする」
そう思える根拠は何だったのだろうか。そしてその悩みに対するアンサーを問うかのように、木々が笑う。
「イロ、イロヤッテキタ」
「シロ、オイシソウ」
「シロダケホシイ、クロハイヤダ」
その言葉とともに、枝が、根が襲い掛かる
「すーちゃん、いつも通りお願いね!」
「わかってる。集中して、息を整えて……」
呼吸を整える翠。その言葉とともに、黒い光が手にともる。
「撒くように放つ」
そして、黒い光が手一杯にあふれると、ばらまくように根に向かって浴びせかけた。
「アアアアアアアアアア!!」
光を浴びた根はさらに黒く変色し、地中に潜っていく。
「ナイスすーちゃん!」
「うまくなったでしょ」
その問いにばっちりと返すきらり。
なぜ私がニュースを見ても『大丈夫』と言えたか。それが『これ』だ。この黒の色と呼ばれる存在だ。
この街には『色』と呼ばれる存在を扱う者たちがいる。色は生命力を変換して生み出され、あらゆる生命に干渉する。
生命に干渉し、戦い、救う異能者。それこそ『色使い』だ。
最初聞いたときは、小説の読みすぎかと思ったが、どうやら本当らしい。
それを教えてくれたのがきらりだった。
「ねえ! 私と付き合ってくれない?」
退屈で退屈で仕方なかった、ただ親のうるささから逃げつつ、勉強するための学校でみいだした、ただ一つの楽しみ。
友達もろくにいない中で、なぜ私に? とも思ったが、そりが合わなければそこまでとも考えた。
そして、待っていたのが『色使い』と『怪物』の話だった。
「きらり、上から来てる」
「えっ、あっ」
きらりの腕に枝が巻き付くと、続いて太い枝が襲い掛かり、きらりの両足を縛り、木の穴に引きずり込んでいく。
「う……」
黒の色をきらりごと枝に吹きかけようとも考えたが、きらりにも危害が加わると考え、ためらう。
初めてこの緑地に来た時も、そんな感じできらりが木に襲われ――。
「きらりのことは気にしないで! あっ、でもこの距離なら幹に直接ぶつけてもいいかも」
きらりの体が、木の色と同化していく。いや、正確には『木そのもの』になりつつあった。
「……痛くしたらごめん」
そう言い、呼吸を整えて生命力から黒の色を抽出する。この黒の色は生命力を塗りつぶし、黒く染める色。あらゆる生命を黒く染め、そして生命活動を否定する。
なぜそんな色を私自身持っていたのかわからない、知っていても、使わなければよかったのでは? と親から言われるかもしれない。
でも、この力こそ絆につながるなら、私は危険な力にすがった。
黒の色は霧のように木に振りかかり、断末魔を挙げながら枯れていく。
「オオオオォォ、ダガ、シロノイロハ……イイ」
そう告げ、一気に飲み物の残りを吸い上げるように、きらりから生命力を吸い上げる。
きらりの身体は見る間に木と一体化し――そして何かを期待するかのように、きらりの全身が木と化す。
生命活動を否定され、ぼろぼろと崩れる落ちる老木。だが、木となったきらりの身体は若々しいまま残り、ぼろりと地面に抜け落ちた。
「きらり? おーい、大丈夫? やっぱり、黒の色をかけた勢いで…」
きらりの形をした木に声をかけるも、返事がない。あたりは暗く、不安が強まっていく。
このまま元に戻らなかったらどうしよう。そんな予感すら覚えつつ、声をかけ続ける。
「――っ、ふー、大丈夫。ちょっと勢いよく色を吸われすぎたかも」
「……本気で心配した。だれにも頼れないし」
きらりの顔が人間のような柔らかさを取り戻し、徐々に戻りつつあったのは、それから30分ほどあとだった。
翠は若干泣きそうになりつつもきらりに怒りをぶつけ、きらりは翠に対し、笑って返す。
「時間も時間だし帰ろうか」
「そうだね、怒られちゃう」
「次も会えるかな」
「その時はメールするから! 紹介したい人もいるしね」
そう言い、緑地を経て公園で別れる2人。公園の時計はすでに7時を指していて、速足にともに家路に帰る。
その2人の姿を見送る、2つの影に気づかぬまま――。
七瀬きらりは周囲に育てられた子だった。
早くして両親を亡くしたきらりは、戸籍上は親戚を実の親のように見ながら育っていった。
もちろん親戚もきらりの持つ特異な力――色の力を看過していた。看過していたからこそ、距離をとっていた。
なので、きらりは自然とつながりも強い親戚の手から離れ、色が淵に住む周囲の人間の話や同級生と一緒に遊び、姉ともいえる上級生の教え事を聞いて育っていった。
その中で自然と色使いとして開花していき、今のきらりに至った。
純真無垢。故に危うさもあった。次第に刺激を求めつつあったきらりは、一人で出歩くことも増えた。
緑地に色を食う怪物――『イロクイ』がいることを知り、元に戻す色ともいえる白の色を過信して自らイロクイに食われに行ったこともある。
いや、行っていたのだ。翠と仲良くなるその前後も。
そして自ら怪物に命を食われ、文字通り自然の一部にさせられ、満足して解放されたら元に戻る遊びを繰り返していた。
もしかすると、翠を誘ったのも、己の欲求を満たすためだったのかもしれない。
そんな危険な遊びを周囲の人間は、厳しく戒めつつもイロクイの制御を行っていた――。
「だからこそ、付き合わせるのは危ういわね」
「でも、仲がいい2人を割くのはどうかと思うわ、きらりの悪い遊びを制御してくれる相手でもあるし」
「いや、それは紫亜さんが面倒なだけでは」
そう返すのは赤いポニーテールの少女、五木真琴(いつき・まこと)。
そして返しに渋い顔をしていたのは、紫のショートウェーブに金の瞳をもつゴスロリ少女。布津之紫亜(ふつの・しあ)
二人は特にきらりと仲が良く、古い付き合いでもあったために、最近のきらりの動向を追っていた。
「……この姿の時は『カミヨドール』って呼んでほしいんだけどなぁ。マジカルドール、カミヨ――」
「はいはいスネないでくださいよ。とにかくきらりちゃんにはまた言っておかないと。赤の他人を巻き込んでるわけだし、なにより」
消えた藍が心配でならない。真琴は不安げに空を見上げ、案じるのだった。
それから数日、きらりと遊ぶ機会はなかった。
きらりからは連絡が来たものの、どうやら緑地に連れ出したことがバレ、説教と謹慎期間中とのことだった。
確かにあんな危ないことをやっていれば大人とかにもばれるだろうし、よくよく考えれば自分が生命力を吸われたら――。
そう考えると、寒気がする。もっともイロクイから避けられていたとしても、だ。
「……退屈」
だが、きらりと一緒じゃなければ退屈でたまらない。
翠のいるクラスは一見して穏やかに見えるが、実際そうでもない。
このクラスは、3つの派閥に分かれていた。
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