捕らわれた狐少女

狐の少女が目をさますと、そこは薄暗い洞窟の中だった。
辺りが暗くてよく見えないが、手足が吊られていて思うように動けないのは確かなようだ。

「手足が縛られている……誰か、誰か!」
少女の声は洞窟に響き渡り、その声に合わせるかのように土をならすような足跡が響いた。
「コハルとはお前のことだな」
「そうです、けど、どういうつもりですか! いきなり不意打ちなんて卑怯です!」
「あぁ、元気そうで何よりだ。その顔のままで居てくれたら、なお良いのだがな」

声から男と感じることができるが、それ以上のことは解らない。
ただ一つ言えるのは、この男が彼女――コハルの背後から不意打ちを仕掛け、昏倒させた犯人であることには間違いない。

「わたしを捕まえて、どうするつもりですか!? 手も足も重いですし……」
「これからお前さんはあるお方の元へ送られる。こういうのを施してな」
男が懐から木の箱を取り出すと、つまみを弄りだす。すると、コハルの手かせと足かせから氷を纏ったかのような強烈な冷たさを感じる。一瞬ではあるが、何かしらの異変を知らせるには十分な寒さだ。
「ひゃっ!? な、なにを!」
「これは生き物を『オブジェ』というのにするからくり……の操作盤だ。その手と足にハマっているものが何やかんやしてお前を像にするそうだが、詳しくはわからねぇ」
コハルの顔が冷や水を浴びたかのように青ざめていく。この男が言ってることが本当かどうか全く見当が付かないからだ。
「えぇと、冗談ですよね……? わたしを像にするって」
「まぁ、あんたは気に入られたのだろうさ ほれ、腕の力を入れな」

『えっ』とコハルが声を挙げるまもなく、腕が突っ張り、鎖を通じて上に引き上げられる。加減はしていても、体重が肩や腕に乗っかれば、少女であるコハルとて痛みは感じる。
そんな引き延ばされる痛みをこらえるように下を見ると、真下の箱のふたが開き始める。どうやら箱の上に載せられていたようで、箱のふたが開ききると、暗闇に慣れた目には中に筒状の物体がうっすらと見えた。
「中に入っているブツに足がしっかりはまるようにするんだ。でなけりゃまた引き上げるぞ」
再び下がり始める鎖。腕の痛みが和らぎ、コハルはおそるおそる箱の中に入っていた謎の物体に足を通す。
「(流石に噛みつきはしないよね……?)」
コハルの足を覆う筒は、彼女の足回りより若干大きく作られていたためすんなりと入った。さらに下ろすと、つま先だけが先端に進み、かかとは高い位置で通せんぼとなる。
「ちょ、ちょっと。あの! これ、かかとが!」
「少し黙ってな、もう終わるんだ」
つま先が先端まで入ると、コハルの足はつま先立ちでもするかのような形で固定される。そのまま別のからくりが箱の中でうごめき、足回りの筒を締め付けていく。
「足回りがしまってく感じです……これじゃぁうごかしにくいですよ」
腕の吊り上げはなくなったものの、今度は足の付け根以外が上がったまま固定され、違和感を覚える。一体なにを考え、このようなことをするのだろうか?

「できたぞ」
男の言葉とともに箱が展開され、洞窟に灯がともる。
コハルは一瞬、明るさに戸惑う。だが、目が慣れてくるとコハルが気にしていた違和感の正体が明らかとなった。
内股な足を覆っているのは、赤い靴だ。光沢がかった靴は15センチはあろう支えによってかかとを高く固定されている。これが彼女の足をつま先立ちにせざるを得なかったのだ。
「な、なんですかこれ! 足が……」
「『ハイヒール』と言うものらしい。雇われたお方からこれを履かせるよう言われたからな」
「これじゃ歩けないですよ!」
「そりゃまぁ、歩かなくても良いんだしな」
「なんだ、歩かなくてもいいので――えっ?」
男が先ほど弄っていたからくりの操作盤を見せ、口元に笑みをこぼす。
「ハイヒールとやらを履かせている間に力がたまるそうだからな。あとはこのスイッチさえ押せばお前さんは『オブジェ』というのに早変わりだ」
男がスイッチを押そうとすると、コハルはいっそう慌てる。手をばたつかせ、足を動かそうとしても、枷――もとい『オブジェ化装置』がはめられている以上、彼女の無力には変わりない。
だが、男は無様に抵抗するコハルを見て、妙な考えを浮かばせる。

「そんなに助かりたいか?」
「です! オブジェなんかお断りです!」
「そうか、だったらこのスイッチを押してオブジェにならなかったら解放してやる」
『えっ』と声を漏らすコハル。ここまで絶望しか見えなかった彼女の目の前に、1本の糸を垂らされたような気分だった。
「どうせよく解らないものだしな。ダメだったら不良品だったと告げれば良いだけだ、どうだ?」
男の言葉に、コハルはすがる気持ちで首を縦に振った。もしかしたら、もしかするとがあるかもしれない。彼女は助かる可能性にすがった。
「じゃぁ押すぞ、と」
男が突起を押し込むと、金切り声のような高い音が洞窟内に響き渡る。
「何ですかこれ! もしかして、やっぱり壊れてるんじゃないですか!?」
コハルも手かせと足かせから響く音に思わず目を閉じ、顎を引いて音を耐えようとする。身体は一向に変わらず、音だけが鳴り続ける。

「(キーンって変な音だけ鳴ってますし、これって、もしかしたら)」
コハルが助かる可能性を脳内に見いだし、閉じていた目をおそるおそる開く。
やはり何も起きない。オブジェになる装置なんてありもしないんだ。そう確信した。

その数秒後、希望が浮かぶ少女の意思を刈り取るかのように、彼女の全身はプラチナのオブジェと化した。

「一瞬どうなるかと思ったが、まぁこうなるよな」
男は耳を塞ぎつつ、成り行きの全てを見ていた。
音が鳴ってしばらくした、ほんの一瞬のできごとだった。
手かせと足かせが赤と緑の点滅を繰り返したのち、拘束されていたコハルの身体が、履いていたハイヒールや服が、白金で覆ったかのように美しい彫像になったのだ。
目を開き、どこか希望を見いだしたかのような口元。それは彼女の持つ元気な姿を密かに表し、対照的に履いているハイヒールと和装束は倒錯感を引き立たせている。
耳や尻尾はおろか、長い髪もぴかぴかと光る貴金属に代わり、その美しさと輝きはとても価値が付けられるものとは思えない、まさに神秘的な魅力を持つオブジェとなった。

「(何が起こったのです? 足どころか、身体も動かない……)」
「客人の使いがやってきましたぜ」
男は『あいよ』と返事をし、枷に付けていた鎖を解除する。
「(えっ、客人って、もしかして)」
コハルの意識はオブジェになってもまだ残り続けていた。しかし動けず、まばたき一つできない彼女に、何もすることはできない。
男は手際よく受け取っていた絹のリボンをコハルのオブジェに結びつける。その動作の一つ一つ、時には触れられても指一本動かすことができます。
「(動かない、何もできないのです……?)」
「あとはこいつをはっ付けてと……おい、使いを招き入れろ」
男はプレートをリボンの中心に貼り付けると、手下に使いを呼びに行かせる。
使いは招かれると驚きの声を漏らし、代金とともに白金像と化したリボン付きのコハル像を運び出す。
その際にちらと洞窟の水に映ったコハルの姿。彼女はそれを見て、今の自分の姿をようやく始めて知った。

「(やっぱりわたし、オブジェになってしまったのですね。これからどうなるの……です……?)」
底知れぬ絶望とともに洞窟から運び出されるコハル。
対照的にいつもの稼業では得られないほどの大金を得た男。狐少女1人を見殺しにして得てもまだ旨みのある金額に、コハルの去った洞窟でとても満足げな笑みを浮かべるのだった。

コハルのオブジェは今もなお手かせと足かせ、そしてハイヒールに縛られたまま、どこかに運ばれていく。
不安のまま揺れる車は、石に乗り上げたか一度大きく揺れた。
「(ひゃっ! た、倒れて粉々なんて嫌ですよ!)」
コハルの名前が彫られた台座をあてがわれていたおかげで転倒こそしなかったが、衝撃でリボンにくっつけていたカードが外れて落ちる。
「(こんなカードが……何か書いてます)」
コハルは固まった視点で必死に見ようと意識を集中させる。
そして、かろうじて読み取れたカードにはメッセージが刻まれていた。

メッセージに書かれていた言葉は――
“誕生日おめでとう 良き一年を祝して”

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