サンの道案内

『出会いというものは突然現れるもの』と父さんは言っていた。僕にとって彼女とのたった一日ではあったものの、印象深いというか、とても大変な一日だった。

 その日は買い物のために帆布中央商店街を訪れていた。掲示板を見て右往左往している女の子は見るにこの街では見たことない人で、ジャケットにリュックサックといい、いかにも『迷い人』と言った風貌をしていた。そんな彼女に僕は何気なく声をかけ、案内できれば良いものかと思っていた。
「道をおさがしですか?」
「えっ、まぁね。駅を間違えちゃって、ついでだし寄り道って所かな。ここってあまり電車が来ないんだね」
「あはは……日曜の朝方は本数が少ないのです」
 彼女は『へぇ』と不便そうにつぶやき、表情を戻す。
「そうだ、この街のことを知ってそうだし、少し案内してくれない?」
 そう良い、ショートカットの少女は軽く僕の肩に手を乗せる。見る限り中学生か高校生の人、身長差も少しあったけど悪い気分ではなかった。
「ちょうど買い物の途中でしたし、かまいませんよ。僕は青葉・サンと言います」
「私は片石優美。よろしくね、サン君。早速だけど、どこにいこうか?」
「それじゃぁ――」

 目的が決まったらすぐに動こうとする優美さん。彼女に半ば引っ張られる形で商店街を案内していくこととなった、けど……その姿を見ていた同級生の存在には気がつかなかった。

『サンが変な女の子と一緒に歩いてた。中学っぽい』
『デート!ねぇねぇそれってまさかデート!?』
『ウウウ迂路た穴井の!サン君のことだから訳ありなのね!』
「……(『落ちつけ』のスタンプでも送っておこう)」

「しかし、この街って面白いよね。都会なのに田舎って感じがする」
「そうですか? 確かにまだまだ開発中の場所があるので、そう見えるかもです」
「へぇ、それにしても……私らってやっぱりカップルのように見える?」
「っ!?」
 飲んでいたジュースが期間に入り、思わずむせそうになる。
 喫茶店に入った僕と優美さんだったが、喫茶店のマスターから「新しい彼女さんかい?」からかわれたのだ。もちろんすぐに訂正したけど、そんな、女の子をとっかえひっかえしているようなことは断じてしていない。
「そんなこと、ないですよ。僕の周りには女の子の知り合いが多いから……」
「確かに男の子って言うにはまだまだな感じもあるもんね、サン君は。ごちそうさま、つぎ――」
 優美さんは『つぎはどうするか』と聞いているのだろう。しかし、言葉を最後まで聞くまもなく、僕の目の前はグニャグニャとゆがみ、回り始めていた。

「つぎは……つぎ……」
「ちょっと、大丈夫――じゃないみたい。どうしようこれ」
 優美さんが慌てている、一体何があったのか。今の僕にはわからない。考える余裕もなく、頭も熱に浮かされたように熱くなっていく。
「おや、彼女さん。サン君の首元に何かついてないかい?何かこう、銀色のような……」
「あっ、いえ何でもないです! きっと化粧品がついたのかも」
 慌てて隠そうとする優美さん。おぼろげながら、僕の脳裏に『色使い』と言う単語がにじみ出る。まさか、彼女も……?
「あの、タクシー、呼んで下さい。家で休みたい、です」
 言われるがまま、優美さんは喫茶店のマスターにタクシーを呼ぶように言付け、数分もしないうちにタクシーはやってきた。
「立てそう?」
 首を小さく横に振ると、身体が持ち上がる。それと同時に、両腕から熱さを感じる。それはまるで、僕の身体に『何か』が流れ込むかのような感覚でもあった。
「サン君の家、で良いんだよね。もう少し待ってて!」

 タクシーの運転手さんは状況を悟ると、スピードをあげて家へと向かっていく。
 その姿をただ眺めていた同級生――ウェーブがかったバックヘアに外はね髪の女の子こと六宮さんは、すかさずメッセージを打ち込んだ。

『タクシー、サンの家に向かうっぽい。と言うか倒れたくさい』
『倒れた? 大丈夫なの?』
『わからない、でも女の人に抱えられていた』
『お姫様だっこ……』
『……ところで、城奈既読のままだけど大丈夫?』
『わかんない、今誰か来たけど城奈ちゃんかも』

「サン君の家って、結構大きいんだね」
「あはは……お父さんおかげ、です」
 少し具合が良くなり、立てるようになった僕だけど、身体はなんだか思うように動いてくれない。出迎えてくれたお母さんには悪いけど、僕の部屋には入らないようにしてもらった。今は部屋にブルーシートを引き、その上に横たわっている。ベッドだと汚れてしまいそうだからだ。

「それより、ごめん。ちょっとやらかしちゃったみたい」
「やっぱり、優美さんも『色使い』だったのです?」
「色使い……ではないけど、とりあえず服は脱いでおいた方が良いかも」
 既に汗をかいたかのように身体は湿っていて、服を身に纏っているのが不快に感じていた。僕は言われるがまま、服を脱いで身体を起こす。
 鏡を通して見えたのは、上半身はもちろん、口元や腕まで銀色になっている自分の姿。驚きもあったが、それ以上に身体が熱く、どこか、もっと銀色に染まりたいという気分が強まりつつあった。
「多分、私の液体金属の魔力に当てられたのかも。たまに魔力の感受性が強い人がこうなっちゃうの」
『ほら、触れてみて』と優美さんに言われるがまま、僕は銀色になった自分の上半身に手を添える。身体の中からわき上がる熱さとは対照的に、ひんやりとして、体温を感じない。まるで鉄板に触れているかのような冷たさで、自分の身体が金属になっていることを改めて思い知らされた。

「これ、どうやったら……」
「大丈夫。体表に出るのは魔力が発散している証拠。しばらくしたら元通りになるよ、でも……」
 そう言うと、優美さんの手が金属質の身体をひとなでする。その仕草はどこか色っぽく、さっきまでとは少し違う。大人のお姉さんといった表情だ。
「きっとサン君の身体も熱くなっているはず。我慢できる?」
 まるでそそのかすかのような言葉、互いの息づかいが荒くなっているのを感じつつ、僕は絶え間なく頭を、身体を巡る熱さにうなるように首を横に振った。
「どうしたい?」

 優美さんの問いに『涼しくなりたい』と言うと、彼女の口元は『やった』とばかりに少しだけつり上がった気がした。もしも正気なら、こうなるかのように仕組んでいたと思っていただろう。
「少し荒療治だけど、涼しくしてあげるね」そう言うと、優美さんも後ろを向き、服を脱ぎ始める。どこか企んでいたかのような表情を見せていた優美さん。だけど僕もきっと、優美さんに吐露した瞬間同じような、モヤモヤした状態から解放されたくて仕方なかったのかもしれない。
 優美さんが服を脱ぎ始めると、その身体も流れるように銀色に染まっていく。まるで色に染め上げられるイロクイのように、肌の色が、黒い髪が銀一色に。
「さすがに身体をくっつけるのはアレだけど……」
 そういうと、優美さんは指先から液体状になった金属を垂らし、僕の身体に落としていく。
「ひ、冷たっ!」
 まるで氷水を落とされたかのような衝撃に身体がはねそうになるも、手で薄く塗り伸ばされていくと少しずつ熱が外に逃げていく。垂らしては塗り伸ばされていく度に部分的な熱さは逃げていくが、その先から指先や足にまで銀色と熱が広がっていく。
「もうこんなになってる……このまま足も塗っちゃおうか」
 今度は何も付けず、細い足を包むかのように上からゆっくりと下ろす。手のひらから分泌された液体金属が足を包み込み、足にまとわりついていた熱を冷やしていく。重たさは感じないがうだるような暑さは冷めて身体を包み込み、いよいよ残すは顔だけになっていく。

「顔は……鏡を見ながらやってみる?」
 どんな風になっているのか、寝そべっている僕の視界からはわからない。興味本位に首を縦に振り、身体を持ち上げてもらうと、そこには銀色の2人が映っていた。
「うわぁ……」
 僕の顔も銀色に染まり、眼球も瞳も、濃度が違うものの銀色に変色していた。手や足は液体金属を塗られていたせいかメタリックな光沢が生まれ、優美さんと同じように光沢を放っている。一目見て誰だかわからなかったが、間違いなく僕の身体だ。
「顔までこんなになるのは他の人では初めてかも。感想はどう?」
「どうって、暑いとしか……」
「頭がこれじゃぁね。それじゃ、塗ってくよ」
「えっ、このまま――っ」
 鏡で自分の姿を見せられながら、優美さんの手で液体金属が塗りたくられていく。まずは首元、そしてあごのライン。塗り広げられていく度に暑さと引き替えにキラキラとした光沢が生まれていく。
「どう? こうやってテカテカになっていくの。涼しい? それとも……気持ちいい?」
「あぅ、ふ、あ……」
 頬を撫ぜ、そして顔を洗顔料で洗うかのように手前から奥に、下から上へゆっくりと塗り広げていく。どこか優美さんの顔は興に乗ったかのように活き活きとしていて、冷たさの中に妙な感情すら生まれつつあった。
「なんだか、どきどきする……」
「ドキドキしちゃうんだ。せっかく暑さも収まったのに」
 冷たさが戻って気付く、興に乗って塗り広げていく優美さんの姿。活き活きとして、外での案内とは違った顔。銀の光沢と艶のある明るい笑みは、僕のドキドキをさらに加速させ、突っ張らせていく。
「これって、どうすれば収まるの……わっ」
 視界が急に塞がれ、眼の奥にたぎっていた暑さが収まっていく。
「ど、どうすればだろうね、知っているといえば知っているけど……」

 優美さんの声もどこかうわずっている。わかってはいるけど、うまく切り出せない様子。このままで本当に良いのかと冷めた頭でベルが鳴り始める。
 身体の全部じゃない。一部分だけ、腰の部分――つまり、おちんちんの周りだけはまだ暑いままだ。ここだけはパンツをはいていて、優美さんも手を付けていない。それだけに暑さが際立ってしまう。
「う、うぅぅ……」
 それもそのはずだ、優美さんも女の人だ。それが、おちんちんをいじるだなんて、大変なことだ。言い表せないけど、きっと『えっちなこと』だと思う。それを見ず知らずの、初めて会った人になんて――。でも、暑くて暑くてたまらなかった。

「これで、顔も全部冷えたはず。あとは――パンツの下だけだよね」
 目隠しをあげ、おでこを撫ぜると光沢のかかった僕自身の顔が現れる。ツヤのない状態から見ていたから、また別のように見えたけど……その仕上がりを見る度に妙な感じが止まらなくなっていく。


 しばらく沈黙が続き、サンの切り出した言葉に優美はやや引いたようなそぶりを取った。まさか、本当にやるのか。
 確かに自分が焚きつけたのは確かだ。しかし、いざ彼の下着で隠されている肌を見るのにはおっかなびっくりな部分があった。それでもサンの息は荒くなり、顔を濁している。冷えているはずの顔がますます熱くなっていくようにも思える程、羞恥に囚われていた。
「わかった、それじゃぁ……足、少しあげて」
 言われるがまま、足を伸ばすサン。彼のブリーフパンツを脱がスト、下着の部分だけがツヤもない。すなわち、幼く皮のかぶったペニスもツヤはなく、暑さのたぎっている状態であり、まるで熱を自ら冷やそうとひくひくと固く、震えていた。

 興味がないと言えば嘘になる。しかし直接触れるのにはまだ抵抗があるかのように、そけい部を触れ、手を動かしていく。
「あふ、ぁっ……んっ、んぅ……」
 前から後ろ、腰から臀部にかけて液体金属を塗り伸ばしていく。暑さを冷ます金属に艶のある甲高い声。それを押し殺すようは余計に優美を恥ずかしくさせる。遊ぶのでもなく、いじるのでもない。どこか一線を越えているという感情を引き起こさせる細身の少年は、先ほどまで外で案内をしていた見知らぬ子供だったのに……。
「ちょっとくすぐったいかもしれないけど、我慢して。ね?」
「……うん」
 そして、いよいよのこった小さなペニスを、手で覆うように包む優美。暑さもあるが、硬さもある小柱を上下すると、サンの身体も震える。興味もあったが、驚きもひとしおだった。そもそもペニスを実際に触ったこと自体がない。
 皮がかむり、銀の光沢に覆われていくサンの陰茎は怪しげに優美の思考を誘惑する。覆う皮をむき、中に液体金属を流し込めばどうなるか。膀胱の中まで銀色に染めてしまえば、彼の身は一体どうなってしまうのか。そして、サン君の身体すらドロドロの液体金属に変えてしまえば――。

「ひああぁっ!?」
 急に発せられた嬌声に現実に引き戻される優美。
「大丈夫!? ちょっと刺激が強かったかも」
「ううん、大丈夫、です」
 その表情を察してか、サンは心配させないよう振る舞う。

 駄目だ、これ以上は取り返しのつかないことになってしまう。
 成り行きに任せ、進んでいい部分を遙かに超えている。サンも、このままでは断れないままおぼれてしまうだろう。
 優美は軽く息を整え、包み込んだ手をほどいた。


「……」
「……」
 もし、熱に浮かされたままだったらそのまま事に及んでいたかもしれない。それを止めたのは、身体を冷やす金属の光沢。
 それでも、YESかNOかは返さないといけない。元はと言えばと言えば、僕が案内を任されたのだから。

「……あの」
 紳士として、せめて最後はちゃんと断ろう。
 口を開き、断りを告げようとしたその時だった。部屋の外から濁流のような騒々しい音が聞こえ、そして――無造作に扉が開かれた。

「サーンーく……キャーッ!!?」
「裸……」
「しかもキラキラしてる! 新しい色使いさん?」
 怪訝な眼で見る少女、六宮さん。興味本位で見つめる少女、きらりさん。そして――パニックになってドア前にかけていた僕のコートで顔を隠す少女、城奈。
「あの、その、これには色々と訳が」
「服を着ろーっ!!!」

 言葉と共に、城奈の手によって僕のコートが勢いよく投げつけられた。

「ほれ、これでサンも元通り。気分が悪くなってくる……」
「ありがとう白い鬼さん、手間をかけさせちゃって」
 結局サンの体内と体表に留まっていた魔力は零無の力によって吸い出され、優美に戻されることとなった。
 優美の力は”色”――すなわち生命力との親和性が強かったようで、一時的に色を上書きすると同時に、一種の高揚感を周囲に振りまく副作用を与えていた。加えて散るはずの魔力を外から押さえ込んだため、吸い出しが遅れていれば、状況はさらに悪化していただろう。
「近寄るなとは言わんが……なんとも奇怪な魔力よ」
「これでもなかなかイケるんだけどね」
 服こそ着ているものの、銀色の身姿を零無に見せつける優美。お気に入りであろう彼女の姿を見て零無は言葉なく吸い取った魔力を送り返し、早々に消えていった。

 その一方で、サンは少女達から厳しい目を向けられていた。
「てっきり城奈に見切りを付けたのかと思った」
「見切り!? 僕は案内をしたはずなのに……」
「……それでも色みたいなものを片石さんと塗りたくってたのーね。言い逃れできないのね」
「エロケンが知ったら明日の話題独占確実」
「うぅぅ、それだけは許して下さい。お願いします」

 許しを請うも城奈と翠の見る眼は非常に冷たい。成り行きとはいえ、優美と塗り合っていたのは少女2人にかなりのショックを与えたようだ。
「今回の件は私にも非があるし、あまり青葉君を責めないであげてね。この通り」
「きらりはもう許したよ。でも色使いじゃない、色みたいなのが使える人っているんだね」
 興味津々のきらりも優美から液体金属をもらおうとしていたが、つるつる滑って思うようには肌に付かないようで、取り扱いに四苦八苦していた。色の種類によって影響も異なるようだ。

「ねぇねぇ。電車がくるまでもう少し時間あるし、きらり達が案内しようか?」
「いいの? 私としてはありがたいけど」
「と言うか、サン君だけ抜け駆けしてずるいもん。ね、すーちゃん」
 きらりの言葉に首を縦に振る翠。翠がサンと優美を追っていたのも、若干の嫉妬が混じっていたからだろう。
「そんなつもりではなかったんだけど……せっかくだし4人でいきましょうか」
「OK! でも、片石さんの隣にはきらりちゃんが付いてるのーね」
 そう言い、城奈は着替え終わったサンの上着を軽くつかむ。サンも罪悪感を覚えるも顔には出さない、顔に出せば余計に城奈を煽ってしまうのは経験済みだから。

「うん、城奈のとなりには僕がつくよ」
「うむっ! そそうをした分、城奈が見守るのーね」
 どこか上から目線なのはいつものこと。古くからの秘めたる主従関係。
 城奈はお姫様、サンは騎士。今も昔も変わらない。だからこそ取り乱すし、罪悪感も覚える。そうして2人はケンカをし、仲を取り戻す。

「それじゃ、いきましょうか!」
「しゅっぱつー!」

 2人が5人になり、城奈が用意した車で一行は旅立つ。

 異邦人に街を紹介し、街の楽しさを教えるための旅路は、きっと楽しいものとなるだろう。

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