#3 惑いを誘う一条の色

「授業の前ですが、先生の大事なSDカードを探してます。廊下に落とした可能性もあるので、見つけた人は先生に届け出るように」

その先生の声に浮かない顔を見せるサン。

「(もしかして、さっきのカードは……)」

そう思うとうかつに出すわけもいかない。もし出せば、どんなことになるかわからない。
そして、美奈子も近いことを考えていた。サンが白状し、提出すればそこに畳みかけるように告発すればいいと。

「(まぁいいわ、どんなタイミングになろうとあの先生なら見つかったって言ってくれるし、出さなければ罪が重くなるだけ)」

授業を受けつつ、その時が来ることを待ちわびる美奈子。そして焦る燦太ことライト。

「(早く六宮の机に入れちまえよ。せっかくの呼び出しが台無しじゃねぇか)」

三者三様、授業が進んでいく。もっとも一部の生徒は授業に集中できない様子。
城奈の心変わりに対し付き合いを問うものや、本音をこっそりちぎったノートに書いて回すものなど、様々だった。

「(まぁ、あんなことがあった後じゃざわつくよね)」

翠は達観しつつ飛んでくる消しゴムのかけらなどを無視し、黒板と向き合う。
授業は終わりに差し掛かりつつあり、ライトのいらだちも頂点に達しつつあった。

「(こうなったら2人とも怪しいって言ってSDカードを引きずり出してやる。そうすれば――)」
その時だった。窓を叩くような音をライトは耳にし、視線を向ける。視線の先にいたのは、見慣れた人。
「(リ、リーダー!? まじかよ。しかも開けろってことか?)」

リーダーと称す少年は、眼のふちや額に文様が書き込まれており、目に光がないという異様な状態だった。しかもここは3階、上ってこれるはずもない。

「千早さん、外が気になるのかな?」
「(ええいままよ!) あー、ちょっと暑いから窓開けようかなって!」

意を決し、千早燦太ことライトは窓を開けた。窓をのぞき込んでいた少年は瞬く間に理科室になだれ込む。
その少年の姿に全員、二重の意味で驚くこととなる。

「い、一ノ瀬君!? 行方不明になったのでは」
「ニュースで出てたよね?」
「なにあのメイク、変なの」
「ここって3階だよね?」

そんな言葉に少年――一ノ瀬 健児は返事をせず、つぶやく。
「朱音、命令を執行する」

そういうや握りしめていた濁った色の水晶玉を投げる。
球は美奈子の席の後ろ――人体模型のはいった棚に当たり、砕けて中身が飛び散った。


「あれって――やっぱり」
「エロケンじゃん」
エロケンとは一ノ瀬 健児の別称である。彼はスカートめくりや更衣室覗き、下着盗みといった行為をたびたび行い、怒られてきた常習犯である。
そんな彼にぴったりなあだ名といえるが、どうも今日は雰囲気が違う。

「あれって怪物みたいな雰囲気……」
「イロクイなのね」
「イロクイ?」
「色を食い、自らの領地を染めていく怪物だからイロクイって呼ばれてるのね」

先生の指示で机の下に潜り込んだ翠と城奈、そしてサンは合流し、話を聞く。

「で、2人とも色使いと」
「そうなのね、もともと城奈とサン君のつながりも色使いによるものなのね」
「なるほど仲がいいわけで」

2人の色についても聞いたが、直接的な戦力にはなりえないという。
ここでも最後の一撃は翠に託されることとなる。

「イヤァァッ!!?」
そんな話をしている間に、美奈子に危機が迫る。
砕けた水晶玉に入っていた内容物は霧となり、ガラスをすり抜けて人体模型に入り込む。すると、人体模型は棚を内側から開け、眼前にいた美奈子の首をつかんで持ち上げた。
「な、何するのよ!はなし、ギィッ!?」
そして片方の手で顔をわしづかみにすると、美奈子の生命力――色を吸い出し始める。人体模型に色が流れ込むも周囲に流れ出し、黒い霧となって滞留していく。
一方で美奈子の身体は色を失い、人体模型に染め上げられるように樹脂化していく。服はそのままだが髪はかつらになり、体中に切れ目が入り、人体模型を彩るデザインと化していく。

「(な、何が起こって、声が出ない……)」

樹脂化していた美奈子の顔は半分に割れており、アイアンクローをやめた人体模型イロクイは頭の割れ目に手をかける。
ピンクのセミロングのかつらが落ち、音をたてぬまますんなりと顔半分が取れ、右脳と片目が丸出しになった。

「(イヤアアアアアアアッ! 私の身体に変なことしないで!)」

美奈子の届かぬ悲鳴を聞かず、身体を地に下ろす人体模型イロクイ。カツンと音を立てて理科室の地に降りた美奈子の人体模型、その右脳を、右目をイロクイは抜き出す。

「( やめて、私から抜き取らないで)」

どちらとも本物ではないプラスチックで作られた作り物。しかし、見る間にサイズを合わせると、イロクイは中身を入れ替えるように自らの脳を外して収納する。
そして置き換えるように自分の右脳と右目をはめ込む。抜き取られ、暗転した美奈子の視野はモノクロになり、思考が乱れ始める。

「(もう弱みを握ったりしません、先生をだましたりもおとしめもしません、だから、だから……)」

ろっ骨を取り出し、入れ替える。
心臓を取り出し、入れ替える。
胃を取り出し、入れ替える。
肝臓を取り出し、入れ替える。

「(わたしは、ワタシ、ワタシ、ナニ、ジンタイモケイ、ニンゲン、ニンゲン?ドッチ?ドッチ??)」

正常な思考ができなくなり、美奈子と人体模型の混ざったものに狂いが生じ始める。
その様子を知るはずもない人体模型イロクイが、にやりと笑った。


美奈子の色が座れ、中身が入れられている様子に焦りを覚える3人。
どうやら一刻を争うとはまさにこのことのようだ。

「もう時間がないのね、このまま染め上げられると元に戻せるかが怖いのね」
「戻せないとどうなるの?」
「……ニュースでアート作品のが出回ってるのは知ってるのね? あぁなるのね」
「お、おぅ」
あれは似せたものではなく、犠牲者そのものという事実にショックを受ける翠。どんなことであれ、クラスメイトをアート作品にするわけにはいかない。

「まずは城奈がイロクイを後ろの席に引き付けてみんなを逃がすのね。六宮さんは追い詰めたところを撃破して、染め上げられた人はサン君が応急手当なのね」
「わかった、やれるかどうかはわからないけど。」
「あと、これ……どうしましょう。引っ張られた後、押し付けられて」
そういうや、サンはSDカードを渡す。カードには黒いペンで『万田用』と書かれていた。万田とは先生の苗字だ。
「……それはそれでいい考えがある」
翠はカードと襲われている美奈子を見て、即座に考えを働かせた。

「リーダー! 一体どうしたんです!? みんな心配してたし、今までこんなことしてなかったじゃ――」

一方、人体模型が動き出し美奈子を襲う様子を目の当たりにし、驚愕するライト。自分の起こしたこととはいえ、何が起こっているのかわからなかった。
なにより、大規模な迷惑がかかるようなことをしないのが健児のいたずらだったのに、今回のは大きく逸脱する。ライトは問うも、健児は疑問に答えない。

「お前は、これだ」

そして回答の代わりに、白い水風船のようなものを取り出し、握りつぶす。中身がライトの目の前で弾け、振りかかる。
「わぷっ、リーダー! なんだこれ? どんどん広がってねばねばして、たすけ――」
全身に白い色が広がるとライトの身体はぐちゃりと崩れ、再び人の形をとる――その姿は半身のみ人型をしていて、まるでスライムのようだった。

「このカラダ、モラッタ。オレのものだ!」
「ら、ライトが妖怪になった!」

近くにいたレオが驚き、逃げようとするも腕を伸ばし、つかんで引き込む。

「いやだああああ! 俺はこんな奴の一部になりたくないあああい!!」
だがレオの叫びもむなしく、粘体の身体に取り込まれ、枝分かれするように頭が増える。

「ハハハ! 増やす、染める!!」

その異常さにこっそり逃げ出そうとしたモミジと生徒も凍り付く。
そして目が合った瞬間。

「逃がさないぞオオ!」

多量の白い粘液を後方の席から教壇まで届く勢いで噴射するイロクイ。
後に残ったのは固まり、動けなくなったモミジ含む生徒の数々。

「……」
ライトが変化し、人体模型がイロクイに代わる。そんなおぞましい状況を見届けると、朱音と名乗っていた健児は入ってきた窓から飛び出す。
「待つのね!」
健児は窓から飛び出すと校舎の屋上へと跳躍し、そのまま飛び去って行った。
「あれは間違いなく赤の色の力なのね……にしても効力が桁違い。どういう意味なのね」

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