#4 作戦開始は黒の色

城奈が朱音と名乗った健児を見送る一方、状況は悪化の一途をたどっていた。

『……!!』
『ヒヒヒ!』
人体模型は相変わらず固まった臓器を抜き取っては入れ替え続け、ついには手や腕も引っこ抜いては入れ替え始める。
サイズが明らかに違うが、それでもぴったりはまり、アンバランスな腕が美奈子の身体についた。
そしてライトとレオを取り込んだ粘体イロクイは、ずりずりと理科室の外に出ようとしている。
もし出てしまえばどれだけの被害が出るかわからない。それどころか怪物騒ぎだ、倒すどころではなくなってしまう。

「とにかく、私はねばねばしたやつを何とかするよ」
「おっと、そうなのね。サン君は時任さんが染められるのをふせぐのね!」
「わかった、問題はどこから……」

サンは美奈子を見回す。すると、足だけはまだ浸食が遅れていた。人体模型には不要な足だからだろうか、蝕まれていないのは不幸中の幸いだった。

「少しずつ近づいて……」
サンは伏せたまま近づき、美奈子の足をつかむ。

『!!』
「もう少し我慢してください、今助けます」

足をつかまれたことで体が動く美奈子。ガチャガチャと音が立ち、人体模型イロクイが不審そうにみるが、バレてはいない。
サンは集中し、美奈子に自身の色を流し込む。橙の色、生命力を活性化させることで自然治癒力を高める色。これにより美奈子の色を取り戻す。そんな算段だった。

『(あたた、かい……)』
『…………』

少しずつ生命力を取り戻していく美奈子。不思議がる人体模型イロクイは下腹部の表層を取り外そうとするが、なかなか外れない。

「このまま色を注いで、人体模型のイロクイに伝われば動きも止められないかな」

自然治癒力を高める橙の色は戦闘力がないとされている。しかし、時間稼ぎにはなるかもしれない。そう考えさらに色を流し込んでいく。
美奈子の肌は徐々につやを取り戻していくが、加減しないと内臓や筋肉がむき出しのまま戻ってしまい、非常に危険だ。
そんな中、視線がサンの方をむく。

『みつけたぞぉ!』

双頭となった粘液イロクイは息を吹きかけるように白い霧をサンに飛ばす。霧がかかったサンの身体は白色が張り付いてまだらになっていく。

「しまった!」
『……!!』

人体模型イロクイも突然上がった声に気づき、硬い体と短い腕を伸ばして捕まえようとする。足がない為なかなか届かないが、つかまれれば何をされるか目に見えている。

『かかり損ねたな、今度は吐きかけてやる!』

今度は息を吸いこみ、粘液そのものをぶつけようとする粘体イロクイ。万事休す。そんな時だった。

『ッ、ギャアアアアア!!!』
「オロロロロロ!!!」

黒い光が粘体イロクイにぶつかってはじけ、絶叫と粘液を周囲に吐き散らす。

「ギリギリセーフ。威力調整むずい」

黒い光の正体。それは翠から放たれた黒の色だった。


『キサマぁ!』『取り込んだヒトの身体が無事じゃないぞ!』

そんなこと言ってる場合じゃないんだけどなぁ、と思う翠。彼女にとってもこれまでの緑地での戦いと違い、加減が難しいものだ。

「もうちょっと威力弱目でお願いなのね。サン君、もうちょっと時間稼いで!」

サンは人体模型イロクイから距離をとろうと、美奈子の片足を引っ張って動かそうとする。するとバランスが崩れ、斜めに傾く。

「わーっ! 城奈も手伝うから待つのね!」
「ごめん、いっせーの!」

城奈が机の上から出て、肩を持ち上げて遠ざける。美奈子の腕はつながっていて、かつ元の大きさに戻りつつある。外れた部分を戻して色を吹き込めば復活できるだろう。
人体模型イロクイはそれを阻止しようと手を伸ばすも、腕が短くなった分届かず、距離をとられてしまった。

『クソッ、こいつ手加減しねぇ!』『窓から逃げるぞ!』

翠はといえば、色の出力を調整しつつ黒の色を放ち、圧倒していく。もとから筋がいいのか、それともイロクイの動きが鈍いのか、翠の放つ色は次々イロクイに当たり、弱らせていく。

「っ、はぁ、はぁ……」

もっとも、翠自身も生命力と引き換えに攻撃してるのでただでは済まない。急激に連発すれば倒れてしまうかもしれない中、駆け引きが行われていた。

「(打てて大きいのを1発、刻んで2,3発か。弱らせたいし、連射で行くか)」
『(このまま相手にしてちゃやべえ)(力は前より強くなったんだ、ここから逃げて他のやつを染めに行くぞ)』

翠は伏せつつ、イロクイは身を縮めつつ様子を伺い――そして、黒い色が翠の指先から1発放たれた。

「う、外した」
『ハハハ!』『このまま窓割って逃げ――オイ、どうした?』

翠の攻撃をよけ、窓を割り損ねたイロクイ。その体は真っ二つに分かれ、分裂していた。
分裂したためか力が足りず、窓が割れなかったのだろう。では、片割れは何をしているのだろうか?

『ハハハ、赤い色!赤い色うめえ!』
「うまく引っかかったのね! 六宮さん今のうちなのね!」

片割れはドアにかかった赤の色に張り付くイロクイの片割れ、それに対し翠は息を整える。

「まだ2発撃てる。これでおしまい」

渾身の力を込め、手から放った黒の光は粘体イロクイにぶつかり、真っ黒に染め上げた。

『ギエエエエ!!』『アアアァァ!!』

そのままカラカラに乾き、ぴくぴくとけいれんするイロクイ。だがこのままでは取り込まれたライトとレオの命に危険が及ぶ。

「サンくんこっちこっち! 思いっきり色を流し込むのーね!」
「もう人使いが荒い……」

そんなイロクイに橙の色を流し込むサン。すると次第にライトとレオの姿を取り戻していく。

「いってぇ、何が起こったんだよめちゃめちゃじゃん」
「うぅぅ……うわ、真っ白な何かがある」

ライトとレオはよくわからないまま辺りを見回す。白くまき散らされた粘液によって固まった先生やクラスメイト、大きく割れた窓、被害は甚大だ。
そんな状況を悟ったかのように、チャイムが鳴った。

「……私、きらり呼んでくる」
「あっ、ちょっと! あー、どうしようこのイロクイ」

事態から逃げるように教室から飛び出す翠。そしてすっかり忘れられた人体模型イロクイは、困惑するかのようにたたずむ。

「うーん、組み立てるのが難しい。城奈手伝ってください!」

そして、一部ばらばらになっている美奈子を組み立てるサンは、城奈に救援を求めた。


「ところで、色使いのことは教えたとして……六宮さんを引き入れるかどうかだけど」
「うーん、黒の色は神社の面々にもいないし、今の状態だと戦闘力に欠けることを考えると教えたいところなのね」

城奈とサンは美奈子の人体模型を治しつつ、動かない人体模型イロクイから距離をとりつつ翠の扱いを考える2人。
クラスメイトとしてではなく、色使いとしてだ。きらりやサンは知っているが、きらりが誘った翠はまだ知らないだろう。

「そう考えると早めに言ったほうがいいですね……布津之神社について」
「なのね、どうも最近イロクイが活発というか、紫亜さんら中学組でもすぐに対処できないことが多くなってきたのーね。そもそも今日のだって……」
「一ノ瀬君……でしたっけ」

特に驚きを隠せないのは、一ノ瀬 健児の乱入だ。サンは面識がなかったとはいえ、城奈はあったし、サンもまたニュースで顔を把握している。
しかし、あの時見た健児はどこかうつろで、顔に紋様が入っていて、なにより窓から遠く離れた学校の屋上に移るという、人間離れした力をもっていた。

「これは紫亜さんにも――」
「あっ、城奈ちゃん! おーい!」
「あっ、きらりちゃんだ。早いところ他の人も戻さないとなのね。ところで翠ちゃんは?」

城奈の問いに、ふらふらと入ってくる翠。

「いるよ」
「連れてきてありがとうなのね。でも無理は禁物なのーね」
「わかってる、ええと残ってるのは先生とかあと何人かか」

不幸にも先生含むクラスメイトのほとんどが固まっており、狙い撃ちにされた格好になった。しかしサンときらりがいればひとまず安心だ。

「ねぇ、いつもこんなことしてるの? というか今までになかったんだけど」
「城奈もこんなこと初めてなのーね。見てこれ、こんなのぶつけられたこともないのね」

そう言い、城奈は小さな水晶玉を取り出す、おそらくこの中に入っていた力が、人体模型をイロクイに変えたのだろう。

「そもそも人体模型は自然物じゃないからイロクイにならないはず。どうしてなのか見当もつかないのね」
「うーん不思議」
「不思議だけど……かなり詳しいね」
「まぁなのね。それでだけど――」

城奈と翠、きらりが話をし、サンが1人で美奈子の人体模型と格闘している中、置き去りにされた人体模型がカタカタと動き――。

『……!!』
「危ない!」
きらりに飛び掛かるように、その身を跳躍させる人体模型イロクイ。
そして、イロクイの進路をふさぐように両手を突き出し、翠は黒の色を直接浴びせかける。

『…………』

人体模型イロクイは悲しそうな顔を見せたように思えたが、そのまま黒く染まり、黒い霧とともに元の人体模型に戻った。


――疲れた。そう言いベッドに伏せたのはきらりと城奈に連れ帰ってもらった後だった。
サンの橙の色で回復させたり、車で家まで送ってくれたりと、気にかけてくれているのは確かなのだろう。家に入れるのはさすがに遠慮したが。

「それにしても色使いの組織……」

翠は車の中でぼんやりとではあるが、布津之神社のもう一つの顔を知った。
布津之神社は色淵が丘の氏神――土地の神を祭っている神社で、年末年始や行事の際はよく人の出入りがある上にお賽銭も結構多いらしい。
聞いた話だとそれぐらいだが、そこで色使いが集まって作戦会議を立てていたなんて、きらりから全く聞いていなかった。

『特に誘うつもりはなかったんだけどなぁ』というきらりの言葉は、間違いではないだろう。彼女が勧誘目的で翠を色使いに覚醒させるほど賢くはない。

「…………」

翠はベッドに顔を潜り込ませ、さらに考える。人づきあいがあまり好きではないが、友人は欲しい。それに、色使いについても知らなければならない。
街を守るというよりも、きらりを助けるうえで、必ず助けを求める時が来るだろうから。

「行ってみるか」

ひとまず連絡は明日にしよう。そう思い、翠は深い眠りについた。

一方、帆布中央病院の特別室では物々しい音が鳴り響いた。

「それで命令だけこなして帰ってきたって? ほんとにお前人形だな!」

ツインテールに灰色の髪、赤い瞳。メガネはかかっていないが、外見は一見すると行方不明になった三隅 藍だ。
先ほどの音は、花瓶を無造作に投げつけて壊れた音だ。
そして傍らで棒立ちで立っているのは一ノ瀬 健児。双方とも行方不明で捜索中の2人が、なぜかここにいる。

「やはりキツイ呪印を施しただけの肉人形じゃ命令に限界があるな。もう少し工夫するか。朱音、来い」

そういうと、健児を招き入れ、呪印を一度解除する藍。

「うぅ……てめぇ、三つ編みねーちゃんと俺に何しやがった」
「お前が知る権利なんざないんだよ、殴るぞ?」

そう言い、指先を健児の額につけ、なぞりだす。

「ガアアァァァァ!!? や、やめろぉ!またいやなことさせるんだろう! やめろぉ!!」
「今度はお前の意思を少しだけ残してやる。けど命令に反したら今のような激痛が走る。お前はアタシの従順な肉人形――朱音のままでいろ」
「ぐ、かはっ……はい、橙藍鬼とうらんき、さま……」

呪印を施しなおし、息を荒げながら藍を橙藍鬼と呼ぶ健児。

「そうそう。この街はいいよなぁ、先に住んでいたやつがずいぶん思い切った土地の作り方をしてやがる。イロクイへの不干渉を誘導し、イロクイにまつわる事件を記憶から忘却させる――人間牧場にでもする気かな?」

ニヤニヤと近くに転げている新聞を見ながらつぶやく橙藍鬼。そこには大々的に取り上げられていた誘拐事件の話題は小さく掲載されるにとどまり、別のニュースが大きく飾っている。

「まぁこの受肉した橙藍鬼様が全部奪うがな。改良中のこいつもある、もっと数を増やせば大規模な『色禍しきか』だって起こせる。あぁ、楽しみだ、そのためには――わかってるな」
「はい、ニンゲンを連れてきて、シロクイに施す」
「まぁ当面それであっている。間違ってもまだ大っぴらに出るんじゃないぞ? 病院内だけにしな」

2人だけの空間を形成するかのように、ただただ室内は外部の存在を拒絶していた。

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