#5 あの日の色は

某日、三隅 藍と一ノ瀬 健児は橙藍鬼に襲われた。
橙藍鬼――色の生命体である『色鬼いろおに』とともに現れたのは、白い怪異『シロクイ』だった。

「なんだよこのバケモノ、気持ち悪ぃ」
「こんなイロクイ見たことない……いいから逃げて!」

藍は戦闘力に乏しい橙の色使い。そして健児に至っては色使いですらなかった。
一方色鬼は存在そのものが生命力であり、色の使い方は手足を扱うに等しい。そしてイロクイともつかない、未知の怪物。
情報も技量も足りない。2人は彼女たちの前になすすべもなかった。

「やれ、女もガキも吸ってしまえ」
亡霊とともに、のそのそとシロクイはぬめぬめとした真っ白な巨体を揺らし、藍に襲い掛かる。
数は3体。動きは鈍いが、逃げようものなら――。

「逃げようなんて思うなよ?染めて大地のシミにしてしまうからな」

赤色レーザーのごとく鋭い色を2人の背後にぶつけ、おどしをかける。
逃げることも攻めることもできない。最初から抵抗できないことなんて悟っていたのだろう。

「どうするんだよこれ」
「うぅ……っ!」

一瞬藍は悩んだ。悩んだ末に……前に飛び出し、シロクイに体当たりを仕掛けた!

『!!』
「おっ、なんだ? 追い詰められすぎてやられに来たか?」

橙藍鬼がニヤついている。嫌な笑みだが、やるべきことは健児にとってわかっていたつもりだった。

「こ、これであの子だけは……」

それを悟ったかのように藍はシロクイにひとのみされ、腹の中に収められる。シロクイの腹が膨れ、じんわり橙色に染まる。

「あっけないなぁ……あ? あの子?」

言葉を察し、あたりを見まわす橙藍鬼。するとそこには、社務所のドアをたたく健児の姿があった。

「誰か来てくれ! 変な化け物が神社をうろついてる!」
「クソガキがぁ!」

髪を真っ赤に染め、激高した橙藍鬼は、一陣の風となって健児に近寄るや、彼の身体を上空へと引っ張り上げた。

「化け物だと? なっ、本当ではないか! しかし声の主がいないのは一体?」
騒ぎを聞いたひげ面の男は棒を手にシロクイを見る。シロクイは急に主人がいなくなったことでおろおろし始めたが、次第に神社の近くに建つ鎮守の森へと姿を消した。
「見たことがないイロクイだ。当面は森への出入りを厳しく制限しなければな」

ひげ面の男も不思議そうに見送りつつ、跡地にに残った光るものを手に取る。
「眼鏡……まさか!」
あのイロクイともつかない怪物に1人食われた後だと知った時には、すでに手遅れだった。

「クソッ、離せ!」
「まったくとんでもないことをしてくれたな。スキを作って1人逃げ出そうとはずいぶん頭が回るやつだ」

鎮守の森を経由し、シロクイを回収した橙藍鬼は、ある病院の院長室を襲撃。脅したのち、個室を用意させた。
その病院とは帆布中央病院。帆布市でも中規模医療施設にあたる病院だ。


「まぁいい、ここにしばらくは身を隠すとするか」
そういい、健児を解き放つ前に額に赤い紋様を強く書き込む。

「ア、ガ! アガガガ!!! あ……」
「暴れられては困るからな。呪印でおとなしくしてもらおう」

額に刻まれる紋様は脳内にまで食い込むかのような痛みで健児を襲い、存在を上書きしていく。
激痛と苦しみ。それだけで健児の意識を飛ばすには十分だが、さらに施された呪いが自分が何者なのかを定義し、肉体をも強化していく。

「お前は『朱音あかねと名乗れ。食べ物は自分で調達し、ここに戻ってこい』」
「……ハイ」

目から光をなくした健児――もとい朱音は

「命令は絶対だ。逆らえばお前だけじゃない。こいつも死ぬ。まぁ今の状態ではわからないか」

そう言い、竹の筒のふたを一本解放し、シロクイを開放する。その全身はまっしろではなく、橙色に染まっていた。
そのシロクイを『フン』と鼻を鳴らし、手刀で体を切り裂く橙藍鬼。橙色の霧が勢いよく噴き出し、シロクイがもだえると、切り口からごろりと、白い物体が転がり落ちた。

それは藍だった。正確には、生命力をすべて吸われて『白化(はくか)』した状態の藍というべきか。
「今のこいつはカラカラの布みたいなもの。微細な生命力も吸い取り、それと同一化してしまう」
そう言い、近くに飾られていた花瓶から花を一輪、丸くうずくまっている藍の身体に近づける。すると花は一瞬で枯れ、制服のスカートは薄い花の色になる。が、色の尽きた花はすぐに粉々になってしまった。

「そう、カラカラだ。だから、アタシが水を注いでやろう」

砕けた残骸を捨て、橙藍鬼は自らの身体を白化した藍に重ね合わせる。
藍の身体に橙藍鬼の身体が吸い込まれていく。橙藍鬼は色鬼、生命力そのものだからこそ、このように白化した肉体を『乗っ取る』ことが可能となる。
藍の髪は白から赤く、そして肌も白から肌色に代わっていく。
そして大きく伸びをし、スカートが脱げたまま立ち上がり、橙藍鬼は体を見回した。

「ク、ハハハ! やったぞ! 色使いの身体を受肉できた! これで――うぐっ!?」

完全に乗っ取ることができたはず。しかし、頭の中で響く声は藍そのもの。

「(……エ……テ)」
「くそっ、まだ吸い取り足りないのか? まぁ良い、お前を全部塗りつぶすまでよ」
「(カエ、シテ)」
「うるさい!お前のようなかよわい色使い、食ってやる! そしてこの街も、全部だ!」

赤い髪は燃え尽きたかのように灰色に変わり、代わりに瞳が赤くなる。
橙藍鬼の身体にずしりとした重さがかかり、身体を不快感が駆け巡る。
その不調こそ、藍の橙藍鬼に対するかすかな抵抗でもあった。
「くそっ、しばらくここで体を慣らすか。この土地、逃しはしないぞ」

かくして、帆布市から行方不明者が2人増えた。
正確にはその所在が判明していても、公にはされない場所に潜り込んだ化生は、この街を塗りつぶすべく、暗躍を始めた。

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