節分までに間に合った +100
という訳で食品化です。具体的には恵方巻き化です。
最近よく書くようになったなこういうの。
今日は節分。豆を巻いて鬼を払う日だが、最近は恵方巻きという風習が流行り―― というか、私らの世代だと恵方巻きのほうがメジャーな気がする。
もっともなんで流行ったかというと……。
「すーちゃん、早く並ばないと無くなっちゃうよ」
「大丈夫、言われた分は予約してるし。紫亜さんの家でごちそうになるんじゃない?」
「うーん、どうかなー?」
スーパーの店頭に並ぶ恵方巻きの登り。海鮮、サラダにスタンダードと並ぶ中を人々がごった返している。ごった返す店の中で、そんなざわめきが、突如悲鳴と喧騒に変わった。
「外! うち!」
「あたたた、やめてくれ!」
突然店内に現れたのは、マスの体を持った巨大な怪物。それが中から豆を取り出し、人々にぶつけ始めた。
「ここからだと出口が近い、出口へ逃げてください!」
物が飛び散る店内から逃げるよう、先導する男性店員に続き、おばさんや若い女性と豆から逃げようとこぞって出口に飛び出していく。しかし、外には別の影が進路を塞いでいた。
「ぐふふ、飛んで火にいるなんとやら。それぇ!」
まるで太巻きに目がついたような怪物は、おもむろに手を上に掲げる。すると立っていた人々の足元はゆらぎ、揃って尻餅をつくやベチャッとひっついて動けなくなる。
「何これ、地面が真っ白になってる」
「まさか、ご飯とノリ?」
「ご明察、具は貴様らだ!」
腕を引き寄せるジェスチャーを取り、背後のすだれが持ち上がって人々を押しつぶす。横から見れば辛うじて足や顔が見えるが、じわじわと色が単色に変わっていく。男性は灰色、おばさんは黄色、若い人はレタスのような黄緑といったぐあいだ。
「これを押し固めて切れば太巻きの完成だ。沢山食べてもっと強くなるぞ!」
ギュッぎゅっと押し固められると悲鳴すら聞こえなくなり、巨大な太巻きを作る怪物に、人々はただ逃げ惑うばかりだった。
一方、店舗ではマスの怪物―― もといイロクイと人々が追いかけっこに興じていた。
「外!うち! 出ていけ、出ていけ!」
右往左往と逃げまとう人々は、出口に殺到しては新たな悲鳴を上げては姿を消す。そんな姿を翠ときらりは物陰に隠れつつじっと観察していた。
「何か変だよね、あのイロクイ」
「まるで豆をぶつけて外に追い出してる……他に何かいるのかも」
翠の読みは当たっていた。豆まきイロクイは逃げ惑う人に向けて豆をぶつけながら、少しずつ店の外へと追い出している。理由は分からないが、うまく行けば店から脱出しつつイロクイが倒せるかもしれない。翠はスマホをいじり終え、きらりを急かす。
「とにかくやろう」
「あ、ちょっと」
「何?」
「恵方巻き……」
「あとでまた取りに行けばいいでしょ」
きらりの言葉にツッコミを入れ、2人は物陰から飛び出した。ここからはスピードが全てだ。
「む、まだいたか。外へ! 外へ!」
豆まきイロクイが豆を2人にぶつけ、2人に迫ってくる
「いたたた!」
「結構痛い……と言うか、なんだか体が暑い気が」
豆がぶつけられた場所がじんわりと熱くなり、全身に力がみなぎってくる。赤の色を受けたときのような、パワーアップにも似た力の滾りだ。
「ねえ、きらり。このイロクイそこまで怖くないかも」
「すーちゃんもそう思う?」
首を縦に振る翠。
「店を出るのと同時に放つよ」
「うんうん」ときらりも言葉に応じ、2人は手を握る。イロクイが暴れ、周囲がめちゃくちゃになっている中を2人は注意深く走り、レジを抜ける。
「それそれ!」
「いくよ」
「せーの……!?」
きらりが驚いた顔で固まるも、翠が無理やりきらりの身体を向け、色を放つ。
白と黒の色が混じらず重なり合い、ぶつかると同時に店内に断末魔が響いた。
「ギョポォォォ!? お、鬼は、鬼ィィ!!」
色を受けた豆まきイロクイは一撃でよろめき、そのまま後ろに倒れて消えていく。しかし、きらりの顔は未だに焦りが残ったままだ。
「どうしたの?」
「あ、あれ……きゃっ!?」
突如2人の体が何かに掴まれ、すくい上げられる。丸い棒を重ねた、巨大なすだれだ。
「ん!?」
もがくもきつく縛られているせいか出られず、2人は巨大なイロクイに目を向けるばかり。
「片割れがやられてしまったが、白と黒の両方なら好都合。さぁ色使いはとっておきだ!」
巨大なイロクイの手からパッとすだれが外され、きらりが地面に落ちていく。このまま地面に激突か。しかし、イロクイは地面の手前ですだれを立て、ジャンプ台のように仕立て上げた。その結果、きらりは「ひゃあぁっ!?」と声を上げ、再び空を舞ってイロクイの足を構成する巨大な寿司桶の中に放り込まれた。
「うぅ、はなせ、離して!」
イロクイに噛み付くよう手からすだれに黒の色を流すが、すだれを持った奇妙なイロクイ――さしずめ太巻きイロクイはびくともしない。それどころか『してやった』という顔だ。
「ふふふ、あいつの豆を受けたものは俺に対する攻撃が弱まるのだ。あいつ自身には効果がないようだがなあ」
翠はふと思い出す。確かに豆をぶつけられたが、体が暑くなっただけで大した効果はなかった。その地点で疑うべきだった。
「そしてもう一つの効果である『色を引き出す力』――それは自分の体で確かめるがいい!」
太巻きイロクイがそう言うや、翠を縛っていたすだれを一気に締め上げ始める。すると、翠の身体から滴るように黒い液体が漏れ始めたではないか。翠の生命力である黒い液体が絞られるたびに、力が見る間に抜けて抵抗できなくなる。
「う、ぐ、うぅぅ……なんで、色が……もしかして」
「そう、引き出しやすくするのだ。白の色使いの方もよく見るといい」
すだれを傾けると、そこには寿司桶に囚われたきらりの姿。しかも熱々の米が襲い掛かってくるではないか。
「た、たすけて、ごはんやだ、やぁっ! あつい! あつい!」
思わず翠が助けようと身を捩るも、力が出ないのか思うように行かない。太巻きイロクイは右手に『合わせ酢』というラベルの貼ってあるビンを生成すると、フタを開けてふりかけだす。
「うぷっ、つめたい、やめ、て――」
酢がきらりにも浴びせられると、白の色が滝のように足元から流れ、ご飯に染み込んでいく。そして、きらりも色を失っていく。
「もう、だめ……ぇ、ごはんに、なっちゃう」
ぐったりと伸びたきらりは混ぜ合わさるご飯の波に飲まれ、全身が米粒に変わっていく。そして、変わった場所から少しずつバラバラにほぐれ、白の力を有した酢めしが出来上がりつつあった
「さぁ後はノリが足りないな」
膝についた扇風機がきらりの入った寿司桶を冷やしつつ、恨めしそうににらむ翠をみる。
「よくも、よくも……!」
「心配するな、材料はすでに用意している。後は白の色が混じったつやつや酢めしと、黒の色が入ったノリだけだ」
太巻きイロクイの言葉が示す通り、酢めしとは反対側の足には様々な材料が並んでいた。怯える少女っぽい卵焼きに、スーツっぽい形をした煮かんぴょう、パニック状態な少年っぽい穴子――。いずれもどこか人間の形を有しているのがかえって翠を焦らせる。
「(早く、早く……)」
こんなこともあろうかと、翠は紫亜達に連絡入れておいたものの、このスーパーから神社までかなり時間がかかる。間に合わないことは覚悟していた。
「さあゆっくり味わうといい!」
色クイはすだれを話し、翠を空に飛ばす。そして海苔を敷き、落ちてくるタイミングで上からノリをかぶせた。
「うあっ」
仰向けに叩きつけられた翠の細い体は、慌てて身構えるも海苔に挟まれ、視界も奪われ、さらに上から圧を加えられる。
「~~~~っ!!!?」
黒の色が絞り出され、同時に意識が真っ白になっていく。自分の力がなくなり、真っ白になる感覚は以前にも味わったが、いいものではない。
「(これ、助からないかも――)」
そう思いつつ、意識を手放した翠を尻目に、抵抗感の無くなったすだれはずり、ずりとノリを擦って1枚に仕立て上げていく。本来ありえないことだが――色クイはすだれをめくる。
「よーしよし、なかなか良い姿だ」
起こってしまった。2枚だったノリは1枚になり、その表面には翠を押しつぶしたかのような姿が薄い色でプリントされていた。擦られたことで引き伸ばされた身体は、幅も長さも倍近く引き伸ばされていた。
「(う、ぅぅ……なんて姿)」
「(ほかほか、あったかごはん――)」
無様な姿と化した翠だった海苔の上にきらりだった酢めしが敷かれ、具が載っかっていく。このまま巻かれてしまえば、イロクイの恵方巻きが出来上がってしまう。
「ぐふふ、美味しそうだ。早く完成させなければ――」
そこでイロクイの意識はぷつりと途切れ、何者かに吸い取られるように消えていった。
――
―
「ということじゃ。全く大変だった」
「というより、元に戻せる力なんて聞いてなかったし」
「そうだよー。これまで色抜かれたらおしまいだって思ってたんだから!」
あぁ、と零無はつぶやく。あのあと太巻きイロクイは紫亜達の手で倒され、残った酢めしや海苔などの材料は、零無は人間と分離させることで元に戻した。もっとも零無にとってわざわざ戻す義理もなかったのだが――。
ともあれ、翠ときらりは、布津之神社に連れてこられた。イロクイは消えたが、何とも後味の悪い終わり方だ。
「イロクイも頭を使うようになってきたからの。私も生き残るために手を貸すしか無いかと思ったまで」
「なるほどー……ということは、これからも手伝ってくれるの!?」
きらりが身を乗り出し、零無が押し退ける。
「くっつくな、くっつくな。私が出張るのも色々まずいのだ。いよいよってなったらちょっと力を貸す程度だ」
「ちょっと、ねえ……」
翠は零無のことを信用していなかったが、助けてくれるのならありがたい。色鬼ではあるので、まだ不信感はある。あるにはあるが、借りないようにするにはまだ力の足りなさを感じていた。
「ま、いくらでも手が欲しいのは確かじゃん。なぁ、六宮」
声に振り向くと、そこには鬼の面をつけた、健児の姿。
「ガオー! 太巻きにしちまうぞー!」
「……」
翠は何も言わず面を伸ばし、離す。バチーン! という軽い音とともに、馴れ馴れしく寄ってきた健児がもんどり打った。
「いってぇ! いきなり何すんだよ」
「うるさい、豆ぶつけるよ」
翠が腹を立てる中、きらりと零無は笑う。課題は残っても、今はひとまず休むだけ。しばらくすれば皆が集まり、鬼を交えた追儺が始まることだろう。
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