奔放な色使いと黒と紫の苗床

「――というわけで、最近妙なイロクイがあちこちでうろついておる。これを克服するには全員でかからねばならないわけじゃ」
 いつもの放課後、いつもの布津之神社の昼。零無は本片手に目の前にいる色使い達に話をしていた。

 イロクイとはそもそも、知性を持たない存在だ。本能だけで動き、本能のままに捕食・増殖する。そこにたまたま人間が入り込んでしまうために事故が起こる。これを排除するのが帆布市の色使いの役割だ。

 だが、最近は違う。明らかに何者かによって手を加えられた『知性のあるイロクイ』がうろついている。今こそ大した脅威はないものの、今後どのように牙をむくかわからない。
「不用意に動き、イロクイだからとたかをくくるようなことをせず、まずは――」
 ふと、体操座りをしていた翠があくびをし、膝に顎を乗せる。
「これ、黒の色使い。飽きてそうな顔をするな」
「だって紫亜さんほどではないけど話長いし」
「でも大切な話なんだし、聞かなきゃすーちゃん」
『あい』と一言いい、頭を上げる翠。
「まぁ判らなくはないけどね……とにかく連絡して、そこから作戦を立てればいいのでしょ?」
「その通りじゃ、紫の色使い。もっともどこに追い込むかはこちらで指定するがの」
 うなづく真琴と他の面々。とにかく作戦を練らなければならない、ということを強く念押しされた後、解散となった。

「紫亜さんほどではないけど話長いよね、零無も」
「まぁそうよね……というか珍しく気が合うじゃない」
 それぞれ帰路につく一方、用事のあった真琴と翠は合流していた。
「事実だし? というか、やっぱあれ?」
「……まぁアレよね。新しくできたタピオカ屋」
 うなづく翠と2人して向かうは帆布センター街に新しくできたタピオカ屋。本来であればもう少し早く行くはずだったが、話が長くなったことで2人共『早く終わらないものか』と考えていたのだろう。
「きらりちゃんや四谷さんといっしょにいっても良かったんじゃない?」
「まぁうん、まずは味見。変なところだったら逃げられるし」

 そうこう話をしている中、真琴の視線に妙なものが移る。
「……翠。あれ、イロクイじゃない」
 真琴が路地裏を指す。そこに見えたものは、よもぎ餅に赤い目がついたもの――というのが正しいだろう。そのお尻には緑の蔦がついており、しきりに通行人の様子を伺っていた。
「色食いだね、あれぐらいでもまずいよね」
 首を縦に振る真琴、しかも見る感じ弱そうではある。
「追い払う?」
「追い払おうか、取りあえず連絡は入れておく」
 その言葉に餅状のイロクイに歩み寄る真琴。翠はスマホを取り出し、メールで紫亜に連絡を入れる。
「!」
 緑のイロクイは2人が来たことを察知し、路地裏の奥に逃げ込む。
「追うよ、あれぐらいなら色をぶつければ操れる」
「じゃあどっちが倒せるかだね」
 真琴の色が先か、翠の色が先か、互いに追いかけ始める2人。もはや零無我口酸っぱくいっていた言葉など、すっかり忘れていた。だが、その追撃に水を差す家のような悲鳴が、後ろから響いた。
「翠ちゃん? あれ、どこに――」
 気になり、後ろを振り向いた瞬間に見えたのは、ツタに足を取られて剥がそうと苦戦している翠の姿。
「翠!? ツタ相手ならなんとかなるから待ってて――」
 色を生成し、打とうとした瞬間、黒っぽく緑色の纏が真琴の視界を塞いだ。
「!!?!?」
 不安定な足元に転倒し、窮屈な空間の中を奥へ、奥へと飲み込まれていく真琴。
「うそでしょ」
 丸呑みした主は、先程まで追いかけていた緑色のイロクイ。そのイロクイがしてやったりと言わんばかりに、洞窟のような大口を開ける。
「んぅーっ!?」
 ツタによって口まで塞がれた翠は、悲鳴を上げるしかなかった――。

「色神様! これを」
「何じゃ騒々しい、まさか例のイロクイが出たのか?」
 縁側でのんびりしていた零無は慌てる紫亜をなだめ、携帯を見る。
 その画面には『イロクイを見つけたから追い払っておく』という短い文が書かれていた。

「あやつら話を聞いておらんな!」
 慌てて巻物を引き出しから取り出し、広げる零無。
 この巻物には帆布市の色使いやイロクイの動向が記録されるようになっており、最初白紙だった巻物には、次第に帆布市の町並みが書き込まれはじめる。そして、路地裏を沿うように薄い黒と紫のてんが、少しずつ動いては消えつつあった。
「どうです?」
「この路地に迷い込んで大分時間が経っている、これでは今どこにいるか判らぬ」
「わからないって、このメールが送られてきたのってまだ10分も経ってないですよ?」
 紫亜の言葉に首を傾げ、眉間にシワを寄せる零無。
「……こりゃお前達では手に負えないことになったのう。紫亜、留守は任せた」
 零無はため息を付き、靴を履いて外へと出かけるのだった。

「……ぷはっ、ここは?」
「目が覚めたみたいね、色使いちゃん」
 視界が晴れた先にあったのは、薄暗い緑の洞窟、その地面は肉肉しく、あちこちにツタが生い茂っていた。
「離しなさい! あんな小細工使って追い詰めたつもり?」
「おお怖い、でも分体に引っかかってても足も縛られている以上、どうしようもないのよねぇ」
 挑発するように言葉を返すのは、緑色の肌であちこちに植物の意匠をもした大人の美女――いや、知性を持った、美女の姿をしたイロクイ『亜人型イロクイ人間』というべきか。その手には、先程まで2人が追っていた緑餅のようなイロクイが握りしめられている。これが彼女の言う分体なのだろう。

「どうするつもり? どうせこの展開だと零無が来てズタズタにされるよ」
「あら、心配してくれるの? でもご心配なく。ここには色鬼はやってこない」
 そういい、ツタを引っ張るイロクイ人間。するとブチブチと言う音とともに、2人のまとっていた白い布が重力に沿って落ちる。
「そしてついでに言えば、あなた達の色は私たちの餌になる。そしてテリトリーを広げる材料になるのよ」

 さらにくいくいと引っ張ると背中が反られ、足が大きく開かれ、まるで分娩台に座らせられているかのようなポーズにされた2人。
「ぐ、ぅ」
「ひっ、も、戻しなさい!」
「そうそう、その恥ずかしそうなセリフも美味しいわ。まぁ先に体が壊れても困るから少しだけ手を加えてあげる。だって――今からあなた達には何度も何度も、苦しんで色を捧げてもらうのだから」
 2人を宙吊りからハンモックのような形にし、イロクイ人間は新たなツタを生成する。そのツタは平べったく、細い。
「それじゃあ行くわね」
 その言葉とともにツタが翠と真琴の割れ目に潜り込み奥へと進んでいく。そして軽い痛みとともにツタは開けた場所――子宮へと入り込む。ツタは子宮を這うように侵食していき、先端からは白い種を子宮壁に植え付けた。
「う、うぅぅ、お腹が……」
「これで生み出すまで待つつもり? うぅ、気の長いことするのね」
 下腹部に異物を入れられ、気分の悪さが全身を襲う2人。植え付けたものが何なのかはわからないが、これが色、つまり生命力を吸い取っているのは間違いない。
「待つわけないじゃない」
 そう言い、指を鳴らすイロクイ人間。するとお腹のが急にボコッ! とでっぱり、同時に異物感と重さが2人に襲いかかる。
「え……え?」
「あなた達には、すぐ産んで次の生命力をもらわないといけないのだから」
 お腹の異物を排除しようと子宮口が開き始めるしかし平べったいツタと違い、異物は大きい。その異物が、出口に達しようと収縮を促す。

「うぅぅぅ、うああぅぅぅ!!」
「痛い、痛いぃぃ!!!!」
 常人ではまずありえない内側からの破瓜、それでも体は異物を吐き出そうと下半身に力が入り、どんどん産道が広げられ、異物が降りていく。そして、異物が見えた瞬間、大量の出血が割れ目から溢れ出す。
「ぎぃぃぃぃ!!」
「ああぁぁぁ!!」
 めりぃ、と鈍い音を立てて割れ目が広がり、生み出される異物。それはスイカのような赤ちゃんの頭より大きな代物で、翠は黒く、真黒は紫がかった色をしていた。
「うふふ、初めての出産だったかしら。でもまだまだ、今度は実感が湧くようにしてあげないと」
「はぁ、はぁ……」
「や、やめて……」
 その言葉を無視するように、避けるような痛みの中下腹部に指すような痛みが襲う。そして、今度はゆっくりと、お腹が膨れ上がり重たくなっていく。同時に体から生命力が吸い取られていく。その行き先は、もちろん子宮の中の異物だ。
「うふふ、おいしい。もっと生み出して頂戴」
 指で開け、黒い生命力のジュースを飲むイロクイ人間。その間にもどんどん翠と真琴の腹は膨れ上がり、臨月に達したかのような腹は、生み出そうと本能的に力を入れ始める。

「うぅぅぅぅ!!!」
「う、うまれる、うみだくないいいい!!」
 産道を降りていく異物は先程よりも大きい。地獄のような時間は2人に冷静な判断をする時間も与えない。生命力の乏しい服はボロボロのちりとなり、生まれたままの姿で生命力を吸い取る果実を孕まされ、産まされる。
 それはまさに苗床といって差し支えない所業だった。

「ここから反応が消えたか、どこから探すべきか」
 一方で零無は手がかりを探していた。路地裏から気配が消えたようだが、ここからどこに消えたかまではわからない。
「人まずは歩くとして、なにか手がかりが……」
 あった。零無の足元に不思議な、緑餅のような生き物がチョロチョロと動き回っている。
「(まさかこやつを追いかけていったのか?)とすると巻物の反応の薄さは一体」
 零無が考えつつあちこちに目を向ける。その中で不思議な木が目に入った。その木は周りの木のように若々しくなく、不自然なほど老木だった。それをただの木のせいとは零無は思えなかった。
 零無はおもむろに体を透過させ、木と一体化する。その木の中は空っぽで、ひと目で作られたと分かるものだった。
「なるほどのう、そういうことか」
 奥からうめき声のような声が響くのを確認し、零無は根の方へ通り、声の方向へと向かう、人とイロクイが混ざった気配に足を止め、霊体に近い自身の身を上空へと隠す。そこにいたのはイロクイと、変わり果てた姿の翠と真琴だった

「うぅっ、ううぅっ」
「あはは、また、またうまれるうぅぅ」
「ふふふ、でもそろそろ生命力も尽きかけかしら?」
 肌も髪も真っ白になり、目の色素も落ち、アルビノのようになっている2人。その割れ目からは大人の頭ほどある白い果実がメリメリと産み出され、再び大きくなっていく。
 おそらく零無が来るまでの間、何個も何個も生み出され、生命力を吸われ、生み出されていたのだろう。しかし、すでに生命力が少なくなり、イロクイ人間も苦い顔をしている、。
「仕方ないわね、そろそろこの種を使いましょう。この種は片方には私と同じ遺伝子が入っていて、もう片方には肉体を果肉にする力がこもってるの」
 手にしたのは赤い種子と黒い種子、これまでと違って禍々しい力が弱っている翠と真琴にもわかり、体が無意識のうちに震える。
「……」
 このまま放置し、ギリギリで助ければ反省の度合いも強まるだろう。しかし、それ以上に不快と、焦りが最終的に零無の体を動かした。

「さて、植え付けましょうか。長い付き合いもこれでおしまい。次の苗床を見つけてこないと」
 矢のように身を引き絞る零無の体。その身はイロクイ人間の一声とともに放たれた。
「まずはそこのポニーテールの子から行くわ、ね――ッっ!!?」
 零無は、イロクイ人間のコア……すなわち心臓に強いショックを与え、止めた。イロクイ人間の手から、赤い種と黒い種がこぼれ落ちた。

「知性を持ったイロクイに、どこから仕入れたか知らぬが時間を捻じ曲げる仕組みとはの……やはり考え方を改めなければ」
「あ、あんた……どこから」
「ぬしらのような変わったイロクイは、芽を摘んでおかねばな」
 突然の奇襲に何が起こったか、どこから攻撃されたかわからないイロクイ人間。彼女は何度か息を吹き返そうとしたが、貫かれたと同時に生命力が漏れ出したイロクイの体は原型が保てなくなり、木と人が融合したかのような形になり、そのまま粉々に砕けてしまった。

「ごめん、なさい」
「今度は勝手な行動を、しません」
 弱々しく返事をする2人。零無が内側から力を加え、最後の果実を生み出させると同時に根のようにはっていたツタも引っ張り出した。
 あのまま放置していれば、どうなっていたか。彼女たちもよくわかっているのだろう。そんな彼女たちをむやみに責めず、零無はただ一言「どうせなら孕ませたまま皆の前に見せても良かったのだぞ」とつぶやいた。

「お帰りなさ――キャーっ!? 2人共一体どうしたんですか!?」
「色々あってのう、わしが出ていってからどのぐらいかかってる?」
「ええと、大体1時間ぐらいですけど」
「そうか、後は橙か白の色使いに任せたぞ」
 そういい、畳にぐったりとした真っ白な2人を放置した零無は大きく伸びをする。
「色使いにも強くなってもらわないと困るが、これでは先が思いやられるな」

 その後、翠と真琴はなにかにつれ連絡するようになった。
 その大半がイロクイとは全くちがうことなので、他のみんなはうんざりすることもあったとか。
「まぁ連絡しないよりマシじゃろ」

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