遅れてしまったばかりに……

PBW『サイキックハーツ』を題材にした話。犠牲者はうちの子!

この作品は、株式会社トミーウォーカーのPBW『サイキックハーツ』用のイラストとして、でんねこが作成を依頼したものです。イラストの使用権はでんねこに、著作権は東原史真に、全ての権利は株式会社トミーウォーカーが所有します。

「――と、その都市伝説は女の子の顔をめちゃくちゃにしてしまうのです。どうメチャクチャにしてしまうかまでは解りませんでしたが、予知では顔も見せられない状態だったのは確か。これ以上犠牲がでないようにですね」

 こんな話をエクスブレインから聞いたのは昨日の話。

「あとはいつも通り、予知がずれないように遅刻厳禁ですよ!」
 そんな話をしたのも昨日の話。

「いやぁ、これもう無理ゲーでしょ……」
 そして――これは今日の私。連続赤信号に電車ストップ。タクシーを使おうにも渋滞にはまるなど、散々な目という始末。
 いっそ力を解放するのも一つと考えたが、もう遅かった。時計の針はすでに依頼の時間。スマホも鳴っている。薫は路地裏に入り、発信に応じる。

「もしもし、ごめん。いろいろあってそっちにこれないかも」
 武蔵坂学園の制服を着込んだ少女――六合・薫(りくごう・かおる)は開口一番謝り、これからの対処を考えようとした。

 彼女たち武蔵坂学園の生徒は、一見すると普通の学生にしか見えない。しかし、その実態は『灼滅者(しゃくめつしゃ/スレイヤー)』と呼ばれる異能者たち。彼らは日常を謳歌しながら、自らの闇に堕ちたモノ『ダークネス』と戦ったり、どこからとなく出現する『都市伝説』を倒したりする使命を持っているのだ。

 だが、敵の出現位置などを予期する『エクスブレイン』の依頼は時間厳守。もし守らなければ――そこから本来なら予測できたはずの余地にほころびが生じる。

「とにかく早めにそっちに行くのでOK?」
「もし」
 何者かが肩を叩く
「分かった、都市伝説には気をつける」
「もし」
「……ありがと、それじゃ。で、なに? 何か用です?」
 さっきから声をかけ続ける男の声に渋々向き直る薫。しかし、そこには顔らしきものはなかった。あるのは、マントとその内部にちらつく、怪しげな拷問器具らしきものの数々。

「お送りしましょうか。お代は、あなたの顔で」

 まずい、このままでは確実にやられる。そもそも8人いなくても4人はほしい相手に1人で相手するのは至難もいいところ。しかし――。
「(ここで倒してしまっても、いいんだよね)」
 そんな欲望が顔をもたせ始める。欲望は薫にスレイヤーカードをもたせ、力を開放させる。

「やれるものなら」
 瞬間、影業が、光のオーラが一斉にマントへ襲いかかる何度も切り裂き、ボコボコと叩き込まれる連撃はマントをボロ布に変えていく……はずだった。

「そう暴れずとも」
 マントはひら、ひらと攻撃を避け、薫を包み込む。
「うぅ、離して!」
 体をねじって抵抗する薫にマントは少しずつ、少女のふわっとした四肢を包み込もうとし始める
「少し、抑えましょう」
 そしてマントの端が足を、手を拘束し、まるでマントを着込んでいるかのような姿へと変わっていく。空を飛ぶ都市伝説が、見る間に獲物を捉えた拘束具に早変わりだ。

「まずは鼻か口か、お好きな方を」
 首のボタンを止めるといよいよ脱出できなくなり、抵抗心も失せていく。何れにせよこの都市伝説は殺すつもりはない――はずだ。しかし鼻か口か。どちらも嫌な予感しかない
「じゃぁ、口で」
 でも鼻をいじられるよりはマシだ。そう答えると、マントの一部が飛び出し、薫の口元を塞ぐ
「むぐっ、う、うあっ!?」
 口を閉じようとするも、閉じない。なにかが口にはめられていて、吐き出そうとしても吐き出せないのだ。

「どんなものか知ってもらうには、まずは軽く……です」
 そういい、都市伝説はガラスに薫の顔を写す。そこには唇が腫れ上がったかのような――正確には薫の姿

「!!?(な、えっ、なに、これ??」
 一体何がしたいのか判らなかった。わかるような、わからないような――混乱しているうちに、薫の鼻に、鋭い痛みが走った。
「では本番。口は後ほど、また」
「うぅ、ぅーっ!!?」
 鼻に引っ掛けられたフックは、徐々に引き上げられ、薫の鼻を縦長に引き伸ばしていく。まるで豚の鼻――それをより確実なものにするべく、斜めからさらに二本のフックが、縦長に引き伸ばされた鼻に食い込んだ。
「ふいぃぃっぃいっ!!!!? いっ、いぎいぃぃぃ!!!」
 三方向から引っ張られ、鼻の穴を大きく開かされる少女。それは元の愛らしさを破壊し、メチャクチャにするという都市伝説の本性そのもの。

 ただ顔の中心にして一部、鼻を大きく歪めただけで、見るに堪えない顔に変えられてしまうとは誰も思うまい。

「まだまだ、壊れていない」
「ひっ!」
 だが、まだ都市伝説は満足しない。そう示すかのように放った言葉に、薫は戦慄する。
 鼻フックは首の拘束にかけられ、ひどい顔を晒したまま、マウスピースが消えて話せるようになった。それでも今度は鼻フックのせいで、『ふっ、ふひゅっ』というシャクれたような声しか出せなくなっていた。

「さぁ、これを」
「……」
 ついには言葉を失った『これ』とは、先程の唇のような物体ではない。楕円を2つに分け、外側にそらしたような、奇怪な物体だった。
「……!」
 薫は首を横に振り、口をしっかりと閉じた。こんな者をはめ込まれた日には、ただでさえひどい顔がグロ動画のような有様になってしまう。鏡を見たわけではないが、そうなるのは間違いない。

「じょ、冗談じゃ、ない……!」
 薫は必死に口を閉じ、抵抗する。とにかく抵抗して、思い通りにするまいという強い意志を以て、歯を食いしばる。
「口を開けよう」
 だが、それすらも都市伝説の思惑とは、彼女も気づくまい。抵抗する少女をさらに追いつけるように、薄く変形したマントの端が口元に入り込む。

「っ、いっ」
 一瞬口の端が擦れ、痛みが走る。そして、歯と歯の間に紙一枚、何か奇妙な物体が挟まったかのような感触を覚える。

「開き、入れ込む」
「ふ、ぅ……(入れ込むって、まさか、えっ……?)」
 薫が困惑するのを尻目に、口の中に挟まったマントが、徐々に持ち上がる。同時に、口が強制的に開かれていく。力を有した少女の抵抗以上の力が込められ、これ以上の抵抗はアゴを壊しかねないほどだった。

「や、えっ」
 力負けしている。アゴが壊れそうなぐらいに痛む。それでも押し上げられている。そして、奇怪なマウスピースが目の前に添えられ――。
「おぼっ!? ……えっ」
 薫の口の中に深く納められ、さらに――奇妙な何かが、目の前に映り込む。

「(こ、これ、なに?わからないんだけど、えっ、い、いやああああっ!!?)」

 強風を受けた口内のようにめくれ上がった唇に、むき出しの歯茎。開きっぱなしの口。鼻と相まってもはや人相を成していない。『人のような何か』とでも言うべきか。その姿に薫の心が深くえぐられた。

「(こんな、攻撃って無いわ……もう、いいや……)」
 思わぬ都市伝説の攻撃は衝撃が強すぎたのだろう。薫はうなだれるようにし、何も動かなくなった。

「お返しだ、望みを叶えよう」

 都市伝説はうなだれた頭にフードを被せ、目元に奇妙な道具をかけると、その場から薫もろとも立ち去った。

「――(あれ)」「(なんだか、騒がしい……。)」
 しばらくして、薫は周りの騒がしさと、ゆらゆらと揺れる状況に、目を覚ました。一体何が起きているのか見たくもないが、状況が無理にでも覚醒を促す。

「なんて顔だ」「あぁやって犠牲者を盾に使っているのか」という声に、自分の置かれている立場がわかった。盾にされ、都市伝説に危害を加えさせないようにしている。自分が一般人じゃないとはいえ、この立場には、少し辛いものがあった。

 だが、それ以上に辛い話を切り出されることになるとは、思わなかった。
「ならば顔を晒そう」

 薫はよくわからない顔になった。コレ以上顔をどうやって晒す?どこを変形させるのか。よく解らず考え込んだ時、つむったままの目に、かすかな光が入った。

「(やだ、待ってそれだけは本当にやめて、なんでもするから)」

 さらに開かれる目。本人の意志とは反した開瞼は痛みを発し、涙があふれる。だが都市伝説は容赦しない。

「すでに望みは叶えられている」
 目にさらなる光が入り、強制的に、まさに無理やり、目の前の光景を目の当たりにさせられた。風や光があたり、涙がこぼれてもそれ以上に衝撃的な場面を、一緒に戦うはずだった仲間に見せている――それが一番、致命的だった。

「ふうううううう、ううううううううううあああああっ!!!」
 薫は発狂したかのようにわめき、身体を動かす。だが、いくら動かしてもビクトもせず、ただ宙ぶらりのままだった。

『やべぇ……』とあるものは言葉が漏れた。漏らしてしまうのも無理はなかった。
 まず鼻は3方向からのフックにより豚の鼻のようになっていた。起点は首輪状のマントということもあり、これとマントの四方が融合することで薫の身体はしっかり支えられていた。

 ある生徒は凄まじい変わりように、絶句した。
 口は開口機により歯茎がむき出しになっている。まるでエアブローを口の中に突っ込まれたかのような有様だが、人為的な部分もあり、惨状はエアブローなしでも続いている。

「はは、あはは……」
 そして目。都市伝説によってこぼれ落そうなほどに開かされた目は、目玉が浮き上がって落っこちそうになっていて――おぞましさに華を添えていた。人によって意見が分かれるところだが、コレこそ都市伝説――人類を陥れる恐ろしい敵だというのを再認識させる。

薫のことを知っている生徒ですら言葉を失い、笑うばかり。

 そんな各々の感情を吐き出せるものならまだよく、中には噴き出しそうになったり口ごもったりする人すらいた。

 だが、強制開瞼によって見えた各々の姿は、すぐにおふざけモードから真剣なものになった。
 これまでの不真面目さが消え、『コレは野放しにしてはいけない』と認識したからだろう。故に、各員は薫に響かぬよう、一気に攻撃を仕掛け始めた。

 困惑する都市伝説に飛ばす言葉に、嘔吐をこらえながら――薫は耐えた。

「(まぁ、こういうのも悪く、無いかな)」
 コレなら勝てる。安堵した薫はそのまま、意識を闇の中に落とした。

 ――――
 ――
 ―

 彼女が次に気づいたのは、学校の保健室だった。
 どうやら気絶している間に都市伝説は倒されたが、あまりにひどい顔――もとい精神状況を考慮し、保健室に連れて壊れたというのだ。

「でも、あの顔……」
 薫はうなだれる。
「なんだろう、割と悪くなかった気がするのは気のせいだろうか」

 傷心でうなだれるとは少し違う、自分の中に抱えている『壊してもらいたい』という欲求が、あのような都市伝説を招いたのではないか。そう感じてならなかった。

 顔中がまだ痛み、鏡を見てもあのひどい顔が忘れられない。

「……また会いたいわけじゃないけど、何というか……うん」
 自ら鼻を人差し指で上に押し上げつつ、ぼんやりする薫。
 ただ鼻を引き上げているだけでも感じる高揚。チリチリとした痛み、無様にも捻じ曲げられた、自分の顔。そして、そのまま窓越しを見れば――変わり果てた自分の顔が、薄っすらと見える。

 こんな姿をほかの人に見られたらどうなるか等、今は考えられなかった。

「なんというか……悪くない、かも」
 この戦いは、彼女の中に業がまた一つ、積み重なった戦いだったのかもしれない。

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