巻き込む色と鏡の中のイロクイ

「どうしてこんなことに……」
 サンは今、鏡の中にいた。身動き一つ取ることができず、身体をよじろうともぴくりともしない。できないのだ。
「ヒヒヒ、さぁどんどん色を吐き出すといいねぇ」
「わっ、こっちに顔を見せないで、お願いだから!」
「ヒヒヒ、いやだねぇ。見せた方が滾るでしょう」

『ヘンタイだ』とサンは内心思いつつ、目をそらすこともかなわない。
 今のサンの姿はふわふわのうさぎパジャマ。女の子が着るような服装をしている。目をそらしたい。しかし鏡の中に閉じ込められた彼は視線すら動かせない。
「ヒヒヒ……」
 イロクイの顔に映り込んだサンの姿を通し、生命力が吸い取られ、両肩の水晶玉に色が蓄えられていく。サンが恥ずかしがれば恥ずかしがるほど、このイロクイの意のままというわけだ。

「そろそろ色もたまったし、動くかねぇ」
「(イロクイが動けば、きっと気づいてくれる……です)」

 このような状態ではサンが助けを求めるのは難しい。今はイロクイの動きに殉じるしかなかった。

「あぁ、その前に服を替えようねぇ、ヒヒヒ」
「や、やだっ、その服は、やだあぁ!?」

 その手に持っているモノは吊りスカートに赤いランドセルだった。

 サンが学校に来なくなってからしばらくして、学校では奇妙な噂が流れていた。
 放課後のある時間に学校の鏡を見ると、すごい力が与えられ、さらにとらわれた少女を助ける権利を与えられるという。
 しかし、これまでに助けられた者は1人もなく、逆に鏡の中にとらわれているという

「うさんくさすぎるのーね」
「けどゲームみたいだしさぁ、うちの仲間も何人か飛び込んで帰ってこないんだぜ」

 なぁ獅子丸と、健児が気弱そうな少年に声をかける。彼が唯一逃げ延びた少年こと西野・獅子丸。健児の仲間の一人だが色使いではない。彼は鏡に飛び込む前に逃げ出し、捕まっていない唯一の生き証人だ。

「帝王(かいざ)と銀河(ぎんが)に引っ張られてきたけど、バレリーナの女の子の顔見たら怖くなって……あいつら先に飛び込んで帰ってこないし……」
「ふむふむ」
「というか、あれ青葉くんだよ」
「はっ?」
 どうでもよさげに聞いていた翠が素っ頓狂な声を上げ、獅子丸の身体がびくりと震えた。
「だ、だって顔とかこう、よく見かけるし。本当だってばぁ……」

「おい六宮、こいつは臆病なんだから泣かせたら許さないからな」
「あー、うん。ごめん。とにかく何かこう、助けないといけないって感あるよね」

 健児の友人はともかく、サンが帰ってこないのは事実で、鏡に囚われているとしたら、犠牲者がどんどん増えかねない。バレリーナ姿というのが気にかかるが、置いておくしかない。

「そういえば、すごい力ってのはどんなのなんだ?」
「こう、引っ張られても叩かれてもあんまり痛くないというか……傷が早く治る感じ?」
 獅子丸は女子組に警戒しつつ話す。他にもいろんな話をしていたが、1つ確信を得たことがある。
「……やっぱりすぐ助けないとサンくんが大変なことになるのね」

 間違いなくサンの色を使って他の人を強化している。ともなると、空っぽになるのも時間の問題だ。
「同感、きらりにも伝えておかなきゃ」
「藍さんこの時期は忙しいのね。それにきらりちゃんならすぐ来てくれるのね」
 夏のこの時期、藍は塾に通っている。真畔は地域の剣道道場に通っている。手が空いている子は少しでも欲しい。それが2人の見解だった。

 獅子丸からあらかたの話を聞き終えた翠、城奈、健児、そしてきらりを含めた4人はサン救出に向けての詰めを行った。
 作戦決行は今日の夕方。学校の防犯機能が作動する前にいっぺんに攻撃し、イロクイを倒す。シンプルだけど一番確実。そんな形で決まった。
「サン君救出作戦、開始ー!」
「「おー!」」

 一方、鏡の中では犠牲者が立ち並ぶ中でサンが磔状態になっていた。
 その服装は白くてふわふわとした、衣装のような何か。ぐらい的に言えばバレリーナ衣装であった。
「……」
「うぅぅ……」「だれか、たすけてぇ」
 周囲の犠牲者が鏡に囚われ、呻いているのに対しサンはうなだれたまま何も答えない。
 既に生命力をかなり吸われ、うっすらと全身が白みがかっている。白化も時間の問題と言ったところか。

「後はこのお姫様に色を集めて、生み出させ続ければエネルギーは確保できる。ためにためて、そして地上に出て一気に染め上げれば……ふふふ」

「そこまでなのね!」
 城奈が声を上げ、イロクイの言葉を遮った。
「だ、誰だおまえ……げぇ、色使い!」
「サン君を返してもらうのね! さぁみんな……あれ?」

 一方他の皆はと言うと、ぐったりしているサンのバレリーナ姿に面を食らっていた。真っ白な肌にバレリーナ姿は、妙な色気すら醸し出していた。

「わぁ、サン君がすごいことになってる」
「どうする?写真撮っとく?」
 翠がスマホを取り出し始めたところで、城奈は慌てだした。
「や、やめとくのね! 漏れたらいろいろ大変なのね!」
「うんうん、写真漏れたら大変だよ、すーちゃん」
『それもそうか』とスマホを納める翠。サンのあられもない姿が外部に漏れダウことはなさそう、だが……。

「えぇい、それでもこっちには弱った色使いがいるぞ。攻撃したらどうなるか――」
「おらっ!」
「ぎゃっ! 待て!次攻撃したら――」

「うるさい!サンを返せバケモノめ!」
「そうなのね!」
「そうだそうだー!」
 緑、赤、白、黒と色とりどりの色が混ざり、ぶつけられ、これにはイロクイも反撃する間無く力を失っていく。
「やめっ、やめてっ、ぎゅぅぅぅ……」
 次第にイロクイは小さくなり、そのまま煙のように消えてしまった。

「しぼんで消えちゃった」
「これでイロクイは大丈夫そうなのね」
「良いのかなこれで」
 周りでは徐々に鏡が動き出し、人の姿が消えていく。おそらく吸い込まれた鏡の前に戻っていくのだろう。

「よいしょ、大丈夫か?」
「うぅぅ、ひどい目にあったです……」
「何にせよよかったのね!」
 健児にお姫様だっこされ、きらりに色を与えられて回復しつつあるサンを見て、ぽつりと翠が言葉を漏らす。
「女装っていうのかな、そう言うの」
「うぅ、それは言わないで欲しいです!」

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